二章 ゾンビだらけの村と千葉県民たち 4
一時停止のあと、運行は無事に再開した。
江戸川を越えて千葉県に入り、そこからさらに下っていくのを待つ。
終着駅に着いて、ようやく電車を降りた。
「疲れたー。つゆ、あそこで寝たい」
「おまえが引き受けた仕事だろうが」
ぐずるつゆを、強引に改札機を通らせた。
ふたり合わせて利用料一五〇〇円。帰りも合せると、もらった依頼もがほとんど残っちゃいなかった。
「コンサルトさんとつゆちゃん。お待ちしでおりました」
駅を出ると、米岡がおれたちを迎えてくれた。
「こんにちは。それで、どこにあるんだあんたの村は?」
「すぐですじゃ。ところで電車の到着が遅れたんですけど、なにかあったのですかい?」
「ああそれはね」
「梅人ねー雨に当たったのー」
「?」
言葉を濁したはずが、つゆは正直に言いやがった。
だがどうやら表現が理解できなかったようなので、裏でつゆにウメボシをするだけで事態は済んだ。
挨拶を終えると、米岡におれたちは案内される。
一時間近く歩いた。田舎のすぐというものは、どうやら信用できないものだと学べた。
汗もかきはじめた頃、やっと村が見えてきた。
「あれが故郷のカサ村じゃ。感染後に、近くの人々が集まってできた小さな村で……」
解説をする米岡。周辺にあった木々の集まった場所を指す。
「あそこはカサの森と言いまして。昔は子供たちの遊び場や奥の川で洗濯や水汲みをしていたのじゃが、今は近づくのも駄目になった。だから気をつけるのじゃぞ」
「なぜだ? 昔は平気だったんだろ」
おれの質問へ、米岡は暗い声で答えた。
「……実はZがたむろっているのですじゃ。三年くらい前から急に集団で居づくようになって」
「Zが集団でひとつの場所に?」
あまりない事例だった。Zは基本的に仲間など作らず、また一定の場所に滞在するという行動を取らなかった。
不思議に感じつつも、先日のおれの家みたいなこともあったので気にしないことにする。
村の近くまで移動すると、米岡が急に止まった。
「ここからは、注意してついてきたまえ」
「はーい」
それだけ言うと前進を再開する。
そりゃZがいるなんて聞かされているんだから、今でも警戒は怠ってないよ。
おれは米岡が直角に曲がったところまで歩く。横に行った理由も考えずに、一歩伸ばす。
カチリ
不自然に地面が沈んだので、おれはすぐさま足を浮かせた。さっきまでおれの足があったところを、トラバサミが噛みついた。
「危なっ!」
「だから注意しろと言ったのじゃ。でもよかったなトラバサミのほうで。運が悪かったら地雷のほうを踏んでいたかもしれなかったのじゃから」
「そんなものまで埋めてるのか!」
崩壊した軍のものを拾ってきたそうだ。
他にも罠があるらしく、なにもない通しのいい土地のように見えて村までの進入経路が決まっているらしかった。
たしかにZに対してここまで有効なものはないが、それでもそんな危険物を自分の近くに置くのには慄くしかない。だが逆に言うのならば、小さな地方団体がこの世界でやっていくにはここまでするしかないということかもしれなかった。
おれとつゆは、一歩も間違えないよう慎重に米岡の足跡を辿っていった。
「それではようこそ。カサ村へ」
「あんたらが村長の言っていた客か。安心しろ。この村の中にいるうちはおらが絶対に守ってやるから」
「うちの自警団の青木くんですじゃ」
青木は頭部にヘルメット、肩や肘にパッドを身に付けていた。
「冷却鋸とかの武器系アイテムが見当たらないが」
「アイテム? 無理無理。うちの予算でそんなの買えないよ。だからおらの武器はこいつさ」
担いでいたクワをかざした。
ほとんど切るところのない土を削るための刃は、とても心細く見えた。
すると青木は自嘲するようにクワを下ろす。
「なんてな。侵入してくるほとんどのZは罠で倒れているよ。たまに運よく一匹くらい入ってきたりもするが、そいつもこの政府から支給された缶で撃退している」
見慣れたキグナスのマークが缶にあった。
「誰でもできる仕事だよ。ただじっと外を眺めて、スプレーを噴射するだけ。なんなら人じゃなくて案山子でもいいくらいだ」
「そんな情けないことを言うな。おまえのおかげで、わしらは内側で仕事に集中できる」
「仕事なんてろくにねえけどな」
やはり自嘲まじりに言う青木。
どうやら彼は、なにかしらの不満を抱いているようだった。
ピリピリした一触即発の雰囲気になったので、おれは住民たちの会話に割りこむことにした。
「ところで、侵入してくるZはカサの森からのもので?」
「えっ? いや違うよ。あそこに入ったZはもうずっと中にいっぱなしさ。少なくとも、おらは森からここに来たあいづらは見たことない」
「そうか。ありがとう」
礼を伝えると、照れる青木。引きずられて、空気も一気に和んだものへと変わった。
「おじちゃん頑張ってねー」
「おうよ。任せときな」
喧嘩なんて起こされても面倒なのでさっさと青木へ別れを告げて、村の奥へ進むことにした。
全景が見える辺りまでやってくる。
「なんとまあ……」
ハリボテのような木造りの小屋。
住民はペストマスクにボロボロの衣服。
土しかない地面に、雑草がそこらへんに生い茂っていた。
想像以上に、カサ村は荒んでいた。
まるで時代劇の辺境のようで、二十一世紀の名残なんてものはほとんど感じられない。
これを立て直すのか……
ベリーハードどころか攻略不可能の難易度に頭が痛くなっていると、目の前で大の男らしきふたりが睨み合っていた。
