二章 ゾンビだらけの村と千葉県民たち 6
「青木さん。仕事代わるよ」
「いや悪いね。こう何度も何度も」
「今までは見張りだけだったのに、昼間はみんなの手伝いなんてしちゃ体がもたないさ」
気遣いされたと思い、おれに感謝を伝えて門番を青木は交替してくれた。
キーンキーン、と鉄を叩く音が聞こえる。どうやら徹夜で作業しているのは、吉田兄弟だけだった。
おれはそれを目で確かめると、村から出ていく。
脱出の道はもう理解しているため、音もなく素早く入口から離れられた。
おれはカサの森の前まで来た。
「それじゃ頼むぞ」
後ろについてきたつゆを、今度は先行させた。
おれは立ち入り禁止と書かれた看板の手前にいたまま、遠くなっていくつゆの背中をじっと見ている。暗闇に目が慣れてくると、Zがここにウジャウジャいることが分かった。成熟したジャノメの周囲をグルグルと移動している。
おれにとっては近くにいるだけでゾっと怖気が体を包む場所を、つゆはまるで昼間の公園でも散歩するように軽快に歩いていく。
「えへへ。おいしそう」
持たせた梯子を昇って、ジャノメを手に取る。
よほど気に入ったのか、はしたなく舌なめずりまでしていた。
ガバッ
つゆがジャノメをもごうした途端、Zが反対から掴んだ。
「これつゆの~お兄さんは他のにして~」
つゆがなにを言ってもZは離さない。いやそれどころか、声に反応して他のZまでつゆの持つジャノメを奪おうとした。
さすがの事態に、おれも撤退をさせようとした。
だが次の瞬間、自分の目を疑うようなことが前で起こった。
「駄目~!」
スポーン、とジャノメに触っていたZの腕が千切れた。
まるで発砲スチロールのように簡単に外れたが、着地時にはしっかり肉の潰れる音が鳴って人の身体だと直感した。
そこからのつゆのジャノメ拾いは、まさしく一騎当千の無双だった。
立ちはだかるZは道端の石ころのように投げ捨て、後ろから噛んでくるZは引き回す。最終的に多くのZが地面を這いつくばることになっていた。
「garuru!」
「もう気が済んだでしょ。それじゃつゆ帰るからね。ばいばい」
つゆは籠いっぱいにジャノメを入れてきた。
Zジェットを使おうが、カサの森のZはジャノメに引っ張られて逃げていかない。だからこのZに噛まれても平気な少女へおれは頼むことにした。まさかあんな怪力があるとまでは知らなかったが。
「はいこれ。足らなくなっちゃんたんでしょ?」
「ああ。村の人々も、つゆに感謝するだろうな」
つゆには嘘を吐いたが、実は量に関しては、この前に収穫した分だけ充分だった。
今回については、おれ自身が新しいアイテムを制作するのに欲しかったものだ。
商品展開を争うかもしれないカサ村の住人には気づかれたくないため、隠し持てる数だけ持ち帰る。余りは、ご褒美としてつゆに食べさせることにした。
時間をかけると村人にバレるかもしれないので、さっさと戻ることにした。
ブーブー
道中、スマートフォンが振動した。
「ひとりでやれるから、帰っていいぞ」
夜食のジャノメを渡して、つゆを宿屋に戻した。
おれは誰も周囲にいないことを確認すると、画面をスワイプする。
《アヒルちゃんおはようございますッス。あなたのジューダスちゃんですッス》
スピーカーからエフェクトがかかった合成音声が流れてきた。
「なんの用だ?」
《こっちから電話かけてあげたのに冷たいッスね。せっかくニシダに話つけてあげたのに》
「それについては感謝してる」
ニシダというのは、ジャノメを利用したアイテムを買ってくれる会社のことだった。
実はこのジューダスという人物が、ニシダのことを紹介してくれたのだ。
おれ自身も彼女のことはよく分かっていない。
知っているのは、女性らしい高い声で話すこと、そして情報屋であることだった。それ以外は身元詳細、さらには実際の性別さえ不明だ。
ただ彼女はおれに恩があるらしく、時々タダで情報をくれたり、また金さえ払えば優先的に欲しい情報をおれへ回してくれた。最初に向こうから電話をかけてきた時は半信半疑だったが、一年近く付き合ったことで信頼できると感じて今ではそこそこに利用させてもらっている。
《いや実はですッスね。ジャノメのことについて教えてほしくてッス》
「なるほど。うまい情報だったら、それで上手いことニシダに商売しようってか」
《さすが勘が働くッスね》
こういう商売に積極的なところが、おれからの信用を得ていた。
「じゃあ今回してもらったことのお代くらいのことは話すとしよう。なにが聞きたい?」
《ありがとうございますッス。ぼくが聞きたいのは、変異の理由ッス》
「ああそれについてか。別に教えても構わないが」
おれはもう一度、村人が近くにいないことを確かめた。いつのまに村全体が静まっていて、どうやら吉田兄弟も眠りついたようだった。
