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ワンダフルコネクト ~アリスとドラゴンのグレイテストロード~  作者: 稲葉トキオ
第4章 アリス・ハートランドと無敗の王者

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第131話 地魚ちゃんと緋羽莉ちゃん

「ひーばりちゃん!」


 ランチタイムのあと……再びアリスのパートナーをあずかり、閃芽といっしょにトレーニング指導を始めようとしていた緋羽莉に、地魚が声をかけてきた。


「地魚さん!」


 緋羽莉はぱあっと笑顔の花を咲かせ、くるりと振り返る。さっき意気投合したばかりの相手――あこがれの先輩に声をかけられて、とてもうれしそうだ。


「もう、“さん”だなんてやめてよ。小学生なんだから、そういう上下関係は抜きにしよう?」


 年下なのに、自分より背も体つきもひとまわり大きい緋羽莉を見上げながら、それでも距離を縮めたい、同じ目線で笑い合える関係でいたい――そんな思いを胸に地魚は、きらきらとした少し照れくさい笑みを浮かべた。


「いいえ。わたしにとって、年上の人はみんな尊敬すべき方ですから」


 にこやかに語る緋羽莉の表情には、まっすぐで強い気持ちがこもっていた。ひとつでも年上の人には敬意を払い、敬語を使う。それが緋羽莉なりの礼儀なのだ。


 そんな彼女の顔を見て、地魚はそれ以上なにも言えなくなった。こういうところが、なおさらかわいく思えてしまう。年下の子に尊敬されるのは、どこかくすぐったくて、でもやっぱりうれしい。


 あらためて目の前の少女を観察し、健康的に焼けた肌と、よく鍛えられたしなやかな体つき、それでいて年相応のあどけなさを残した顔立ちに、思わず「かわいい」と「すごい」が同時にこみ上げてくる。


 ――なら、友だちというよりは……妹のように接してあげよう。


 そんなことを思いながら、地魚はやわらかく問いかけた。


「それで、なにしてるの?」


「アリスの試合までに、彼女のパートナーを鍛えてあげているんです」


「なるほど。アリスちゃんの強さのヒミツは、緋羽莉ちゃんにあったわけだ」


 さすがだなあと感心しつつ、視線は自然と緋羽莉の全身へ――引き締まった腕、厚みのあるふともも、しっかりとした体幹まで、アスリートの目で細かくチェックしてしまう。


「そんなことないです。ぜんぶアリスのセンスと、この子たちの力ですよ。わたしはほんの少し、それをお手伝いしただけです」


 緋羽莉は少し照れくさそうに言った。ほんのり赤く染まったほおには、アリスへの強い想いがにじんでいる。いっぽう、ブルーとミルフィーヌは誇らしそうに胸を張っていた。


 それを見た地魚は、後ろ手に手を組み、くすっとほほえむ。そして、自分よりいくぶん幼い緋羽莉の顔をのぞきこんだ。


「いいなあ。アリスちゃん、うらやましい。緋羽莉ちゃんみたいな子に、こんなに想われてるなんてさ」


「ふえ?」


 緋羽莉は思わず、きょとんとした声をもらした。


 どこか熱を帯びた地魚のくすんだ金色のひとみと、緋羽莉の大きな黄色いひとみが、静かに見つめ合う。


 近づいた距離のまま、やわらかなほおや大きなひとみをじっと見つめてしまう地魚と、整った顔立ちとさわやかな香りにどきりとして、胸の奥がじんわり熱くなるのを感じる緋羽莉。


 地魚のしなやかな両手が、オフショルダーで露出した緋羽莉のたくましい両肩にそっと添えられた、そのとき――


「あー、おほん。ジャマするなら、どっか行ってくれない? センパイ。まったく、緋羽莉(キミ)ってば、アリス以外の人間ともそういう空間作っちゃうワケ?」


 閃芽がわざとらしくせき払いをし、半目でいかにも不機嫌そうな顔を浮かべていた。


 あと一歩で触れてしまいそうなほど顔が近づいたところで、はっと我に返った地魚が、ぱっと手を離して距離を取る。名残惜しそうに指先がわずかに震えた。


「ああ、ごめんごめん。緋羽莉ちゃんがあんまりかわいくってさ……」


「ご、ごめんね。地魚さんが、あんまりきれいだったから、つい……」


 ふたりはまるでのろけるような口調であやまった。つい数十分前に知り合ったばかりだというのに、まるで長年の付き合いがあるかのような距離の近さだ。


 緋羽莉の大きな体に見合った包容力と、やわらかな心がそうさせるのだろうか。それとも、思わず同性を引き寄せてしまうふしぎな魅力でもあるのか――そんなことを、閃芽はぼんやりと考えていた。


「だから、そういうのはいいっての。早くトレーニングはじめないと、この子たちも待ちくたびれてるよ」


 閃芽がちらりと視線を向けると、ブルーとミルフィーヌは顔を赤らめたまま、ぽかんと口を開けていた。どうやら、ふたりのあいだに流れる甘い空気に意味もわからず見入っていたらしい。


