ゾンビだらけの宗教と後輩メイド 5
一週間が経過した。
オークション当日。六本木ヒルズの地下で、おれは蜜霧を落札した。
さらにオークションから数日経過した昼間。おれは日の差さない部屋で、電話をしていた。
《いやーやったッスねアヒルちゃん》
相手はジューダス。
オークション相手の限度額を決める際、情報を提供してもらったので、成果を報告している。
おれは不満げに答えた。
「まあな」
伝わってないのか、ジューダスは明るい声で電話を続ける。
《海千山千の金の亡者どもをよくも騙し抜きましたッスね。いよ。令和の孔明》
「別に今回は嘘を吐いたわけじゃない。しっかり粘り強く交渉した結果だ」
《へー。アヒルちゃんもたまには悪事以外の仕事もするんスね》
「人聞き悪いな」
《自業自得ってやつッス。あっ、それでそれでアヒルちゃんより有力だった三人についてはどうしたの?》
「ああそれはだな」
別に今さらバレても問題ないため、おれは正直に話す。
「まず鉄道会社の社長である小田。こいつについては、わりと簡単だったよ」
《へえ。どんな?》
「あいつが蜜霧を買おうとしたのは、純粋に見栄のためさ。そりゃ本物だと確信しているなら金を惜しまない男だが、闇オークションではたとえ証明書があろうが精巧な偽造だってこともある」
《そうッスね。騙されたって話も聞くし》
だいたい簡単に本物なんて誰にも分かる品じゃない。ひと目で分かるくらい精通している人物がいるなら、そいつはとっくにZの仕組みについて分析できているはずだ。
「ということで、やつが金を出したのは高い金出して買えるほどの財力があるアピールするためだ。社会の上層じゃ、そういうことが有利になったりもする」
《うわー金持ちでのマウントの取り合いだ。みにくーいッス。でもそれで、アヒルちゃんはどうやってマウントを取らせないようにしたッスか?》
「やつが心の底から欲しがっている品を用意してやったのさ」
他人の目が気にならなくなるほど好きなもの。
人というのは、大なり小なりひとつくらいはそれくらい求めてしまうものがあったりする。
「小田のやろう。実はリッキーのファンだったのさ」
《マジで?》
「大マジよ。おれには価値が不明だが、小田はかなりあいつの作品が好きみたいでな。だからリッキーにお願いして、オリジナルの新作を一から描かせた」
当然、ちょっと頭を下げるでそんなことをするやつじゃないので実際は脅した。
フレードはともかく、キグナス自体にはいくつもの表には出してないスキャンダルが眠っている。
その中には当然、リッキーがしでかしたことも山ほどあった。なのでそれをバラさないことを条件に取引した。
紙などの材料費だけは出してやったが、ほとんどタダ働きのようなもので、最後のほうは泣きながら頑張ってたな。直筆のサインまで付けさせたから、ちょっとしたファンでも見ればすぐに気づくはずだった。
《はーん。弁慶の泣き所、Zに水素水。何事にも弱いところってものはあるんスね。それじゃボンボンの徳山のほうは? ひょっとして同じ方法ッスか》
「いやあいつはもっと簡単だった」
徳山についてはちょっとゴマをすっただけで仲良くなり、あいつが夜な夜な個人で主催する仲間だけで行うパーティーに入りこめた。
そこで睡眠剤入りの酒を飲ませ、一日中、眠らせた。
《それ大丈夫ッス?》
「死に至るような毒性はない」
《そうじゃなくて。アヒルちゃんの身が》
「大丈夫だ。徳山が呑みすぎて寝こんだりすることはよくあるのはリサーチ済みだ」
元気なのも確認している。むしろこちらとしては倒れてしまっているほうが不都合であった。
親に目をつけられて、刑務所に入れられかねない。
そしてあいつとしては蜜霧を手に入れるのも、いくつもやっている遊びの内にすぎない。今ではすっかり興味を失って、新しく始まったギャンブルに夢中だった。
とまあここまでは、嫦娥にも事前に説明した通りだった。
トリを飾る蜜霧までに小田の持ち金の大半は削られ、そもそもオークションに不参加の徳山。ここまでおれの策に見事にハマってくれるなんて実に愉快だった。
《それで、最後の安田はどうしたッス? どういうふうにして抑えたッス?》
「……殺されたよ」
《……》
だが、これだけは予想外だった。
電話を通して、ジューダスが凍りついたのが分かった。おれは知っていることを口にする。
「交渉を続けていたんだが、全て空振り。そしてオークション三日前になると、やつは完全におれとの接触を断った。打つ手なしの状況だったんだが、オークションの前日に安田は自室で息を引きとった。死体の隣に、犯人らしき人物のメッセ―ジが残されてな」
《まさかそれって……死神?》
正体不明の連続殺人犯の名前に、おれは肯定で返した。
「今回も証拠はなし。密室で重機かなんかで潰されたみたくペシャンコになっていたそうだ。第一発見者の家政婦によると、破裂した水風船のようだったと」
《ちょっとやめてよ。リアルに想像して食欲なくなるッス》
グエーと気持ち悪がるジューダス。
《それにしても、なんで安田さんを殺したッス? もしかして目的のない快楽殺人鬼なんスか?》
その不気味さに彼女は怯える。
好奇心は猫をも殺す。
未知というのは惹かれると同時に不安を煽る矛盾した感情を抱かせるもの。しかしちょっとしたバランスの違いで、どちらかかが色濃く出てしまう。
いつ自分が狙われるかも分からないと考えさせる死神の行動は、どうやら人々を怯えさせるほうへ傾いていた。
