ゾンビだらけの宗教と後輩メイド 3
赤坂以外にも、銀座、六本木、渋谷を数日かけて回ってきたおれとつゆ。
そしてオークション一週間前になると、依頼主の元にやってきた。
西王教団本部。
まるで玉座へ続くような広々とした部屋の中央に敷かれた絨毯。
おれたちはそこに置かれた椅子に腰かけて、幕で仕切られた先にいる人物と会話する。
「嫦娥だ。覚えてくれたまえ」
おぼろげな影のシルエットが見えるだけで、細部は不明。
喉が潰れているのか、かすれて聞こえる。
この謎多き人物こそが、今回おれへオークション代行を頼んだ依頼人だった。
おれはつゆへ粗相のないよう注意しようとするが、
「うわぁメイドさんだぁ」
横で連なって頭を下げているメイド部隊へ目を輝かせている。
その中には、高芸までいた。
これなら今回は話し合いの邪魔にはならなそうだ。いつもこうならいいのに。
安心したおれは、嫦娥へ応じる。
「今回は我が社に依頼をくださり、ありがとうございます」
「おぬしの手腕を信じてだ。キグナス前社長」
「そういえばお客様は、自分の経歴を知っていらっしゃったようで」
「人一倍いや十倍百倍も金汚いが、その能力もまた同じくらい優秀だときいている」
情報の出所を訊こうとしたが、その前に嫦娥は自分から言葉を切り出して中断させてきた。
まあいい。これから何度も話し合うことだし、その際に上手く乗らせて口を滑らせてもらうことにしよう。
「それで早速、仕事の話で悪いのだが首尾はどうかね?」
挨拶を済ませた途端、すぐに依頼について。
どうやら余裕がないというのは事前に聞いていた通りだった。
おそらく見込みがないと判断すれば、この直前の時期でも話を切られる。
なのでおれは前もって練習しておいた今回の仕事のやりかたについての説明をする。
「こちらがする内容を伝える前に、お客様にまず言っておかねばならないことがあります」
「なにかね?」
「オークションについて必勝の方法はありません」
幕越しに映っているシルエットが動揺するのが伝わってきた。
「……どういうことかな?」
一度、間をおいて大物ぶった態度を崩さないようにしたようだが、逆にそれが分かりやすかった。
まあおれも、別に敵でもない相手へいじわるするつもりはない。
さっきの発言内容は、嫦娥自身の目標を達成することにも不可欠なので、どうしても共通認識としておかなければならなかった。
「言った通りです。今回のオークションで目当てのものを確実に落札できる方法はありません」
「詳しく聞こう」
「六本木ヒルズのオークション――いわゆる闇オークションにおいて、即決はありません」
際限なしの競り合い。それは時として、石ころをダイヤモンドの価値まで釣り上げさせる。
「だが、最初に高値を提示することで他の入札者へプレッシャーを与えたりするとか」
「その場での駆け引きなんて、なんの意味もありませんよ。そりゃ小刻みに値段を上げたりとかそれっぽい手法はありますけど、人間心理なんてその場その場で変わって、ひとつの集団ではない大人数相手となるととても読みきれません」
「工事などの仕事の請け負いを決めるものは、事前に落札者が決められていると聞くが」
「リバースオークションですね。あれはお客様の言う通り、前もって業者同士で相場を決めておく競売の体裁を取り繕っただけのものですが、こと闇オークションについては運営に話を持ちかけても首を縦には振ってくれませんでした」
そんなことをするより、競わせたほうがより儲かるということを理解しているのだろう。
今回の競売は、日本でもトップ層の金持ちの集まりで青天井に金が積み重なっていくはずだ。
しかもリバースオークションも、時には他の業者にかっさわれることもある。決して確定と呼べる条件ではなかった。
「うむ……では、おぬしはどんなふうに朕の依頼に応えてくれるのかね?」
押し黙った嫦娥は、少し怒ったように尋ねてきた。よほどあれが欲しいらしい。
おれはメイドの中にいた高芸へ資料を渡して、やつへ届けさせた。
長い袖丈からわずかに出た手袋の指先で受け取る。
幕といい、よほどZを警戒しているらしい。まあこのクラスの金持ちには。よくある光景だった。貧民だって金の制限で揃えられないからで、できるかぎり対策したい人間は大勢いる。
再度、姿を隠した嫦娥は紙をめくる。
「それは、今度のオークションに参加する人物たちの推定限度額です」
「ほう」
感心する嫦娥。
そりゃそうだ。
競る相手の使える金が決まっているのなら、こっちはそれより上を用意すれば勝てる。