「問題ないみたいだから、言うことにしよう……おそらくジャノメはZに感染している」
《えっ? ど、どういうことッスかそれ》
「器具が手持ちのしかなくて正確な分析ができてないから、あくまでおれの推論だ。ジャノメが変化したのは、人がZになるウイルスを果実が吸収したからだ」
《でもそれって、食べた村人はZになるんじゃ》
「いやおれも食べてしばらく経つが、まったく体に異常はないから問題はない。それと感染したのはたぶんジャノメの味がマズくなってからだ」
大量に摂取したのはつゆだけで、あとはおれ含めて村人は少量しか口にしていなかった。
《なるほど。じゃあ大丈夫ってことッスね》
「まあそれもついでに、家で詳しく実験してみるから追って連絡することにしよう。ニシダに渡すのは食用ではないし、特に問題はあるまい」
だが村人に事実を話してしまったら混乱を招くことになるので、おれは結果がはっきりするまで黙っていることにした。
「これでいいか? 他になにか訊きたいことはあるか?」
《いえもう知りたいものは知れましたんで、ありがとうございますッス。ではまたご贔屓に》
ブツッと電話が切れる。
もっと根掘り葉掘り尋ねてくるかと思ったが、あれだけなのはよかった。
ありがたい存在ではあるのだが、それでも確実な信用はできないためつゆのことは秘密にしていた。
いつ敵対してもいいよう、常に警戒心を心の隅に置いておきたいところであった。
スマートフォンをポケットにしまおうとしたところで、急に物音がどこかから聞こえた。
おれは見張りに使う建物の裏に隠れる。
あれは……健太?
たしか吉田弟の息子だったはず。
健太は、旧式のガラケーを取り出す。おそらくおれと同じように電話をしにきたのだろう。カサ村だとこの出入り口付近だけがギリギリ圏外じゃない場所だった。
そういえばもうさっきの話を聞かれる心配はないから、別に隠れる必要もないな。
だからといって今さら出ていくのも気まずいので、健太の電話が終わるのを待つことにした。
「こちら吉田です……はい……分かりました」
遠くて、話し相手がなにを言っているのは聞き取れなかった。
「……やはりまだ無理なんですね……はい。Nはちゃんと探してみせます」
エヌ? なんだそれは?
通話を終えると、健太はそそくさと村の内側へ戻る。おれはNについてなにか訊こうとしたが、姿を現した時にはもう彼はいなくなっていた。
それから日も過ぎて、ついにニシダの幹部がカサ村へ訪れた。
五日間、村総出で制作した設備は試作品とともに認められ、無事、これからの取引がなされることになった。
ニシダと入れ替わるように、おれたちは村から出ていくことにした。
「コンサルトさん。つゆちゃん。本当に村おこしありがとうございました!」
見送りの際、村人全員から感謝を伝えられた。
「ジャノメを収穫する時には、濃縮還元したやつを撒いてZをおびき寄せるんだぞ」
「分かりましたですじゃ……ああこれをお詫びに。本当はお金を渡したかったのですじゃが、今はまだ村も困窮中でして」
土産を受け取ったおれたちは、電車に乗りこんだ。
発車すると、村人たちは追いすがってガラス越しに話しかけてきた。加速して駅から離れるとさすがに見えなくなり、来た時に映っていた景色を逆走するようになった。
「ねーねー。千葉楽しかったね」
つゆが、おれの隣にべったり付くよう座った。
いつのまにか、この少女からおれへの好感度は回復していた。特になにをしたわけでもないんだが、おれにとって好都合なので黙って受け入れることにした。
つゆはブランブランと楽しそうに足を揺らす。
「ねー梅人。やっぱり家族っていいね」
「どういうことだ?」
「吉田さんちのおじさんたち、最初あんなに喧嘩してたけど梅人がなんか言ってからは仲直りした。つゆたちがいなくなる頃には、村で一番の仲良し。やっぱり家族ってああいうものだよ」
「おれとしちゃ、商売のために来ただけで家族仲なんてどうでもよかったがね」
「じゃあカサ村の人たち嫌いなの?」
「別にそういうこと言ってるわけじゃ」
ガキは流れを読まずに、すぐ話が唐突に変わるから嫌だ。
おれは怪訝な表情をするが、彼女は嬉しそうに笑った。
「ふーん。否定しないんだ」
反論する前に、どっか行ってしまうつゆ。
ひとりになったおれはドっと疲れたように席へ体重を預けると、側に置いてあったカサ村の土産を見下ろした。
紙袋の中には、沢山のジャノメが入っていた。
どんだけお人好しなんだか……それともなにも考えてないだけなのか……田舎者の気持ちはシティボーイには分からん……
とりあえず仕事終わりを記念して、紙巻を吸うことにする。おれは二度目の水浸しになった。




