第136話 絶対零気をやぶれ!
コートの上では、二体のクマがにらみ合っていた。
炎の【バーニングリズリー】と、氷の【アイスバーグポーラー】。
『アリスについてきたのも、まちがいじゃなかったみてえな……引きこもってちゃ、こんなおもしれえこと、楽しめなかった!』
レッドはニヤリと悪い笑みを浮かべ、ロッキーをギラリと見すえた。
『グルル……』
いっぽうのロッキーは人の言葉こそ話せないものの、その目にははっきりとした闘志が宿っている。低くうなる声とともに、レッドをにらみ返していた。
先ほどを上回る熱気と冷気が、コートの中心でぶつかり合う。
しばしの沈黙。選手も、実況も、観客も――誰もが息を飲む。
そして、数秒後――
「《火炎放射》!」
アリスの指示と同時に、レッドが文字通り“口火”を切った。
灼熱の炎が一直線に伸び、ロッキーへと襲いかかる。
「《フリーズブレス》」
積人の穏やかな声に応じ、ロッキーも口から冷気を吐き出した。
青白く輝く息吹が炎を受け止め、空中で激しくぶつかり合う。
相反するエネルギーがスパークし、火花のように弾けた。
――どうやら、パワーは互角のようだ。
「よし、ぶちかましてやるんだ」
意外にも、先に動いたのは積人だった。
ロッキーは四足歩行の姿勢をとり、ドシン、ドシンと重い足音を響かせながら、レッドへと突進する。
「迎え撃って!」
『言われるまでもねえ!』
レッドも同じく低い体勢になり、二体はコート中央で激突した。
鈍い衝撃音。そのまま起き上がり、がっぷり四つの体勢へと移る。
まるでクマ同士の相撲――なかなか見られる光景ではない。
「のこった! のこった!」
ニーナの実況も、すっかりそのノリに変わっていた。センターサークルが、まるで土俵のように見えてくる。
『オラァ! どしたどしたァ!』
体格もほぼ互角。しかし属性の相性、そして純粋なパワーの差で、徐々にレッドが押し始めていた。
このまま押し切る――
センターサークルの外へロッキーを押し出そうとした、そのとき。
「甘いよ」
積人が、冷たい声で言った。
次の瞬間――押していたはずのレッドの動きが、じわじわと鈍くなっていく。
(なんだ……体に……力が……入らねえ……!)
踏ん張りが利かない。筋肉が凍りつくような違和感。
そして――逆にロッキーに体勢を崩され、大きく投げ返された。
レッドの巨体が宙を舞い、センターサークルの外へと叩きつけられる。
「しょ、勝負ありーッ! ……と言いたいところですが、これは相撲でも柔道でもレスリングでもありませんッ! しかし、強烈な一本が決まったーッ!」
ニーナの実況に、観客たちも我に返ったように大歓声をあげる。
だが――なぜ、レッドは急に弱体化したのか。
その理由を、アリスは理解していた。
(さっき……グリンも同じ目にあった……)
ロッキーが放つ強烈な冷気。それによって、体の機能が著しく低下しているのだ。
しかし――全身が熱のかたまりともいえる火の属性の【バーニングリズリー】が、これほどまでに影響を受けるものなのか?
普通ではありえない。それを可能にするのは、自然現象では説明できない――特別なチカラ。
「特性か……」
アリスは、ぽつりとつぶやいた。
積人は答えを口にはしない。だが、その穏やかなほほえみが、すべてを物語っていた。
ロッキーの持つ特性――〈絶対零気〉。
それは、どんな特性や属性を持つワンダーであっても、その冷気を決して無効化させないという、恐るべき能力。
つまり――ロッキーの冷気は、どんな熱にも打ち消されない。属性相性による有利すら、ほとんど意味をなさないのだ。
(……となると、接近戦は不利か……)
アリスは、瞬時にそう結論づけた。
『……ってえな、この野郎!』
レッドはよろりと立ち上がる。
オレンジのモヒカンを金色に逆立て、全身から燃え上がる炎のオーラを噴き出した。
――特性〈怒髪天〉。体力が減るほどに力を増す、レッドの切り札だ。
先ほどのダメージ、そして氷の大妖精ベルから受け蓄積したダメージ。それらが引き金となり、ついに発動した。
「もう近づいちゃダメよ! 《火炎放射》!」
『チッ……わーってるよっ!』
舌打ちしながらも従い、レッドは再び炎を吐き出す。
ロッキーも冷気のブレスで応戦。
再び衝突する炎と氷。だが――今度はちがった。
怒髪天で強化された炎は押し負けず、冷気を押し返し、その余波がロッキーの白い毛皮を焦がす。
「やっぱり……!」
アリスの目が鋭く光る。
「こっちの熱気まで防げるわけじゃない!」
〈絶対零気〉の盲点。それに気づいたアリスは、不敵に笑った。
あの特性はあくまで、“冷気を無効化させない”ためのもの。炎による攻撃を防ぐわけではない。
もしそうなら、最初と先ほどのブレスの衝突も、成立するはずがないのだから。
