ゾンビだらけの宗教と後輩メイド 1
おれの前に、メイドがいた。
偽物ではない。本物だ。なにをもって真贋の判定をするかは人それぞれだが、おれの基準では、今、おれの対面に座っている彼女はメイドだった。
「オークションの代行だって」
「ええそうです。あなたにこの仕事を依頼したいのです。先輩」
ツインテールのメイドの名前は、高芸亜美。顔を合わせたのは今日初めてなのだが、彼女はおれを先輩と呼んでいた。
「ここ、コンサルタント事務所なんだけど。意味、分かってるか?」
「存じております。そのうえで、先輩に代行を任せたいのです。前金で三〇万、目当てのものを競り落とした暁には、ご主人さまはさらに七〇万上乗せしたいそうです」
合計百万円。ハイパーデフレのこの時代では、破格の報酬だった。
初仕事を成功させた評判でいくつかの地方企業の手伝いをしたが、それら全てで得た金を足しても半分にも満たない金額。正直、喉から手が出るくらいおいしい仕事だったが、だからこそ慎重にならざるをおえなかった。
「梅人。メイドさんだよメイドさん」
脇にいるつゆは、高芸を見てきゃっきゃっと喜んでいる。
普段つゆは、倉庫に余っているメイド服を着回して遊んでいるため、本物のメイドに出会えて嬉しいようだ。本人は、起きていたばかりのためピンクのキリンのパジャマだが。
「すごいすごーい……梅人はあんまり嬉しくないの?」
「別におれは好きでもなんでもないしな」
「それは意外ですね」
「なんで?」
おれが聞くと、高芸はかわいらしい仕草で顔を横へ傾ける。
日本人的な顔立ちで、大和撫子を冠してもおかしくないくらい美形だった。そんな女性が西洋のメイド服を纏っているのが、ギャップを感じられる。
「先輩がこの場所に住んでいるのって、メイドがお好きだからでしょ?」
「違うわ!」
「そうなの? てっきりつゆもそうかと思ってた」
「そんなわけねえだろうが」
ここを自宅にしているのは、単純に土地の割に建物が安かったからであって、断じておれの趣味などはない。
でもたしかに、メイド喫茶に住んでいるなんてそう思われてもおかしくないか……
おれは今までなんとなく考えるのを避けていた他人からの印象を突きつけられて、内心ちょっとへこんだ。
「先輩、元気出してください。たとえむっつりスケベでも、そういう男の人わたしは好きです」
「知るか!」
「女性が男性へ告白したのに、その返事はちょっと酷いですよ。よよよ」
「メイドさん泣いちゃった。いーけないんだ、いけないんだ。せんせーに言ってやる」
「メイド喫茶には、そんなやつはいねえよ」
わざとらしく嘘泣きする高芸に味方するつゆ。小学校の女子かよてめえらは。
おれは茶番をもう終わらせることにして、話を仕事へ戻す。
「にしても、なんでおれなんだ? オークションなんて自分でやればいいだろ」
「それは――先輩がキグナスの元社長だからです」
「キグナス?」
会社の名前なんて知らないつゆは、クエスチョンマークを頭に浮かべる。
対しておれは、このメイドへの警戒心が凄まじく上昇した。
高芸は嘘泣きしていた時もまるで変わらなかった真顔のまま喋る。マスクは外してあるはずなのに、まるで仮面を被っているようだった。
「なんで、おまえがそんなことを知っている?」
キグナスの社長だったことについては今日までおれは伏せていた。
悪評どころか憎しみまで抱かれているため、もしもおれがそうだとバレた日にはもう目が開くことは永遠になくなってしまうのだから。
「それはお察しの通り、わたしが先輩の後輩だからです」
「おれは、おまえのことなんて今日までひとつも知らなかったぞ」
「当たり前じゃないですか。今まで会ったことないんですから」
どういうことだ?
あまりにも怪しくて、仕事を引き受けるのもやめようかと考え始めてきた。すると高芸は、大袈裟に肩をすくめるジェスチャーをとる。
「まあ本当のところ、先輩がキグナスに関わっていたことについてはわたしではなくご主人さまが調査したことです」
おれが嫌われているキグナス元社長と知ったうえで、仕事を任せるか。
ある意味、脅されているようなものだ。依頼を受諾しなければ、世間に明かすぞと喉元に銃口を突きつけられている。
こうなっては、おれの答えはイエスしかなかった。
高芸を通して、依頼主に了承を伝える。
大金と引き換えに、おれは虎の穴へ入ることになった。さておれは無事に虎子を持って帰ってこられるか、それとも食い殺されてしまうのか。