「ところで、おぬしはどうやってこれを調査したのだ?」
「秘密です」
今回、リッキーのように昔のおれの威光に屈した人間は他にもいた。
しかし当然、中には食い下がらない連中もいて、渡したリストの中に入っているのはそういうやつらだ。彼らの個人資産はキグナスのデータバンクに入っていて、おれはそれを全て記憶してある。あとは所属する会社の状況や周囲に起こったことを事前に調べあげ、そして実際に話してみて入手できた情報も合わせれば、かなり正確な数値が推定できた。
おれとしては信用を得るため言ってもいいが、それはさきにやつが情報源を吐いてからだ。
「なるほど。やはりおぬしに任せてよかった」
「ありがとうございます」
「正直なところ今まで信じられなかったが、うちのメイドの言う通りだったようだ。まさかおぬしがアメリカのランキング最上位における名門校――バード大学を首席で卒業したというのは」
「ばーどだいがく?」
聞いていたのか、つゆがクエスチョンマークを頭に浮かべていた。
おれとしては、その言葉で高芸の正体が分かった気がした。
「自分としては学歴を鼻にかける気はありません。だってそれだけじゃ金にならないのは、社会に揉まれてみてよく分かりましたから」
「普通は鼻にかけて天狗になるのに、立派なことだよ」
「ところで、読み終わりましたか?」
「資料のほうなら……うむ。ほとんどの競売相手が、今回、朕が限界まで出せる金額に及ばないでいる。他の品に手を伸ばすことを考えると、敵にもならないだろう。しかし――」
「こちらの限度額を超えている人物が、三名います」
鉄道会社の社長――小田好宗。
IT企業の日本支部長――安田新元。
世界政府幹部の長男――徳山悟。
徳山以外のふたりは、おれがキグナスの社長をしていた時にも買収できず、さらには抵抗してきた猛者だった。
事前交渉も、簡単に跳ね除けられてしまった。
「世界政府か……」
だが嫦娥が懸念する通り、一番の強敵は徳山のほうだ。
徳山悟は、いわゆる放蕩息子だ。
親の権力を使い、日夜、贅を尽くして遊んでいる。別にこの息子自体は恐ろしくないのだが、横領などで世界政府の金がいくらでも引き出せるのが厄介だった。闇オークションにおいて、最も限度額が高いのもこの男だった。
悩む嫦娥。
日本どころか世界でも最上位に位置する金持ちたちの魔の手に怯える彼へ、おれは口を出す。
「小田と徳山。そのふたりなら、抑えられます」
「なにっ?」
「しかし徳山と違って、小田のほうは賭けに近いです」
「どのような方法なのだ?」
「小田は、今回あなたの欲しがっているものに関して真偽を疑っているところがあります。だから、その隙を突くことにしました」
おれは詳しい内容を説明した。
話が全て終わったところで、嫦娥は神妙に頷いた。
「なるほど。そのような方法なら、二人とも敵ではなくなるかもしれん」
「なので、安田を上回る額だけを出していただければ万全ですね」
「……分かった。だができれば、ここに載っている一部の参加者のようにオークション参加そのものを取りやめさせたい。交渉を続けるか、なんとか対抗できる案を考えてくれたまえ」
「はい」
とは言ってみたものの、安田をどうにかする目途なんてものはありもしなかった。
なにかないかなとポーカーフェイスを気取りながら内心で悩んでいると、嫦娥は低く唸るように呟いた。
「なにせ、最初おぬしに掲示した額が我が教団にある全ての金だからな。これ以上は出せない」
なに!?
おれは思わず、椅子ごと後ろへ転びそうになった。
「だいじょうぶ?」
「あ、ああ」
心配して支えてくれたつゆへ頷く。
闇オークションにかかる金は確かに莫大だが、それでもたったひとつの品を落とすために自分の会社全てを捧げるような真似なんて馬鹿げているとしか考えられなかった。
「そ、それほどまでにあなたはあれを手に入れたいのですか?」
実はおれも小田と同じく、その正体について半信半疑だった。いや今回のオークション参加者のほとんどが、あれを一〇〇%本物だと想定しちゃいないだろう。
嫦娥は、そんなおれの心を見透かした。
「紛い物かもしれない。しかし本物だとしたら――その確率が一%でもあるのなら、朕は己の全てを捨ててもあれこの手に掴むしかない」
嫦娥の影が変貌し、掌を掲げた。
「あれを――蜜霧の純粋物を」
陶酔したように、嫦娥は虚空を掴む。
蜜霧。それは第五次世界感染を引き起こした天災の正体といわれている。
つまるところ、人間をZにする物質だった。