「じゃあ、こんなのはどうかな。《ダイヤミサイル》」
積人が穏やかにほほえみながら言うと、ロッキーの頭上に六つの鋭い氷の結晶が形成された。
次の瞬間、それらはレッドめがけて放射状に撃ち出される。
六発の結晶は、それぞれ異なる角度から迫ってくる。一直線にしか放てない《火炎放射》では、すべてを迎撃することはできない。
「だったら、炎をまとって防いで……あっ! ダメだっ!」
アリスが気づいたときには、すでに遅かった。
六発の氷の結晶は、レッドの体を包む炎を突き破り、そのまま全弾が直撃したのだ。
ドゴォッ、と鈍い衝撃が重なる。
燃えさかる炎のオーラがわずかに弱まり、レッドの巨体がびくりと震える。寒気が、内部から侵食してくる。
氷のかたまりですら炎を貫く――なんとも厄介な特性だ。
防ぐには、炎と氷を正面からぶつけ、エネルギー同士の衝突に持ち込むしかないようだ。
『クソッ! これが“寒い”ってヤツか! ったく、はじめての経験だぜ!』
炎をまとうクマ、レッドが悪態をつく。
その言葉に、観客も仲間も心の中で「でしょうね」とツッコミを入れていた。
「山で引きこもってたら、味わえなかったことでしょ?」
アリスが、少しいたずらっぽく言う。
『そりゃそうだが、こんなのはごめんこうむるっつーの!』
レッドは不満げに唸った。
「じゃあ、攻めて攻めて――攻めまくるしかないよね?」
『へっ! そういうのは得意分野だぜ!』
アリスとレッドは同時にニヤリと笑い――次の瞬間、間髪入れずに火炎を連射した。相手に反撃の間を与えない、徹底した攻めの姿勢だ。
「《アイスバーグフォート》」
ロッキーは前方に、冷気で無数の氷山を瞬時に生み出した。氷の壁が幾重にも重なり、迫り来る炎を受け止める。
火炎の熱によって氷山は次々と溶け、崩れ、消えていく。しかし、防壁としての役割は、十分に果たされていた。
ロッキー本体は、依然として無傷。
「まだよ! 撃って撃って、撃ちまくっちゃえ!」
『おうよ!』
それでもアリスとレッドは、攻撃の手を緩めない。
火炎は連続して放たれ、コートを灼熱で満たしていく。
一見すれば、ただの力任せの押し合いに見える。だが――積人と、一部の観客たちは理解していた。これこそが、もっとも有効な戦術であることを。
レッドは、長らく裏山のボスとして君臨してきた存在だ。その腕っぷし、野生で培われた戦闘経験、そして何よりエナの総量。それらすべてにおいて、ロッキーを上回っている。
いっぽうのロッキーは、確かに強力なチカラを持っている。だが、その強さはまだ発展途上――完全には練り上げられていない。その差は、先ほどの押し合いで、アリスがすでに見抜いていた。
――ならば、圧倒的な物量で押し切る。それこそが、〈絶対零気〉を打ち破る唯一の道。
現に、戦況は動き始めていた。氷山の防壁は徐々に押し切られ、炎がロッキーの体に届き始める。
白い毛皮が焦げ、背中に生えた結晶がじゅうじゅうと音を立てて溶けていく。
(このまま押し切れる……!)
勝利が見えかけた、そのとき――
『グッ……!』
レッドの動きが鈍った。
体力の限界。雪の大妖精ベルとの戦い、そしてロッキーとの連戦。
蓄積されたダメージと、激しいエナの消費。そのツケが、一気に押し寄せてきたのだ。
体内のエナが、急速に枯渇していく。
「いまだよ」
そのスキを見逃さず、積人が静かに告げる。
ロッキーは四足で地を蹴り、一直線に突進した。
もはやレッドに、火炎を放つ余力はない。正面から受け止めるしかなかった。
「うっ……!」
コート際で激突。
凄まじい衝撃波が発生し、アリスは思わず体をよじらせた。
正面からのぶつかり合い。それは、〈絶対零気〉の影響をまともに受ける形になる。
冷気が、レッドの体を内側から凍らせるように蝕み、パワーとスタミナを奪っていく。
――万事休す。もはや打つ手はない。そう思われた、そのとき。
「レッド! がんばってーっ!」
アリスの声が、コートに響いた。
全力の、心からの声援。その声が――レッドの心に、今まで感じたことのない熱を灯した。
(……なんだ、この感じは?)
応援されるという経験。それは、レッドにとってはじめてのものだった。
これまでウォッチの中で観戦していたときは、ただ騒がしいだけのものだと思っていた。
だが、ちがった。
アリスの想いが、まっすぐに伝わってくる。
勝ってほしいという願い。自分の力を信じる気持ち。そして、見返りを求めない優しさ。
それらすべてが、胸の奥を震わせる。
――熱い。
体の奥から、何かが込み上げてくる。
負けたくない。絶対に。
『シロクマ風情が……なめんじゃ……ねえぇぇぇーーーっ!!!』
レッドは咆哮した。
凍りつきかけた体に力を込め、二本足で踏みとどまる。
そして――ロッキーの体をがっしりとつかみ、渾身の力で――背面から叩きつけた!