「ところで、この前言っておいた件は調べておいてくれたか?」
《ああはいッス。データを送るから見てッス》
おれは画面を切り替えて、受信したメールを開いた。
流し読みで確認する。簡単な文章の羅列なので、それでも充分に理解した。
「やはりそうか」
《えー! それだけでなにか分かるッスか!?》
「答えは想像通りだったからな。これならおれが知っている情報と合わせれば、全てが一致する」
《やっぱり頭いいんスねアヒルちゃん》
「お世辞はそこまでにしておいて、今回の代価はなんだ?」
《うーんそれに関してはね》
長考しているのが分かる。こいつにしては、かなり珍しいことだった。
悩んだ末に、ジューダスは自分が求めるものを言ってきた。
《……蜜霧についてッス》
「高くつくぞ?」
《はいッス。しばらくタダ働き覚悟で教えてッス》
できることなら話したくなかった。
だがジューダスの情報収集能力はかなり優れている。個人でキグナスの情報部門に匹敵するほどだ。
まだこの段階で失うのは惜しい。
おれはこれからのリスクと利益を天秤に乗せたうえで、結論を出した。
「絶対に漏らすなよ」
《分かってるッス。お口チャックッス》
軽いが、ジューダスは決して意味もなく口も滑らせるやつではないので答える。
「まず今回の蜜霧について――あれは本物だ」
《ワーオ。そりゃすごいッス》
本気で胸に迫るものがあるのが伝わってくる。
「教団の設備はキグナス並みに高性能なのが揃っていた。それで実験した結果、おれがかつて手に入れていた蜜霧と同質な物質なことが分かった」
《ちょっと待って。アヒルちゃん、他にも蜜霧持っているの!?》
「欠片という搾りカスだけどな。感染直後、蜜霧に襲われた街からそれらを手に入れるのは別に困難ではなかった」
蜜霧は名前の如く、元々は蜜色の霧だった。
世界感染直前に、世界中でその霧は発生した。霧はとくに滞在することなく。たった一日で去っていったためニュースにはなったがそれほど問題視されずに一種の自然現象扱いだった。
しかし蜜霧が現れてから一週間後、霧に囲まれた国の住民はZと化した。
「家具や建物。蜜霧が染みていたものはいくつもあった。それらから成分を取り出したんだ」
とはいっても全てキグナス本社に置いてきてしまったため、手元にはないのだが。
《へーそんなことしてたんスか》
「だけどしょせんカスはカスだ。不純物まみれでろくに調査は進まなかった。今回の蜜霧に関してはおそらく商品名通り純度一〇〇%。この研究が完了した暁には、Zの感染の謎が解明するかもしれない」
《そんな代物だったッスか!?》
闇オークションではおれがもらえる報酬以上の金が飛び交っていたが、それでも安い買い物だった。
下手をすれば、つゆと同等に稼げるかもしれない研究物だ。
今回、コネでこれに携わらせてもらったのは幸運としか言えなかった。
仕事が村おこししかこない時は運がなくなったかと思ったが、やはり流れがきている。
「ついでだ。もうひとつ教えてやる」
《なになに?》
「フグの毒、チョウセンアサガオ、オオヒキガエルの皮、ビルマネムの種、ベニバナインゲン。蜜霧の分析で判明した材料の一部だ。他にもまだあるが、これだけでなにかピンとくるものはないか?」
《うーん》
どうやらジューダスは分からなかったようで、白旗をあげる。
《おバカなので参りましたッス。教えてくださいッス》
「まあ分かるのは一部の人間だけだろう。これについては、知能は関係なく知っているかどうかだ」
そして大多数は知らない。
さらにはインターネットも書物もその多くが失われた今、知ろうとしても答えに至るはずなんてなかった。
知る機会があるとしたら第五次感染前のみ。
だがそんな時にわざわざこの正体について知ろうとする人間は、かなり限られていた。
おれは蜜霧の正体を明かす。
「ゾンビパウダー。ブードゥー教にて、死体を永遠の奴隷化させるために作られた薬だ」
《ゾンビッスか!? Zじゃなくて!?》
「Zはあくまで大多数に広まった名前だ。まあゾンビと呼ばれていた時期も、映画や漫画などの創作のイメージで、決して実際のゾンビにあてはめてみたものじゃないだろうが」
《でも、そんな薬が昔からあったんスね》
「眉唾物のオカルトだと考えられていたんだがね。まさか本当にあって、しかもこんな世界規模の大問題を引き起こしちゃうとは。ブードゥーの神様もお怒りになることで」
確か本来の使いかたは、罪人の死体を晒しものとして働かせることだった。
それが今じゃ、善か悪なんて関係なく噛まれるもしくは空気を吸うだけでZになってしまう。
「罪人だけがなるって言うのなら、おれもあの人もそうなるよな? 後輩?」
「……」
《ちょっと待ってッス! 近くに他の誰かもいるッスか!?》
「ああ。実はおれたち、蜜霧の調査の手伝いって名目で軟禁されてたの」
メイドをつけるとも言われていかにも歓迎しているようだったが、実の目的は監視だ。
ここ数日、おれはこの知らない後輩にずっと見張られていた。
「……」
高芸は、おれへ近づいてきた。
最初に出会った時と違い、氷のように冷徹な雰囲気を纏っていた
「許可なく外部への情報伝達――教主様の命令通り、あなたを始末します」
手持ち無沙汰のようだが。おそらくなにか仕込んでいる。非力なおれじゃ敵わなかった。諦めたおれは、両腕を掲げた。
彼女は止まることなく、刃を振るった。




