第103話 悪役貴族、脚色する ②
「お邪魔しまーす、と」
一声かけると、画角がゆっくりと広がり、居間の様子が映し出された。
揺り椅子に腰かけるスージー。
その隣に寄り添うように座るリサ。
そして、少し距離を取って二人を見守るブリジット。
家にあがったマルスを見て、スージーの顔がぱっと輝く。
「マルスさん」
「おはようスージー。調子はどう?」
「今朝も元気ですっ」
ぐっと腕を持ち上げる少女に、マルスの頬も綻ぶ。
「はい。つーわけで、現在の状況がこちら」
カメラ目線のまま、マルスはスージーに歩み寄る。
「ブリジットとリサには、スージーに事情を説明してもらってた。治療の段取りとか、色々あるし」
「うむ」
ブリジットは頷く。
「古文書に書かれていたとはいえ、得体の知れぬ薬を投与するのだ。本人の納得と、村長の了承がなければならぬ」
《ちゃんとしてて安心》
《いきなり薬飲ませるわけにはいかんしな》
《この企画始まった段階で了承済みでしょう》
マルスはリサにちらりと視線を送る。
彼女はいつものように背筋を伸ばしていたが、どこか落ち着かない様子で、指先をかすかに握りしめていた。
「リサも、体調はどう?」
「え? ええ……問題はないけど」
「だったら、霊薬の発見者としてもっと偉そうにしとけよ」
「なによそれ」
どうやらリサは緊張しているようだった。
嘘を吐くのが苦手だからか、うっかりボロを出さないか不安なのだろう。
そんなリサに、スージーが親しみのある表情を向ける。
「リサさん。霊薬を見つけてくれて、本当にありがとう」
「そんな、リサはただ……ううん。効くかどうかは、まだわからないし」
テーブルの上には小瓶が置かれていた。
ルビーのような赤い半透明の液体で満たされている。リサの血を清潔な水で希釈したものだ。容れ物は、ラストエリクサーが入っていたものを流用した。
ラストエリクサーの効能を受けたリサの血には、黄金の粒子が混ざっており、小瓶の液体もその輝きを帯びている。
「投与の手順は確認済みだ。このまま飲めばよい」
「ハイポーションと一緒だな」
「うむ。スージー、準備はどうか」
スージーは胸に手を当てて深呼吸をひとつ。それから、はっきりと返事をした。
「はい。大丈夫です」
「よし」
マルスとブリジットがアイコンタクトで頷き合う。
「いざ黄金病治療――と、いこっか。リスナー共、歴史的瞬間を見逃すなよ」
カメラにびしっと指を差すと、コメント欄が加速した。
《うおおおお》
《ついにきたあああ》
《頼む効いてくれ》
《スージー助かってくれ》
《これ治ったらマジで歴史変わるぞ》
コメント欄が祈るような言葉で埋まる中、マルスは霊薬で満たされた小瓶を、丁寧な手つきでスージーに手渡す。
マルスの手から受け取った小瓶を、スージーは両手で包み込むように持った。
期待か、不安か。その手は小さく震えている。
「飲めば、いいんですよね」
「ああ。ゆっくりでいい」
ブリジットの声も僅わずかに緊張していた。
リサは何も言わず、ただ息を詰めるようにその様子を見つめている。
スージーは小瓶の蓋を開け、口元に近づける。
わずかなためらいを、数万のリスナーが見守る。
そして。
ぐい、と一気に飲み干した。
《いった……!》
《効くのかよ、本当に》
《やばい。胸がドキドキしてる》
空になった小瓶が、かすかに音を立ててテーブルに戻される。
一時、居間は静寂で包まれた。




