第135話 ヒート・トゥー・ヒート
体育館のセンターコートの上で――
アリスのパートナー、紅き炎のクマ【バーニングリズリー】のレッドの熱気と、対戦相手・雪群積人のパートナー、蒼き氷の妖精【グランフェアリー・スノークリスタル】のベルの冷気が、真正面からぶつかり合っていた。
相反するふたつの属性が激しく衝突し、空気は震え、視界はゆらぐ。
一見互角に見えたそのせめぎ合いも、しだいに冷気のほうが押されはじめ――銀世界と化していたコートの半分以上が、じりじりと焼け野原へと侵食されていく。
「まいったな……ここまでの熱気とは……さすがに、これほどの炎の使い手との戦いは想定してなかったや」
積人はマフラーに覆われた口元の下で、わずかに汗をにじませながら苦笑した。熱気で空気が揺らぎ、その視界は蜃気楼のようにゆがんで見える。
「だったら、その厚着……脱げばいいのに」
アリスの率直な指摘。
「ははっ。それにはおよばないよ……ベル!」
積人の呼びかけに応じ、ベルは両手を前に突き出す。
次の瞬間――より鋭く、より濃密な冷気が一気に解き放たれた。
焼け野原へと変わりつつあったコートが、みるみるうちに凍りついていく。ひび割れた床は白く覆われ、再び銀世界がひろがった。
「おもしれえ! たまにはこういうチカラ比べも、悪くねえな!」
レッドは大きく吠え、闘志を燃え上がらせる。全身の筋肉を膨らませ、体毛の奥から炎がうねるように立ちのぼった。
負けじと放たれる熱気が、再び冷気を押し返す。衝突点では、水蒸気が白い霧となって爆ぜるようにあふれ出した。
「なんというエネルギーのぶつかり合いかーッ! 熱いのも寒いのも、正直どっちもごめんこうむりますが! この勝負の行方は、まったく予想がつきませんッ!」
ニーナの実況が、熱を帯びて会場に響く。
その声に後押しされるかのように、レッドの熱気がさらに勢いを増した。
やはり属性の相性は大きい。チカラの総量はほぼ拮抗――いや、ベルのほうがわずかに上回っているかもしれない。だが、それでも氷は炎に対して決定打になりにくい。
このままでは――押し切られる。
「……けれど、ワンダーバトルは力くらべだけじゃない。知恵くらべでもあるんだ」
積人は静かにほほえみ、そうつぶやいた。
その瞬間――ベルは冷気の放出をぴたりと止めた。水晶のように輝く翼を大きくひろげ、軽やかに宙へと舞い上がる。
押さえ込まれていた熱気が一気に解放され、コート全体が炎に包まれた。床は黒く焦げ、空気は揺らぎ、完全な焼け野原へと変わる。
アリスはすぐさま視線を上げた。
上空に舞うベル――その美しい姿を、鋭い目でとらえる。
ベルはしなやかな右腕を高く掲げた。その手のひらの上に――空気中の水分を凝縮し、巨大な氷塊が形作られていく。
(《アイスメテオ》……!)
それを地上へ叩きつける高威力の大技。だが――アリスの表情には、焦りはなかった。
(でも……ムダだよっ)
どれほど巨大な氷であっても、ここはレッドの支配する灼熱の領域。落下する前に溶け、威力は大きく削がれるはずだ。
――通常ならば。
「知っているかい、ハートランドさん? 氷っていうのは……水が固まったものなんだよ」
積人の静かな声。
その言葉に、アリスのひとみが大きく見開かれる。
――気づいてしまった。彼の、本当の狙いに。
レッドが放つ圧倒的な熱気によって、コート周辺の温度は極限まで上昇している。
観客席にまで届きそうなその熱も、ウィザードである二人にはある程度軽減されているが――空中にある“それ”には、容赦なく作用していた。
ベルが生み出した巨大な氷塊が――じわじわと溶けはじめていた。
氷は崩れ、水となり――やがて、巨大な水の塊へと変質していく。
炎は氷には強い。だが――水には弱い。
ベルはにやりと、美しくも冷たい笑みを浮かべた。
そして――右手を、勢いよく振り下ろす!
もはや《アイスメテオ》ではない、それはまさに――《アクアメテオ》。
巨大な水の塊が、轟音とともに、レッドの頭上めがけて降り注ぐ――!
「グレイ! パワー全開でガードよ!」
アリスの必死な叫びに応え、グレイは全身から激しい炎を噴き上げた。
燃えさかる炎を鎧のようにまとい、その巨体をぎゅっと丸め、防御の姿勢を取る。
――次の瞬間。
ザッパアアアーーーン!!
