第134話 見目麗しき氷の妖精
「さすがだね。アリスちゃん、彼から一本取っちゃったよ」
「でしょう? アリス、すごいですよね!」
体育館の外――時間の流れがゆるやかになっているふしぎな空間の中で、地魚と緋羽莉はほっぺをくっつけ合いながら、閃芽のスマートウォッチから投影されているバトルのライブ映像を、食い入るように見つめていた。
やや濃い色に焼けた肌同士がぴたりと重なり、じんわりにじんだ汗が混ざり合う。丸みを帯びた地魚のすっきりした顔立ちと、ふっくらとやわらかい緋羽莉の童顔が並び、その対比がいっそう目を引く。ほほを押し合うたび、むにっとした感触が伝わり合い、ふたりの距離の近さと仲のよさを強く感じさせた。
「ったく……見せるんじゃなかった……ていうか、時間の流れがゆるくなってるのに、ライブ配信はふつうに見られるって、どうなってるんだよ……」
暑苦しい筋肉質の美少女ふたりに顔を近づけられ、閃芽はうっとうしそうに顔をしかめた。
むわっとした熱気がまとわりつく。照り返すような肌のつやに、閃芽は思わず目を細めた。さわやかなレモンの香りと、甘い花のような香りが入り混じり、やけに濃く鼻をつく。近すぎる距離と相まって、その存在感がやたらと主張してきて、追い払ってやりたくなるほどだった。
「いまはアリスの試合より、特訓に集中するべきじゃないの? これじゃ意味ないでしょ」
「それはそうだけど、やっぱりアリスの活躍は見たいよ~!」
緋羽莉は大きな体をくねくねさせながら、だだっ子のように頬をぷくっとふくらませた。
くねらせた体のラインが強調され、引き締まった筋肉の上に乗るやわらかさが揺れる。ぷくっとふくらませた頬と、うるんだひとみのギャップが妙に愛らしく、それでいてドキッとさせる色っぽさもにじんでいた。
「緋羽莉ちゃんって、本当にアリスちゃんのことが大好きなんだね」
ぴたりと離れた瞬間、地魚はそのままの距離で緋羽莉の顔をじっと見つめる。間近で見る大きなひとみ、ほんのり赤くなった頬、つややかなくちびる――視線を外すのが惜しいほどで、思わず見入ってしまう。
「はいっ! だいすきですっ!」
緋羽莉が満開の笑顔で、迷いなく言い切ると、地魚は頬を赤らめ、どこかさみしそうにほほえんだ。
「……うらやましいな、アリスちゃん。こんなにかわいい緋羽莉ちゃんを、ひとりじめできるんだもん」
そう言って、緋羽莉のやわらかいほっぺを、ぷに、と軽くつつく。指先に吸いつくようなやわらかさ。押せばほんのり沈み、すぐに戻る弾力に、何度でも触れたくなる。ほんのり温かく、やさしい感触が指先に残った。
そのまま視線を下へと滑らせる。長い手足に支えられた均整のとれた体つき、しなやかな筋肉と丸みのあるラインが同居したスタイル。健康的な色合いの肌がつややかに光り、動くたびにしなやかに揺れる。地魚は改めて、その魅力の強さを実感していた。
「ひとりじめって、わたしはべつに……」
ほっぺを押されたまま、緋羽莉は少し困ったように眉を下げる。むにっと形の変わった顔のまま、それでもどこかうれしそうに視線を泳がせるようすが、無防備で愛らしい。
「いいよ。気をつかわなくても。それより、早く特訓再開しよ?」
地魚はごまかすように言葉をさえぎり、くるりと特訓中のブルーたちのほうへ向き直った。一瞬だけ見せた横顔は、どこか影を落としたようにかすかに揺らいでいた。整った輪郭に沿って流れる髪がさらりと揺れ、その表情にほんのわずかな寂しさと大人びた色気をにじませる。
緋羽莉ももうしわけなさそうに目を伏せ、小さくうなずいて特訓を再開する。
『あら、もう試合を見なくていいの? この子たちの特訓なら、私ひとりに任せてくれてもいいのに』
筋骨隆々の赤髪の長身美女――【灰焔姫シンデレラ】のシンディが、たくましい背筋と引き締まった腰つきを見せつけるように立ちながら、顔だけこちらに向けて言った。
「そういうわけにはいかないよ、シンディさん。ブルーたちをあずかるって言いだした以上、きちんとその役目を果たさなきゃね。だいじょうぶ、アリスはきっと勝つよ」
表情を引き締めた緋羽莉がそう言うと、シンディはにこやかにほほえみ、緋色の髪を大きな手で包み込むようにやさしくなでた。
色合いも似ていて体格差もあるふたりの姿は、どこか親子のようにも見える。地魚はそんな印象を抱いた。
閃芽もウォッチのライブ映像を切り、歩み寄ってたずねる。
「どう? 首尾のほうは」
『やっぱり筋はいいわ、この子たち。付き合いの長いミルフィーヌちゃんの才能は知っていたけど、ブルーちゃんも、なかなかね』
「でしょ?」
シンディのたくましい背中に軽く手を当てながら、緋羽莉が得意げに言った。
『けれど、試合前にものにできるかどうかは、ギリギリってところね。それに……この子たちの体がもつかどうか……』
シンディの視線の先――そこには、激しい特訓の果てに、全身をボロボロにして倒れ込んでいるブルーとミルフィーヌの姿があった。息は荒く、肩は上下し、今にも意識を手放しそうだ。
「そのための基礎トレーニングだったんだよ。“あの技”は玲那ちゃんと戦うために、絶対に必要だから。わたしも、できる限り力を貸すよ」
