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第87話 悪役貴族、因縁を見る ①

 細身の剣が大剣と擦れ合い、火花が散った。石畳にひびが走り、衝撃が足元から突き上げる。それでも彼女は膝を折らない。


「ナイスタイミングぅ!」


 マルスは床を跳ねるエリマルくんを拾い上げ、そのまま騎士の懐へ滑り込んだ。


「おらぁっ!」


 一発、二発と兜へ打撃を叩き込む。

 三発目で、緋々色の騎士が跳び退いた。大柄な甲冑がするりと間合いを外す。

 ブリジットとマルスは隣り合い、再び緋々色の騎士と対峙した。


「強いな……恐ろしいほどに」


 ブリジットはすぐに敵の力量を察したようだ。騎士の立ち姿は、力なく玉座に腰掛けていた時とは明らかに違う。強者のオーラを纏っていた。

 エリマルくんを三度打ち付けた面頬には、些細な傷ひとつない。


「効いていないようだ」

「ああ。頑丈なんだよ、あの鎧」


 ゲームでの苦い記憶が蘇る。いくら殴ってもビクともしない。数時間攻撃し続けても、HPゲージは減った気がする程度だった。

 システム上は倒せるらしい。だが、プレイヤースキルでどうにかなる相手でもない。


「なんでか知んないけど、こいつはリサを狙ってる。もう一回セーフゾーンまで運べる?」

「いや……」


 ブリジットは傍らのリサを一瞥し、柳眉を歪めた。


「この傷で動かすのはまずい。この場で治療しなければ」

「やってくれ。俺が守る」

「……頼む」


 ブリジットは腰袋からハイポーションを取り、リサの口内へ流し込む。

 当然、騎士に背を向ける形になる。

 ところが、なぜか緋々色の騎士は動こうとしない。


「待ってくれてるぜ。意外と紳士なんだな」

「……マルス」

「なに?」


 ブリジットが青ざめた顔で見上げてくる。


「治らぬ」

「え?」

「傷が塞がらない。ハイポーションを飲ませたのに……!」


 悲壮な声。ブリジットの冷静さが、音を立てて崩れる。


「なぜだっ。たしかに深い傷だが、血も止まらぬとは――」

「落ち着け、ブリジット。たぶん、奴の魔力のせいだ」


 マルスは騎士の大剣を見据えた。

 刃の周囲に、うっすらと黒い靄のようなオーラがまとわりついている。


「あれが回復を邪魔してる」


 ハイポーションは、レガリアがもたらす神聖力で作られる。女神の御業によって魂へ直接はたらきかけ、肉体の損傷を巻き戻すように治す。そんな代物だ。

 だが、純度の高い魔力が凝縮されると、その神聖力を阻害することがある。

 煮詰まった魔力もまた、魂へ強く干渉する性質を持つからだ。


「ハイポ、まだある?」

「あ、ああ。まだ何本か」

「全部飲ませてみて。多少は効くと思う」

「わかった」


 言いながらブリジットは三本の瓶を取り出し、丁寧かつ素早くリサの口に流し込んでいく。


(『呪い』か。厄介だな……)


 ゲームシステムのひとつ、『呪い』はポーションによる回復を無効化する。

 完全にゼロになるわけではない。ポーションを使い続けて一定の回復量を超えると、蓄積が剥がれて解除できる。

 魂を蝕む魔力を、より多くの神聖力で洗い流すのだ。


(足りてくれよ。頼むから)

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