轟音とともに、水の塊が直撃した。
激しい水しぶきが四方に弾け、同時に莫大な熱によって一気に蒸発した水が、白い水蒸気となってコート全体を包み込む。
視界は完全に閉ざされた。
勝敗のゆくえは――?
レッドは倒れたのか?
実況も、観客も、固唾をのんで見守る中――どよめきがひろがる。
『ふう……』
大技を放った反動か、それとも勝利を確信した安堵か。ベルは右手をゆっくりと下ろし、小さく息をついた。
その、わずかなスキをついて――
「《火炎放射》!」
白いモヤの中から――一直線に伸びた炎が、空を貫いた。
『あああああ~~~っ!!!』
ベルの全身が、避ける間もなく焼きつくされる。
美しく澄んだ声が、悲痛な叫びへと変わり、体育館に響き渡った。
その体は、やがてダイヤモンドダストのような光の粒子へとほどけ――積人のウォッチへと吸い込まれていく。同時に、白い水蒸気がゆっくりと晴れていった。
その中から現れたのは――上空へ向かって口を大きく開き、なおも炎を吐き続けるレッドの姿だった。全身から立ちのぼる熱気が、勝利を雄弁に物語っている。
「ダ……ダウーーーン! 熱気と冷気のアツいバトルを制したのは、アリス選手とレッド! これで決勝進出に王手がかかりましたーッ!!」
ニーナの実況が、爆発するように響く。それに呼応するように、観客席から大歓声が巻き起こった。
「やったあ! レッド! 大勝利!」
アリスは満面の笑みで大きく手を振る。
だがレッドは、「フン!」と鼻を鳴らし、そっぽを向いた。けれど、その横顔にはどこか誇らしげな色がにじんでいる。
「おつかれさま、ベル。ごめんね……熱かっただろう」
積人は左手のウォッチに、やさしく声をかけた。
「おみごとだね。知恵くらべも……君たちの勝ち、というわけだ」
「そんなたいそうなものじゃないわ」
アリスは肩をすくめて答える。
「水はたしかに火に強いけど、あれだけの熱にさらされれば蒸発する。だからレッドに、あえて最大火力でガードしてもらったの。結局は力押しよ」
少し間を置いて、さらに続ける。
「それに彼女は、あくまで氷の妖精。水の扱いには慣れていなかったはずだもの。本来の《アイスメテオ》よりは、威力が劣ると思ったのよね」
さらりと言い切るアリス。
その言葉に、積人は一瞬あっけにとられ――やがて目を細め、小さく笑い出した。
「くっ……ははっ……」
戦闘中、ほとんど感情を表に出さなかった彼が、はじめて見せる素の笑みだった。
「君は本当におもしろいね。知恵と勇気――そのどちらにおいても、君はまちがいなく校内一だ」
「それはどうも」
軽く受け流すアリス。
「そんな君だからこそ……」
積人の表情が、ふっと引き締まる。
「僕らも、ようやく本気を出せる」
カッと目を見開いた瞬間――白い髪とマフラーが、大きく揺らいだ。
まるで彼自身が、冷気を発しているかのように。
「さあ……出ておいで」
静かに、しかし確かな熱を帯びた声。
「ようやく君が、存分に暴れられるときが来たんだ」
その言葉とともに、ウォッチが光を放つ。
次の瞬間――吹雪が巻き起こった。
さきほどまで燃えさかっていた大地は、一瞬で白く塗り替えられる。凍てつく風が体育館を駆け抜け、まるで雪山の頂に立たされたかのような錯覚を覚える。
アリスも、レッドも、ニーナも、観客たちも――思わず身を震わせた。
だが、それは単なる寒さだけではない。もっと根源的な――本能に訴えかける“恐れ”。
現れた“それ”は――
蒼いひとみをぎらりと輝かせ、純白の毛皮に覆われた巨体。鋭い牙と爪を備え、その背中には氷山のような蒼い結晶が無数に突き出している。
圧倒的な存在感。それはまさに、極寒を体現した獣。
「ごらん、ロッキー。君にふさわしい獲物が、目の前にいるよ」
冷たく、それでいてどこかやさしさを含んだ積人の声。
ロッキーと呼ばれたそのワンダーは、ゆっくりと前足を踏み出した。
その正体は――【アイスバーグポーラー】。
【バーニングリズリー】と双極をなす、氷のシロクマだった。




