第133話 春のおとずれ
ワンダーバトル校内大会準決勝第二試合、アリスと雪群積人のバトル。
【モリモール】のグリンと【ユキダルマン】のヒーローによるファーストアタックは、まったくの互角で幕をあけた。
しかしそれは、あくまで観客からの視点での話。実際には、グリンの左手がじんじんとしびれており、わずかながら積人が優勢――その差を感じ取れていたのは、氷の張ったコート上に立つ者たちだけだった。
冷たい空気が張りつめるリンクの上。踏みしめるたび、氷がかすかに軋む音が響く。
「《クレイショット》!」
アリスの指示で、グリンは動かせる右手のツメを下手投げのように振り抜き、かき出した地面の氷を勢いそのままに発射した。
鋭く飛んだ氷の塊は、一直線にヒーローへ――
だがヒーローは、微動だにせず正面からそれを受け止めた。
まるで雪合戦のように、顔面へ氷のかたまりが直撃する。
しかし――
ボフッ、と鈍い音を立てて砕けただけで、まったく効いていない。
「ムダだよ。【ユキダルマン】には、冷気はすべて効かないんだ。そういう特性を持ってるからね」
積人が小さな声で、淡々と告げる。
「知ってるよ!」
それに対して、アリスは大きな声で返した。
その直後――
ヒーローの視界から、グリンの姿がふっと消えた。
氷をぶつけたのは攻撃のためではない。視界をさえぎる、目くらましだったのだ。
(また地中に潜ったわけでは……ないか)
積人は冷静に分析する。
コート上には、たったいま氷をかき出した跡が残るだけ。地面に穴を掘った形跡はない。
では、どこへ――?
(……まさか!)
積人は伏せがちな目を見開き、とっさに空中を見上げた。
そこには――大きく跳躍したグリンの姿。
氷の照り返しを受けながら、右のツメを振り上げ、ヒーローめがけて落下してくる!
「ヒーロー!」
積人のあわてた呼びかけ。
ヒーローもようやく気づき、とっさに両腕をクロスさせて防御の体勢を取る!
ドガッ!!
鋭い衝撃音が響いた。
ツメの一撃でヒーローの体は後方へと吹き飛ばされる。雪の粒がばらばらと舞い散り、氷上に白い跡を残した。
だが――ガードが間に合ったことで、決定的なダメージには至らない。
「ああもう! ぜったい決まったと思ったのに!」
アリスは悔しそうに声をあげる。
まさか、モグラ型ワンダーが空中から襲いかかるとは思うまい――そんな常識外れの一撃。不意を突くための作戦だったが、不発に終わってしまった。
一度見せてしまえば、もう通用しないだろう。
「いや、驚いたよ……まさかモグラがジャンプ攻撃をしてくるなんて……どんな魔法を使ったんだい?」
積人の額には、うっすらと冷や汗がにじんでいた。本気で焦っていた証だ。
「タネもしかけもありません! ……ただのフィジカルよっ!」
アリスはすぐに気持ちを切り替え、不敵に笑う。
グリンはそのまま猛ダッシュでヒーローへと迫った。
脚のツメがスパイクの役割を果たし、氷の上でも滑るようすはない。むしろ氷を引っかく音を立てながら、鋭く加速していく。
『モリー!』
左右の鋭いツメによる連撃。
体勢を崩したままのヒーローは防ぎきれず、その体を削られていく。雪だるまの体が崩れ、白い雪がぽろぽろと落ちていく様は、どこかもの悲しさを感じさせた。
観客たちの間にも、わずかなざわめきがひろがる。
「これでとどめよっ!」
アリスは左手をバッと掲げ、決めポーズ。
グリンは力いっぱい右手を振り下ろした。
その一撃は、ヒーローの体にクリーンヒットし――大きく吹き飛ばす!
「ダ、ダウーン! 白熱のファーストバトルを制したのは、アリス……」
「まだ気が早いよ、実況さん」
ニーナの元気な実況を、積人が静かにさえぎった。
声量は小さい。それでも、どこか有無を言わせない迫力があった。
次の瞬間――
ぴょいん。
何事もなかったかのように、ヒーローがあっさりと起き上がった。
「えっ……ど、どうして?」
アリスは目を見開き、困惑する。グリンも同様に動揺していた。
よく見れば、おかしいのはそれだけではない。
ヒーローの雪だるまボディは、最初の連撃で削れているだけで――最後の一撃によるダメージを受けていないように見える。
このちがいは、いったい――?