緋羽莉もまた、ふたりを見下ろしながら、強く言い切った。
☆ ☆ ☆
いっぽう、体育館のセンターコート。準決勝第二試合は、なおも続いていた。
「さあ……ベル。君のデビュー戦だ。よろしく頼むよ」
積人のスマートウォッチから、白い光の粒子がふわりとあふれ出す。
それはまるでダイヤモンドダストのようにきらめきながら空中を舞い、やがてコートの上へと集束していく。粒子は重なり合い、光の層を成し、一つのシルエットをゆっくりと形作っていった。
現れたのは――クリアブルーの長い髪と透き通るようなひとみ。雪のように白い肌。氷で編まれたかのような透明感あふれるドレス。そして、背には三対の水晶の翼。頭には繊細なティアラが輝いている――美しき氷の大妖精。
その存在は、言葉で言い表すことが難しいほどに神秘的で――体育館にいるすべての者――人間もワンダーも区別なく、一瞬で心を奪われた。
「【グランフェアリー・スノークリスタル】……まさか、こんなに早くお目にかかれるなんて……」
『モリ~……』
対峙するアリスとグリンも、思わず感嘆のため息をもらした。
その美しさは、いつもアリスの心の中にいる緋羽莉のイメージすらかすませてしまうほど。それでも、太陽のようにまぶしい彼女の存在が消えることはない――そう、胸の奥で強く感じてもいた。
「さあ、ベル。君のチカラを見せてあげて」
『ええ』
名前の通り、鈴のように澄んだ声が響いた次の瞬間――その全身から、凄まじい冷気が解き放たれた。
冷気は一瞬にしてコート全体を包み込み、草原と化していたフィールドを、雪と氷の銀世界へと塗り替える!
「なっ……!」
アリスもグリンも、実況も観客も、思わず息をのむ。
それは、ワンダーとしての“格”のちがいを、これ以上ないほど見せつける一幕だった。
――でも、だからって負けていられない!
「グリン!」
『モリー!』
気を取り直したアリスの指示で、グリンは雪と氷をかき分け、一気に地中へと潜行する。
冷気の影響でパワーやスピードは落ちている。それでも、相手の得意とする地上で戦うよりは、はるかに有利だ。
雪の大妖精・ベルは、空中にふわりと浮かびながらコート全体を見渡す。クリアブルーのひとみが、雪の下に潜むグリンの気配を静かに追っていた。
(いまだ――!)
アリスの目が鋭く見開かれる。
その合図と同時に、グリンが地面を突き破り、勢いよく飛び出した!
視界に入るのは、ベルの背中――大きくひろげられた水晶の翼。完全に死角をとらえた!
ギラリと光る鋭いツメが、美しい白い肌を切り裂こうとした――その瞬間。
メリッ!
振り上げられたベルの水晶のヒールが、正確無比にグリンのあごを打ち抜いていた。
ベルはそのまま軽やかに一回転し、モグラの顔面を蹴り上げる。
吹き飛ばされたグリンの体は、どさりと雪の上に叩きつけられた。
『おしおき』
シャリン、と涼やかな音を立てて振り向いたベルが、右手を静かにかざす。
次の瞬間――放たれた冷気が、グリンの体を一瞬で包み込み、そのまま氷像へと変えてしまった。
見事なまでに完全凍結。微動だにしないその姿に、安否は判然としないが――アリスの右手のスマートウォッチが、無情にも戦闘不能のアラームを告げていた。
「……な、な、なんとォーッ! 季節が変わるほどのめまぐるしい一戦に終止符を打ったのは、美しき雪の大妖精による華麗なる一撃ィーッ! なんともエレガントかつファンタスティーック!」
ベルの出現から止まっていたかのような空気が、一気に動き出す。
ニーナの実況が会場に響き渡り、それに呼応するようにギャラリーの大歓声が巻き起こった。
「……おつかれさま、グリン」
アリスは静かにウォッチを操作する。
すると、氷像と化したグリンは光の粒子へと分解され、ウォッチの中へと帰還していった。内部空間で、凍りついた体もゆっくりと解けていくだろう。
雪の大妖精【グランフェアリー・スノークリスタル】――そのチカラは強大。だが、決して無敵ではない。
妖精型ワンダーには共通して、極端に打たれ弱いという性質がある。強烈な一撃さえ叩き込めば、それだけで勝負が決まることもあるのだ。
もっとも――それを当てること自体が、至難の業なのだけれど。
だからこそ、アリスの胸は熱く燃えていた。
「さあレッド、あなたの出番よ! 思う存分、暴れちゃって!」
高らかに右手を掲げ、アリスが呼び出したのは――裏山のボス、紅蓮に燃えるクマ【バーニングリズリー】のレッド。
『大妖精か……食いでがあるとは言えねえが、相手として不足はねえ!』
レッドはニヤリと笑い、低く吠える。
その体から放たれる熱気が、周囲の雪と氷をじわじわと溶かしていく。
氷の弱点は炎。この相性差があれば、どれほど強大な相手であっても、互角以上に渡り合えるはずだ。
「相手として不足なし……それはこっちも同じだよ、ベル」
『そうね』
穏やかな表情の中に、確かな闘志をにじませた積人の言葉に、ベルもやさしく、しかし芯のある声で応じる。
――炎と氷。相反するチカラがぶつかり合う、激戦の幕が、いままさに上がろうとしていた。




