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ワンダフルコネクト ~アリスとドラゴンのグレイテストロード~  作者: 稲葉トキオ
第4章 アリス・ハートランドと無敗の王者

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第138話 いざ、決勝戦へ

「アリス! 決勝進出、おめでとうっ!」


 体育館の外、トレーニング現場をのぞいた瞬間、緋羽莉の大きな体が、がばっとアリスを包み込んだ。


 花のように甘い香りと、やわらかな感触。そして陽だまりみたいな体温が、アリスの顔いっぱいにひろがっていく。


 緋羽莉の黄色いひとみは、太陽みたいにきらきら輝いていた。


 抱きしめる力は強いのに、アリスをこわさないようにやさしく包み込んでくる。そのたくましい腕も、むにゅっと押しつけられるやわらかな胸も、全部が「大好き」を伝えているみたいだった。


「いいなあ、アリスちゃん。あたしもそんなふうに、緋羽莉ちゃんに抱きしめられたいよ」


 そのうしろでは、地魚がうらやましそうな目で見つめていた。緋羽莉は年上を敬う性格のため、地魚には「恐れ多い」と言って、なかなか気軽にハグをしてくれないのだ。自分の引き締まった腰にそっと手を添えながら、むうっとくちびるをとがらせる。


「えっへへ、いいでしょー」


 アリスは、すぽっと緋羽莉の胸元から顔を出し、自慢げに笑った。


「ねえ、それより……トレーニングのほうはどうだったの?」


 そんな甘々な空気はいったん置いておいて、観戦担当だったりんごが、トレーニング担当の閃芽へたずねる。


「完了したよ。……無事ではないけど」


「えっ?」


 どういうことだろう、とりんごは不安げに声をもらした。


 おそるおそる、閃芽のうしろをのぞきこんでみると――


「! きゃあっ! アリスちゃん、あ、あれ!」


 りんごは悲鳴をあげながら、その方向を指さした。


 うながされたアリスが、そちらへ目を向けると――


「えっ……ブルー! ミルフィーヌ!」


 なんと、ブルーとミルフィーヌが、全身ボロボロの状態で倒れていたのだ。


 キズの具合から見ても、何度も強烈な打撃を受けたことがわかる。ミルフィーヌは服もところどころ破れ、地面には激しい訓練の跡が残っていた。


『……ごめんなさいね。ちょっと荒っぽくなってしまったわ』


 そこへ、緋羽莉のパートナーである赤髪筋骨隆々長身褐色女性、【灰焔姫シンデレラ】のシンディが、もうしわけなさそうな表情で歩み寄ってきた。肩を落とし、しゅんと眉を下げている。