「おめえ。おらに因縁つけてなんのつもりだ?」
「そっちこそなんだ? おらはなにもしてねえのに、いきなり掴んできやがって」
「おめえの顔が気に食わねえんだ」
「なんだど!」
片方のビンタが契機になって、取っ組み合いの喧嘩になった。
周囲にいる村人たちは騒動が目につくとわずかに足を止めるが、すぐに呆れたようにガックリして去っていく。
「吉田兄弟の喧嘩ですじゃ」
「あのふたり。兄弟なのか」
「はい。兄は金物屋で、弟は大工。手先が器用な兄弟として村では有名で、ふたりとも別の道で活躍する兄と弟を尊敬して認めておったのじゃが」
弟の上に兄が馬乗りになると、首を締める。
「図体デカくて邪魔だぞ。なにもしないなら家に引きこもってろ!」
「それはおめえこそだ」
「ごふっ」
脇腹に肘が刺さると、今度は立場が逆転して攻守交替となった。
逃げることなく、ただ互いに相手を殴り続ける。
「クソ。クソ。力が有り余ってやがる」
「おらもだ。なんでちょっと前まであんな忙しかったのに、今は食って寝る日ばっかなんだ」
「知るか! 知るか!」
兄の拳が、思いっきり弟の顎を叩いた。
意志を失って伏せる弟の前で、兄は人目もはばからずにギャーギャー泣き出した。
「変なの? 家族なのにあんなことして」
兄弟へ駆け寄った米岡がおれたちから離れたところで、つゆはおれへそんなことを言った。
おれは見下ろしながら言葉を返す。
「家族なんてそんなものさ」
「でも、お母さんはあんなことしなかったよ?」
「じゃあ父親のほうはどうだ?」
おれの質問に、つゆは一瞬押し黙った。
しかし、うなだれながら出てくる言葉が喉につっかえるようにして答えてきた。
「あの人はおじさん……家族じゃない……」
「ほれみろ。家族だからって、ろくな気持ちで接しない人間もいる。挨拶しただけで、耳障りだって喉を蹴られたりな」
「……お母さんは違うもん。家族だもん」
つゆがどんな表情をしているのかマスクで包まれて見えない。
けれど、この短い付き合いでも素顔の少女と接触してきた身としてあまりよいものではないことが分かった。
ここでおれはようやく自分が口を滑らせて、つゆを傷つけたことを理解した。
やってしまった。
この少女が自分を再び成り上がらせてくれる鍵のはずなのに、なんて迂闊なミスを。
気まずくなったおれはつゆから目を離して、未だに弟へ体を寄せて泣く兄という吉田兄弟の光景を見ていた。
それから帰ってきた米岡と共に、夜までカサ村を回った。狭い村で、吉田兄のほうを医者へ運んでも全てを見学するには充分な時間が残っていた。
「ごちそうさまー」
「あらあら。小さいのによく食べるわね」
おれとつゆは、用意された村の宿にいた。
宿泊費はさすがに払ってくれるらしく、つゆの飯代も浮いておれとしては大助かりだった。
「よかったな腹いっぱい食えて」
「ぷい」
おれがいるのとは反対方向に体ごと回すつゆ。
どうやら嫌われたらしい。
まだ商売のスタートラインにもたってないのにこれではいけない。せめてビジネスパートナーでいられるくらいには信頼されなければいけなかった。
おれはなんとか好感度を取り戻す方法を考える。
「はいこれ。将来、大人のレディになる子へのデザートをサービス。いっぱい食べて大きくなるのよ」
宿屋の女将さんが、新しい皿を持ってくれた。
「すみません。夕食も頂いたのに」
「いいのよ。久しぶりの観光客なんだから、歓迎しなきゃ」
「……なにこれ?」
つゆは、見慣れない食べ物を前に首を傾げた。
紅白が入り混じった三角の物体。
おれの前にも差し出されるが、おれもなにか分からなかった。
「それはジャノメという果物で、このカサ村の特産品なんですよ」
「へー。初めて聞いたけど、そんなもの千葉にあったんだ」
「あたしも生まれは別地方だからよく知らないのよ。村長の話によると、蛇の目からきてるらしいけど」
蛇かどうかは分からないが、上から見ると本当に生物の目のようだった。
「おいしいー!」
食えるものだと分かると、たちまちに一粒残さず胃に入れたつゆ。
おれも興味半分で、半分にカットされたものを食うことにする。
「……うーん」
「あら? お兄さんは微妙だった?」
「いや、その」
あまりにもマズくて、つい口に出してしまっていた。
村の名産品を貶したとあっては、会社の評判が悪くなってしまうと訂正しようとする。
「ふふ。実はあたしもそうなの」
おれがなにかを言う前に、女将さんは可笑しそうに吹き出した。
「昔は美味しかったんだけど、今はなんか味が落ちちゃって。あたしの舌がおかしくなったのかと心配だったけど、同じような人もいて安心したよ」
「そうなんですか」
「いらないならちょうだい」
おれの許可を待つことなく、つゆは奪い取っていった。さっきまであんな態度だったのに、なんて面の皮の厚さだ。
幸せそうに口をモゴモゴさせる。
どうやらおれたちと違って、彼女はたいそう謎の果物がお気に召したようだ。
「おいしいー! おかわりー!」
「娘さんはジャノメを好きになったみたいだね。でもごめんね。そのひとつが村に残る最後のやつだったんだよ」
「そんな……」
「ごめんね」
「ううん。もう食べられないのは残念だけど、つゆたちにそれをくれてありがとう」
食ったのはおまえだけだけどな。
そういう細かいツッコミは置いておいて、女将の言葉を聞くと、おれにある疑問が浮かんだ。
「特産品なのに、村にない?」
変な話であった。
尋ねると、女将は丁寧に訳を話してくれた。




