二章 ゾンビだらけの村と千葉県民たち 5
それから一週間、おれとつゆはカサ村に滞在した。
「もう限界だ!」
宿屋で、テーブルを叩きながら吉田兄が叫んだ。
今晩は村民全員が、月に一度の会合で同じ場所にいた。
兄の対面にいた米岡が、声をあげた。
「なにがじゃ?」
「この村のことだ。物も飯もなければ仕事もねえ。このままじゃおらたちみんな死んじまうぞ」
「……」
この場にいる誰もが、声をあげないが心の中で同意をしていた。
おれ自身も一週間いたことで、彼の言っていることが決して虚言ではないということは把握していた。
この村は経済を村内だけで回している、
ひとつのサイクルを例に挙げてみる。農家が作物を宿屋に売り、宿屋がそれを調理したものを大工に売り、大工が農家から金をもらって農作業に使う器具を修理する。
もちろん全ての取引がこうなっているというわけではなく、また他の職業もあるので違うパターンもある。だが基本的には村の人間だけで商売を行っている状態だ。
これらに関しては全ての人間が上手くいっている状態では問題ないのだが、しかして現在のカサ村が置かれている状況はそうじゃなかった。
「では、どうしろと?」
「隣村と合併だ。おらの知り合いがいるが、こんな素寒貧と違って食材も資源も豊富にあると聞いただ」
「それほんとか? 酒の席でマウントとるために大ボラ吹いたんじゃなか?」
「な、なんだと」
農家に嘘と言われて、少し反応が遅れる吉田兄。思い当たるところがあるのだろう。
誤魔化すように、大声をあげた。
「だいたい今さら、客人なんて招いてなにしてんだ村長? たださえうちの息子やカカアが食いっぱぐれそうなのに余計な食い扶持増やしやがって」
「彼らはこの村の救世主じゃ」
「救世主~?」
吉田兄は、明らかに馬鹿にしているようにおれを見た。
米岡の語気が強くなる。
「そうじゃ。特産品のジャノメも収穫できなくなって観光客も来なくなり、たしかにこの村に残された時間は残り僅かじゃ。だからこそ、ここで踏ん張って村おこしをせねばならん」
「ならばなおさら合併だ。伝統なんてないこんな村、いつおさらばしたって惜しくはない」
「このご時世、そんなところをしたところで合併先の村と共倒れじゃ。どこにも、わしら全員を食わせてくれる余裕なんてないんじゃよ。これだから手先が器用なだけのアホは嫌いじゃ!」
「このジジイ! 老い先短いおまえを消して、余裕を増やしてやろうか!」
もはや議論の形がなくなって、ただの口喧嘩になっていた。
いつ手が出てもおかしくない雰囲気。
だが、誰もが止めようとしなかった。それはまるでこの先にある村の未来に絶望して、もうなにもかもを諦めているようだった。
重く沈んだ空気の中で、おれは挙手をした。
「いいぜ――稼ぎかたを教えてやるよ」
よそ者の突然の言動に注目が集まる。
誰もがおれの話を待つ状態になったところで、おれは一度閉じた口を開く。
「遅くなったが、おれの仕事を始めることにする。内容は村おこし」
「おいおい。なに関係ない外の人間がいきなり口出してイキがってんだ」
吉田兄が、今度はこっちへ絡んできた。
おれは、おれの首から上を一発で消し飛ばせそうな巨漢に胸をはって対峙する。
「関係ないことはない。おれはそこの村長に、この村のコンサルティングを依頼されている」
「こ、コンサルティング? なんだか知らねえが変な横文字を使って、おらたちの村に土足で踏み入るんじゃねえ」
「もう一瞬間、土足でこの大地を踏み荒らしている」
「へ、屁理屈言うな!」
カッカしておれの言葉を否定する吉田兄。
おれはわざとらしくやれやれと呆れるようにしてから、彼へ説明する形にして村人全体へのスピーチを開始する。
「村おこしの内容はもう決まっている……村だけの商品を制作して外部へ売却する」
「どういうことだ? こんななにもない村で、いったいぜんたいなにを売るつもりで」
そこで、ハッ、と吉田兄は閃いた。
「ジャノメか」