 だが、その姿ですら圧倒的だった。汗でぬらりと光る褐色の筋肉、はちきれそうな胸元、鍛え抜かれた太い腕と脚。


 勇ましい女戦士のような肉体美と、母親みたいなやさしい表情が同居していて、思わず見とれてしまうほど妖艶だった。


「ちょっとってレベルじゃないよお……」


 りんごは思わず目をおおいながらツッコむ。たしかにこれは、小さな子どもには簡単に見せられないほど凄惨な光景だった。


「これがもしかして、緋羽莉ちゃんの家に伝わるっていう……」


 アリスは、ごくりと息をのむ。


「うん。花菱流・鍛造再生法だよ」


 緋羽莉は静かに目を伏せていた。いつもの無邪気な笑顔は消え、長いまつげの影が、その幼い顔立ちにどこか大人びた陰を落としている。


「たんぞう……さいせいほう……」


 りんごも同じように息をのんだ。


『わかりやすく言えば、一方的にボコボコにして、回復による肉体強化を目的とした鍛錬法ね。鍛造……鉄を叩けば叩くほど強くなるのと同じ理屈よ』


 つまり、シンディこそが、その圧倒的なパワーでふたりを叩きのめした張本人だったのだ。だからこそ、もうしわけなく思っていたのである。


 シンディの全身からは、湯気が立ちそうなほどの熱気が漂っていた。


 汗まみれの筋肉は黒曜石みたいにつやつやと光り、握りこまれた巨大なこぶしは、岩すら砕けそうな迫力を放っている。


 もしあんなので本気で殴られたら――そう想像した瞬間、アリスもりんごも、思わずぞくりと背筋を震わせた。


 それなのにシンディ本人は困り眉をしているものだから、そのギャップが余計に恐ろしかった。


「理屈はわかるけど……いくらなんでも、これは……」


 りんごは青ざめた顔で、ぶるぶると肩を震わせていた。


 もともと争いごとが苦手な彼女には、ボロボロになったブルーたちの姿は刺激が強すぎたのだ。


 ちらりとシンディの丸太みたいな腕を見ただけで、「ひえっ……」と小さく悲鳴をもらしてしまう。


「ヒーリングマッサージは施術済みだよ。あと20分くらい休めば、ちゃんと回復すると思う」


 緋羽莉は、いつになく真剣な面持ちで告げた。普段のやわらかな雰囲気は、今だけはどこか影をひそめている。


 けれどアリスにも、りんごにもわかっていた。こんな方法を選んだことに、緋羽莉自身も心を痛めているのだと。


 そこへ、腕を組んでいた閃芽が口をはさんだ。


「……いちおう、緋羽莉の名誉のために言っとくけど、この鍛錬法を望んだのは、ブルーとミルフィーヌ自身だからね。緋羽莉は提案したあとも、ほんとうにやるの? って何度も確認してたし。それでも、ふたりが絶対にやるって譲らなかったんだよ」


「でも、だからって、ここまでするなんて……」


 りんごが苦言を呈すると、アリスがその言葉に割って入るように、笑顔で言った。


「わかってるよ。でも、わたしは緋羽莉ちゃんのこと、全面的に信じてる。緋羽莉ちゃんが、いつもわたしを信じてくれてるみたいにね。だから、なにがあったって、緋羽莉ちゃんを責めたりしないよ」


 その言葉を聞いた瞬間、緋羽莉の胸はきゅうんと高鳴った。


 言いたいことは山ほどある。アリスへの想いだって、あふれそうなくらい胸いっぱいに詰まっている。


 なのに、うれしさが大きすぎて、言葉がまったく出てこなかった。


 地魚はそんな緋羽莉をちらりと見て、やっぱりかわいいなあと思う。


 同時に――やっぱり、アリスちゃんにはかなわないなあと、少しだけ苦笑した。


 いつものさわやかな笑顔はなく、どこか泣きそうにも見える緋羽莉のときめく横顔が、胸を締めつけてくる。


 長い脚に視線を落としながら、彼女はそっと自分の腕を抱いた。


 引き締まった体にまとわりつくタンクトップ越しに、鼓動がかすかに早くなっているのを感じる。


 かなわない。そう思うのに、ますます目が離せなくなるのだった。


 そして――アリスは、表情を引き締めて確認する。


「特訓は成功したんだよね? ふたりとも、ちゃんと回復するんだよね?」


「うん。ふたりとも、本当にすごくがんばってくれたよ。これならきっと、優勝まちがいなし!」


 緋羽莉は、ぱあっと満開の笑顔を咲かせながら答えた。その笑顔は、さっきまでの陰を吹き飛ばすみたいにあかるかった。花のような表情が輝き、黄色いひとみまで太陽みたいにきらめいている。


