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第90話 悪役貴族、選択を迫られる ①

 ――ダァンッ!


 鈍い衝撃音。

 もろに入った。会心の手応え。


 兜が揺れ、緋々色の騎士が数歩あとずさる。

 だが、倒れない。ゆっくりと首の角度を戻し、そこではじめてマルスを視た。


《今の入った?》

《効いたか? 効いてねぇか?》

《流石に効いただろ!》


 フォローカムが騎士の顔をアップで映す。

 面頬の隙間に光はない。ただどこまでも深い闇があるだけ。

 ブリジットは、リサの傷を押さえながら、騎士を睨みつけていた。汗がこめかみを伝っている。


「……マルス」

「わかってる。効いちゃいない。びっくりさせただけだ」


 緋々色の騎士は、ようやくマルスを障害物ではなく敵と認識した。


〈……異物〉


 短い言葉。それがマルスを刺激した。


(こいつ。気付いたのか?)


 マルスの中身が〝俺〟であることに。

 騎士の両腕がだらりと脱力する。全身から赤い靄が立ちのぼった。

 魔力の放出。血の霧が沸騰するような、ぞわりとする気配。


「あっ」


 ゲームで何度も見た。緋々色の騎士の離脱モーション。

 空間が歪み、甲冑の輪郭が炎のように揺らめく。


〈ヴァーミリオン〉


 最後の言葉は、やけに鮮明に響いた。

 冷たく吐き捨てるように。


〈呪われた血〉


 赤い霧が爆ぜた。

 フラッシュが焚かれたように視界が赤くなり、一陣の風が吹き抜ける。

 目を細めた一瞬の隙に、緋々色の騎士は跡形もなく消え去っていた。


 残ったのは、床を染めた黒い煤と、冷えた空気だけ。

 コメント欄が遅れて爆発する。


《消えた? 逃げた?》

《ってことは攻略完了か》

《さっき、ヴァーミリオンって言った?》


 マルスは、しばらく動けずにいた。

 死闘の余韻が、骨の髄まで沁み込んでいる。

 醒めない高揚感。恐怖と悦び。

 エリマルくんを握る手がまだ震えていた。


「リサ、聞こえるか……! しっかりしろ!」


 ブリジットが呼びかける。

 リサは薄く目を開けたまま、遠くを見ていた。


 生きている。だが、儚い。

 ハイポーションが繋いだ命の糸は、いまにも切れてしまいそうだった。


「どうすれば……っ」


 絶望に濡れた声。

 マルスは深く息を吸い直す。


(くそ。こんなことなら、もらったハイポーション持ってくるんだった)


 せっかく取り置いていたのに、肝心な時に手元にない。憤懣やるかたなく、エリマルくんで床を叩く。

 その時だった。打撃の音に応えるように、金具の音が響く。


 マルスははっと顔をあげた。

 玉座の奥。蓋を閉ざしていた宝箱の錠が、見えない指でなぞられるように、かち、かち、と順番に外れていく。

 最後に、ガコンと重たい音を立てて、宝箱がひとりでに解錠された。蓋がわずかに持ち上がり、内側から金色の光が滲み出す。


《おおっ! 宝箱開いたじゃん!》

《中だ! 中見せろ!》

《この流れ、ゼッタイ霊薬だろ》


 フォローカムが宝箱へ寄ると、リスナーの期待が一気に膨れ上がる。

 その熱狂とは対照的に、リサの呼吸はますます細くなっていた。


 マルスは早足で宝箱へ歩み寄る。

 騎士が消えた今も、この第七層に満ちる空気はどこか粘ついている。

 だが立ち止まる暇はない。


 宝箱に罠がないことを確認すると、マルスは一気に蓋を開いた。

 まばゆい金光が溢れる。


「これは……」


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