ざわめく村人たち。
現在の都どころか、世界感染前の世界でも聞いたこともない珍しい果物。おそらく世界でもこの村にしかないそれならば、外にでも誇れるかもしれなかった。
しかし吉田兄は、悲しむように声を漏らした。
「いいアイデアかもしれん。あれに目をつけたあんたはさすがだよ……でも、今のジャノメはマズくなって食べ物としては価値がない」
「わしでも、あれが外で売ってたとしても買わんな」
おれへ肩入れしていたはずの米岡も辛辣な反応を示す。
村人たちの気持ちが再び暗黒に陥ろうとしたところで、おれは全員へ聞こえるよう言った。
「誰が食べ物に使うと言った?」
おれは試験管を取り出した。
中には、粘っこいマゼンタの液体が入っている。
「そ、それはなんだ?」
「ジャノメを濃縮還元したものだ」
「そんなものをなにに使う!?」
用途を訊かれて、おれは閉口する。
別にパフォーマンスとしてこの場で試してもいいんだが、絶対に大問題になるしな。しょうがないから効果はあとで見せるとして、説明だけするか。
「こいつはZを集めることができる」
「はあっ!?」
「カサの森。まずあそこにZが集合すると聞いて、おかしいと思ったんだ」
おれの家にも秋葉原に侵入したZが寄ってくる事態があったが、あれも理由があった。最初は分からなかったが、来訪初日に女将の話を聞いてやっと理解した。
ジャノメは、カサの森にある生息する木にのみなる果実だった。
「三年前、おそらくその時までは普通の果実だったジャノメは変異したんだ。だから味が変わって、Zも呼び寄せられるようになった」
「そ、そういうことだったのか」
「だから時おり森の近くで拾えても美味しくなくなっていたのか」
おれの説明に納得する一同。
畳みかけるように、おれは長文が書かれた文書を取り出した。
「これは?」
「契約書だ。こいつを買いたいという客が話にきた。成立すれば、三年はこの村を養える金が手に入る」
「な、なんだって!? そんなうまい話が」
「ただし条件がある、五日後にこの村に訪れるから、その時に試作品と量産設備を見せてほしいとのことだ」
「急に言われても、そんなものないぞ!」
「設計書はもう書いておいた。おまえらの技術は、村に置かれている家や道具でよく分かった。本気でやれば必ず終わる。素材に関しても、もう揃っている」
袋いっぱいのジャノメを見せながら、おれは強く断言した。
吉田兄は、渡された設計書を広げて見る。ゴクリ、と深く息を呑んだ。
「あんだの言う通りだ。この紙に忠実に従ってやれば、ちゃんと作れる」
「おお! ならばさっそく」
「で、でも。しばらくろくに仕事せずに鈍ったおらの手先で、これに必要なものが作れるか」
吉田兄は、プルプルと震えて安定しない手先を見下ろした。
村中が、不穏な気配に包まれる。米岡まで、なにも言えずにじっと見ているだけだ。
ちっ。他はともかく、あんたは代用できないんだよ。
舌打ちとともにおれがハッパをかけようとした。
「兄貴。なに情けないこと言ってんだ」
だがおれがなにかを言う前に、宿場の入口から吉田弟がやってきた。
同じマスクを被った兄弟は見合う。
「お、おまえ体のほうは」
「毎日、喧嘩してるんだ。これくらい大したことない。それより兄貴、自分の手で村の窮地を救えるっていうのになにへこたれてるんだよ!」
「でももうおらは」
「……情けねえ。ならだらしない兄の分は、おらがやるよ。おめえみたいなヘタレ腰にやれることなんて、おらが片手間にもできる」
吉田弟は設計図を握りしめて出ていこうとする。
ガシッ
弟の肩を、兄が掴んだ。
「おらがやる。こういう金属扱うのは、村でもおらにしかできねえ」
「そうこなくちゃ。源さん、健太。おまえらも手伝ってくれ。他の人も必要な仕事はあとで言い渡す。絶対に、みんなで村おこしを成功させよう!」
おおおおお!
吉田兄弟のやる気に、昂る村人たち。
どうやら上手くいきそうだ、とおれはひと仕事終えた充実感に包まれた。