 ふんわりとやわらかな胸元を揺らしながら笑う姿は、元気いっぱいでかわいらしいのに、どきりとする色っぽさまであった。


 そして、アリスを手招きするように、両手を大きくひろげた。


「だから、ほら! アリスも決勝戦まで、ゆっくり休んで!」


 それは、「いっぱい甘えていいんだよ」と言わんばかりのおさそいだった。


 太陽みたいな緋羽莉の笑顔。大きくて、たくましくて、それでいてやわらかな体。全身からふんわり漂う花の香りが、アリスの本能をやさしく誘惑する。


 アリスはふと、昨日感じたことを思い出す。そのときの緋羽莉はまるで、桜の大妖精みたいだった。


 満開の花びらを思わせる甘い香り。春の日差しみたいなぬくもり。


 大きくてやわらかな体に抱きしめられていると、心までぽかぽかになって、ずっとこのままでいたくなってしまう。


 しかも、引き締まった筋肉の感触が服越しに伝わるたび、頼もしさと安心感まで胸にひろがっていくのだった。


 試合の疲れが重なっていたアリスは、誘われるまま、すとんと緋羽莉の大きな胸へ顔をうずめた。


 そして、その長い両腕にやさしく包み込まれると、安心したように短い眠りへ落ちていった。


「おやすみ、アリス……」


 緋羽莉は、いとおしそうに目を細めながら、そっとつぶやく。


 地魚も、りんごも、閃芽も、しあわせそうなアリスの寝顔を見て苦笑いした。


 みんなも思うところはいろいろあったはずだけれど、もうこれ以上、なにも言う気にはなれなかった。



 ☆ ☆ ☆



 緋羽莉の胸の中で、アリスは夢を見ていた。


 それは4歳のころ。幼稚園で緋羽莉と仲よくなって、一か月ほど経ったころのことだった。


 アリスと緋羽莉は、稲葉家の近くにある空き地で、保護者たちに隠れてこっそり、はじめてのワンダーバトルに興じていた。


 7年後の今と比べれば、おたがいに技も力もまだまだ未熟だった。


 それでも、ミルフィーヌもアカネも、同年代の子どもたちのパートナーの中では群を抜く強さを見せており、見る人が見れば、大きな将来性を感じられるほどのバトルだった。


 技と技をぶつけ合うたび、アリスも緋羽莉も、おたがいの心がさらに深く通じ合っていくのを感じていた。


 楽しくて、うれしくて、気持ちよくて。テンションもボルテージも、どんどん高まっていく。


 そして、それが最高潮に達したそのとき――


 あのできごとが起こった。


 アリスがワンダーバトルを禁じられ、緋羽莉が全力を出せなくなってしまう――すべてのはじまりとなった、あの事件が……



 ☆ ☆ ☆



『……リス……アリス……!』


 聞き覚えのある呼び声に、アリスはハッと目を覚ました。


『あ、起きた、アリス! はやく行かないと、決勝戦がはじまっちゃうよ!』


 それはブルーの声だった。


 緋羽莉に抱きしめられたまま眠っていたアリスのミニスカートのすそを、ぐいぐい引っ張っている。


「そういうブルーも、起きたんだ……」


 アリスは、ねぼけまなこをこすりながら、ほほえましそうにつぶやいた。


 眠る前にはボロ雑巾のようになっていたブルーの体も、まだ完全とは言えないものの、十分に元気を取り戻しているようだった。


『はいっ! もう全身、すっきり爽快です!』


 ミルフィーヌも同じように回復しており、「むんっ!」と力こぶを作るポーズを見せる。


「アリスは、どう?」


 アリスに体を貸していた緋羽莉が、その顔をのぞき込みながら、やさしくたずねた。


 緋羽莉の顔は、真昼だけど朝の日差しを浴びたみたいにあかるく輝いていた。


 汗で少ししっとりした褐色の肌も、やわらかく細められた黄色いひとみも、まぶしいくらい生き生きとしている。


 大人びた体つきなのに、見下ろしてくる笑顔だけは無邪気そのもので、そのギャップにアリスは胸がくすぐったくなった。


「うん。わたしもすっかりいい調子。ただ……」


 アリスは笑顔で答えたあと、少しだけ表情を曇らせ、うつむいた。


「ただ?」


「……7年前の、あのときの夢、見ちゃった」


 そのひとことに、緋羽莉はハッと息をのんだ。表情には、はっきりと驚愕の色が浮かんでいる。


 あの日のできごとが、緋羽莉にとってもどれほど大きな傷になっているのかが、痛いほど伝わってきた。


「……どうして今、あの日の夢を見たのかはわからない。けど……次の決勝戦、とんでもないことが起こる気がするの……」


 アリスは声を震わせながら、緋羽莉のピンク色のオフショルダーの袖を、ぎゅっとつかんだ。


 アリスの中にある、言葉にできない不安。それが、かつてないほど強く、緋羽莉にもひしひしと伝わってくる。


 そして、こういうときに緋羽莉がすることは、いつだって決まっていた。


 自分の不安なんて、後回しにしてでも――緋羽莉はアリスの体を、壊れものを扱うように、それでいて力強く、むぎゅうっと抱きしめた。


 そして、アリスの白い耳元へ、そっとささやく。


「だいじょうぶ。なにがあっても、アリスのことはわたしが守るから。今度こそ……」


 その声は、今にも泣き出してしまいそうなくらい震えていた。


 緋羽莉はアリスにそっと頬ずりする。緋羽莉の健康的な褐色肌と、アリスの雪みたいに白い肌が、ぴたりと重なり合う。その対比はまるで、夜空と月あかりみたいに鮮やかだった。


 やわらかな頬ずりの感触と、ふわりと漂う花の香りに包まれ、アリスのこわばった心は少しずつほどけていく。


 不安をぬぐってあげたい――緋羽莉のそんな想いが、あふれんばかりに伝わってきた。


「……ありがとう、緋羽莉ちゃん」


 そう言って、アリスは緋羽莉からそっと体を離した。


「そうだね。なにも怖いことなんてない。わたしには――みんながついてるから!」


 アリスは、緋羽莉、ブルー、ミルフィーヌ、りんご、閃芽、シンディ、そして地魚の顔を順番に見回す。


 そのひとみには、もう迷いはなかった。


「……行こう、決勝戦へ!」


 そしてアリスは、ゆっくりと立ち上がる。


 決意を胸に、勇ましく表情を引き締めるのだった。

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