ゾンビだらけの宗教と後輩メイド 2
手続きが終了し、オークション代行に任命されたおれは赤坂にいた。
秋葉原と違ってかなり街全体の修復が完了しており、以前の都会らしい光景が広がっている。
住宅街から少し離れた洋館へ、おれとつゆは訪れる。
「たのもー」
厳かな金属扉の前でつゆが大声を出すが、反応はなかった。インターホンを押しても、誰も来る様子がない。
試しにおれは、扉を押してみることにした。
「開いた」
もしかして空き巣でも入っているのかと思いながら、おれたちは洋館へ足を踏み入れる。
油絵、彫像、陶器。ロビーのそこかしこに置いてある高額の芸術品群を目の当たりにして圧倒されていると、どこかから音がした。
「きゃあ!」
女の金切り声。
おれとつゆは急いで、声がした先へ向かった。
廊下を走ると、わずかにドアが開かれた部屋があった。
女の声はそこからするので、おれとつゆは隙間から中の様子を伺った。
「がーはっはっは。さっさと、わしの言うことを聞かんかね」
「嫌です」
膝をついた妙齢の女を、獅子舞を被った男が踏んづけていた。
背中の上で、革のブーツをグリグリと動かす。
「給料の半分を出してやっていい。金に困っているんだろうおまえ?」
「それでもそれだけは……靴を舐めるなんて真似はできません……」
「なぜだ? 金は大事だぞ? 小汚い市民どもの間では物々交換なんて原始人じみたことが流行っているそうだが、結局、最後に物を言うのは金だという現実は変わってない。息子さんの病気を治すには、貴重な薬が必要なんだろ?」
責めるかのように、ねっとりと粘着質に追及する獅子舞。
なんとか断ろうとする女を、逃さないようにじわじわと少しずつ追い詰めていく。
「分かりました……あなたの足を舐めます……」
嫌がられることさえ楽しんでいた獅子舞の執拗な欲求に。ついに女側は折れた。
満足したように獅子舞は足を女のほうへ伸ばす。赤いベロを唇から芽吹かせながら、頭を垂れるようにして先を這わせようとした。
「なにやってんだおまえ?」
行為が始まる前に、おれは部屋の中へ姿を現した。
おれに気づくと、足を降ろして獅子舞は激昂する。
「な、なんだ貴様は!?」
「客だよ客」
「客だと! 今日そんな予定はなかったはずだ!」
「そりゃノーアポだからな……というかリッキー。まだおれを思い出せないのか?」
「き、貴様のことなど拙者が知るはがなか――」
獅子舞の下顎が、ガクンと外れた。おれのほうへ顔を向けたまま、声を震わせる。
「ぶ、黒白鳥。それにその背丈と声はまさか」
「半人前の絵描きのおまえを、誰が一流のアーティストにしてやったんだ?」
「葬逆社長! なんであなたさまがこんなところに!?」
ひっくり返って椅子から落ちた獅子舞。
現キグナス社幹部であり自分の元部下を、おれは見下ろしながら声をかける。
「仕事だ。話があるから、客室通せ。茶はおれのお気に入りな」
「あのリッキーさま足は……」
「そんなものどうでもいい! さっさと従者の仕事をするんだ。給料三倍出してもいいから、早くこの方を案内してくれ!」
さっきまで従わせようとした女の前から、獅子舞は慌てて離れていった。
五分後、おれたちは客室でくつろいでいた。
「これおいしいね」
砂糖とミルクをたっぷり入れた紅茶とクッキーを合わせて、つゆは楽しんでいた。
「すみません。リッキーさまは急用ができたとのことで、しばらくわたくしめがお相手します」
「逃げたな」
まあ飲み終わるまでは、放っておいてやるか。ちゃんとおれの好みも覚えておいたことだし。
「あの、さきほどはありがとうございました。このご時世に職を失ったわたくしをリッキーさまは引き取ってくださってんですが、どうも横暴がひどくて」
「気にする必要はない」
おれにやつの趣味を止めるつもりはなかった。
ただ、つゆが今にも飛びかかりそうだったのと時間を無駄にしたくなかったから、ああしたまでだ。
「ところで、リッキーさまにどんな話をしにきたんです?」
「今度ヒルズで行われるオークションについてだ。西王教団の依頼で、そこで出品されるあるものには手を出すなと言いたかった」
「まさか芸術品の類ですか?」
「いやその手のあいつが興味あるものではない」
だが万が一を考えて、事前に話をつけておきたかった。
まああいつのビビり具合から考えて、もう大丈夫だろうな。
「西王教団ですか」
意外にも、依頼主に反応をみせるリッキーの従者。
彼女は自分の紅茶を置くと、新しい角砂糖を加える。
「知っているんですか?」
「いえそこまでは。ですがあそこには、昔、自分が仕えていた家のお嬢さまが働いていまして」
「へーそうなんですか」
「とても裕福な家でした。旦那さまは電気会社の社長で奥さまはその秘書。苦しい世の中ですが、なに不自由なく幸せなご家庭でした。仕えさせてもらったわたしも、たいへんよくしてもらって」
「今より?」
「はい。とても幸せな日々でした。ですが、旦那様が殺されてしまって失われました」
「えぇ!?」
いきなり口に含んでいたものを吹き出すつゆ。
マスクに染みちまって、明日の洗濯の手間が増えることに嫌気がさす。
従者は、テーブルにこぼれたものをハンカチで拭いてくれた。白い布が、茶に汚れていく。
「そんなひどいよ」
「お父さんに似て、娘さんもお優しいのですね」
「いや別にこいつはそういうのじゃ……あとおれも別に優しくは……」
「旦那さまたちもそうでした。本当に暖かな家族で、感謝はされど誰からの恨みも買ってなんていませんでした」
「じゃあなんで死んじゃったの?」
「死神です」
従者の口を突いて出たのは、連続殺人鬼の名称だった。
正体不明そして目的不明。数年前に初事件を起こし、それからも殺した人間がいた部屋に、その名を残していく。世界政府からも賞金がかけられている神出鬼没の凶悪犯。
「死神の殺しには法則もなければ証拠もない。巷じゃ、超常現象なんても言われている」
「そういうのは詳しくありませんが、あれほどまでに恨みつらみがこもったような残忍な殺しかたをしたうえで、証拠ひとつすら出なかった冷酷なやり口は同じ人間とも思えません」
「ひどい人だな。分かった、つゆがそのぐりむって人見つけたらやっつけてあげるね」
ご立腹のつゆ。
おれとしては、賞金なんてはした金でそんな大事件に関わるのが心配で気が気じゃなかった。世界の半分をもらおうが、つゆで稼げる金額には及ばない。
まあすぐに携わろうってわけでもないので、せいぜい死神に会わないよう戸締りには注意することにした。
死神の話が終わると、カップに注がれた分の紅茶もなくなった。
「じゃあ満足したし帰るか」
「ですが、リッキーさまを待たないと」
「大丈夫……なあリッキー。話は聞いていただろ?」
従者のブローチに取り付けてあった盗聴器を通して、おれは日本かぶれのアメリカ人へ声をかけた。
模造品の歯が、屋敷のどこかでガチガチと震えている音が聞こえてきた。
主人へ渡す手紙だけ従者に預けて、おれたちは客室をあとにする。