「両手を見てごらん」
積人が静かに告げる。
「あっ!」
言われたとおり、グリンの両手を見ると――
ツメの先端が、白く凍りついていた。氷の膜が張りつき、鈍く光っている。
その瞬間、アリスはすべてを理解した。
「【ユキダルマン】に、冷気は効かない……」
つまり――グリンのツメが氷に覆われたことで、その攻撃自体が“冷気”として扱われてしまった。その結果、特性によって最後の一撃のダメージが無効化されたのだ。
おそらく、連撃の最中にヒーローの体から発せられる冷気がじわじわとツメを凍らせていたのだろう。気づかぬうちに、攻撃そのものが封じられていたのだ。
「そういうこと。そのツメはもう、ヒーローには効かないってことだよ」
積人はやわらかくほほえみ、どこか得意げに言ってのけた。
モグラ型ワンダーの最大の武器ともいえるツメを封じられてしまっては、もはや打つ手は――
「そうみたいね。だったら……グリン!」
『モリー!』
グリンは、ためらいなく地中へ潜行する。
ツメは氷に覆われているものの、掘削の機能そのものが失われたわけではない。凍りついたままでも、地面を切り裂くことはできる。
「なにかを狙ってるね……でも、ムダさ」
積人は冷静に言い切る。
地中からの不意打ちは、ヒーローの気配察知で看破できる。さらにこの冷気の中では、相手の動きも鈍る。加えて、ツメの攻撃はすでに封じている――
いまのグリンには、どんな手を使おうともヒーローに致命的なダメージを与えることはできない。そう、読み切っていた。
しかし――次の瞬間。
彼は、いやアリス以外の全員は、目の前の光景に息をのんだ。
ぴょこん。
コートの中央。
氷が張りつめたはずのその場所に、小さな双葉が顔を出した。
「えっ……?」
積人も、ヒーローも、ニーナも、りんごも、玲那も――
その場にいる誰もが、あっけにとられる。
さらに――
ぴょこ、ぴょこぴょこぴょこ!
あちこちから芽が吹き出し、みるみるうちに葉をひろげていく。
やがて花が咲き、草が生い茂り――
気がつけば、スケートリンクのコートは、まるで春の野原のような緑の大地へと変わっていた。
氷は溶け、やわらかな土と草が一面にひろがっている。
「な、な、な、なんだこれはーッ!? 氷の大地があっというまに、花咲く原っぱに変わってしまったーッ! アメイジングかつ、ファンタスティーック!」
ニーナの実況も、まるで雪解けのように一気に熱を帯びる。
「こ……これはいったい……」
積人は困惑したようすで、緑に覆われたコートを見渡す。
ヒーローにいたっては、暖かな空気の影響を受け、雪だるまの体がじわじわと溶けはじめていた。
『モリー!』
そのとき――
ボコッ、と土を押し上げる音とともに、グリンが顔を出した。
モグラらしくひょこりと現れたその姿。両手のツメに張りついていた氷も、すっかり解けている。
「これはやっぱり、その子の仕業……なのかい?」
積人は苦笑を浮かべながらたずねる。
「そうよ。【モリモール】は地面を掘り、活性化させて、あたりを緑豊かな大地に変えるの! そのチカラを最大限に発揮してもらったってわけ!」
アリスは胸を張り、誇らしげに言い放った。
氷のコートという不利なフィールドを、自らの手で塗り替えたのだ。
「だったら、また冷気に閉ざすまでさ」
積人が右手をかざす。
それに応じてヒーローは、雪だるまの足もとから冷気を放とうとした。
しかし――冷気はひろがらない。
しゅう、と音を立てて霧のように消え、空気に溶けていく。
暖かな大地の気配が、それを押し返しているのだ。
ヒーローの体が溶けかけているのと同じように、草原へと変わったコートそのものが、冷気を拒絶していた。
「今度こそ決まりよ! 《モグラッシュ》!」
『モリーッ!』
グリンは地面を泳ぐように、猛烈なスピードで突進する。
土をはね上げながら一気に距離を詰め――左右のツメを、連続で叩き込んだ!
ザシュッ! ザシュザシュッ!
鋭い連撃がヒーローを襲う。
雪だるまのボディはもはや耐えきれず、ズタズタに引き裂かれていった。
その欠片はぼとぼとと地面に落ち、白い塊が土に沈んでいく。
どう見ても、戦闘続行は不可能な状態だった。
「こ、今度こそ文句なしのダウーン! 冷気と熱気がめまぐるしくぶつかり合ったファーストバトルを制したのは、アリス選手だーッ!」
ニーナの高らかな実況が響き、観客席から大きな歓声が巻き起こる。
「ナイスゲームよ、グリン! 初勝利おめでとう!」
『モリー!』
アリスは笑顔で声をかけ、グリンも元気よく応えた。
互いに勝利を分かち合うその姿は、どこかあたたかい。
これで残りのワンダーの数は、三対二。アリスが一歩リードだ。
だが――
(……まだ、こんなものじゃないわよね?)
アリスは、ふと視線を積人へ向ける。
どこかつかみどころのない彼が、このまま引き下がるはずがない。
その予感は――次に繰り出される二体目とのバトルで、現実のものとなるのだった……