「でも、アリスちゃんの試合まで時間ないでしょ? 間に合うの?」


「だいじょうぶです。アカネちゃん!」


 緋羽莉の呼びかけに応じて、不死鳥のヒナ【スカーレットチック】のアカネが、ぱたぱたと羽ばたいて空へ舞い上がる。


 そして――体感時間をゆるやかにする空間、《フェニキシアンスペース》を作り出した。


 次の瞬間、あたり一帯は、オーロラのようにゆらめくまだら模様の、半透明の光のドームに包みこまれる。


「すごい……こんな技まで使えるなんて、緋羽莉ちゃん、すごすぎだよ……」


 その空間の性質を肌で感じ取った地魚は、思わず周囲を見回しながら、素直な感嘆の声をもらした。


 緋羽莉は、あこがれの先輩にほめられたことがうれしくて、ふにゃりとした照れ笑いを浮かべる。


 視線が合うたびに、なんとなく照れくさくなり、互いに体を少しもじもじさせる。鍛えられた筋肉がわずかにこわばり、ぎこちない空気がふわりと流れる。


『ぷへ~……』


 空間を形成し終えたアカネは、ひらひらと力なく地面に降り、そのままへなへなと座りこんでしまった。


 フェニキシアンスペースは便利なぶん、消耗も激しい技だ。本日三度目の発動で、アカネの体力は限界に達していた。


「ありがとうね、アカネちゃん。きょうはこれでおしまいだから」


 緋羽莉はやさしくねぎらいの言葉をかけながら、アカネの小さな体をそっと抱きあげた。


 やさしく抱き上げる大きな手つきと、包みこむような腕のやわらかさに、地魚は思わず胸がきゅんと鳴る。思わず力が入り、腕の筋肉がぴくりとふくらむほど、強く心を打たれていた。


『うん、いままでありがとう、アカネ。きみのおかげで、ぼくたち、うんと強くなれた』


 そんなアカネを見上げながら、ブルーは心からの感謝を口にした。


 アカネは目を見開き、ぽっと赤くほおを染めると、ぷいっと顔をそらし、緋羽莉の胸元へ視線を逃がした。


『……ふんっ! とーぜんでしょ! アタシがここまでしてあげたんだから、優勝しないとしょーちしないからねっ!』


 そう言い捨てると、アカネの体は光の粒子となり、ふわりとほどけるようにして、緋羽莉のウォッチへ吸いこまれていった。


 言い方は少しきついけれど、その奥にある想いはしっかり伝わってくる。自分たちを応援してくれている――そう理解して、ブルーはやわらかな笑顔を浮かべた。


 アカネは、へとへとになるまでチカラをふりしぼり、自分たちが強くなるための時間を作ってくれたのだ。


 そしてそれは、直接指導してくれた緋羽莉や、そのパートナーたち、さらに閃芽にも言えることだった。


 自分に力を貸してくれたたくさんの人たち――そのすべてに報いなければならない。


 ブルーは、ぎゅっと気持ちを引き締めた。


「ほんとうに、いいチームなんだね。あたしも仲間に入れてほしいなあ」


 地魚はうらやましそうに、でもどこか楽しげに、冗談まじりで言った。


 アスリートのたまごである彼女は、まわりの人間の支えがどれだけ大切かを、身をもって理解しているのだろう。


「もちろんですっ! 大歓迎ですよっ!」


 緋羽莉はぐっと前のめりになり、迷いなく即答した。その勢いに合わせて大きな胸が弾み、また地魚との距離がぐっと近づく。


「だから、そういうのはいいって。決勝までっていっても時間はないんだから、ちゃっちゃとはじめるよ」


「え? 決勝まで? 準決勝じゃなくて?」


 閃芽の言葉に、地魚はきょとんと首をかしげた。


「はい。準決勝は、ブルーとミルフィーヌ(この子たち)抜きで戦うよう、わたしが提案したんです」


「ええっ!?」


 さっきまでゆるんでいた表情が一変し、地魚は思わず声をあげた。


 あこがれの先輩を前にしながらも、緋羽莉はまっすぐな目で続ける。


「このまま行けば、きっと決勝でアリスは玲那ちゃんと戦うことになります。そこに照準を合わせて、最後の特訓をするんです」


「剣城玲那ちゃんか……たしかに、あの子の強さはケタちがいだけど……それって、準決勝はアリスちゃん、主力抜きで戦うってことだよね?」


 アリスと直接戦った経験から、地魚もブルーとミルフィーヌが、アリスのパートナーの中でも特に頼りにされている存在だと見抜いていた。


「そうなるね。まあ、準決勝の相手もそんなに強くなさそうだし、問題ないでしょ」


 閃芽が軽く肩をすくめると――


「……甘いよ」


 今度は地魚が、きりっと表情を引き締め、低く言い放った。


「え? ……どういうこと、ですか……?」


 そのただならぬ雰囲気に気づき、緋羽莉がおずおずとたずねる。


 おそるおそる問いかけながらも、地魚の凛とした横顔と芯の強いまなざしに見とれてしまい、胸の鼓動が少しだけ速くなった。


「アリスちゃんの準決勝の相手、あたしのクラスメイトなんだ」


「え、そうなんですか?」


「その子ね、いつもどこかつかみどころがない感じなんだけど……クラス予選の決勝で実際に戦って、はっきりわかったの。……この子、ちっとも本気を出してないって」


「……え?」


 緋羽莉と閃芽は、同時に表情を固まらせた。


「本戦の一回戦と二回戦も、あたしから見れば、あきらかに手を抜いてた。……っていうか、主力のパートナーを使ってない感じ」


「根拠はあるの? まさか“カン”とか言うつもりじゃないよね?」


 閃芽は、じっと見すえるように問いかける。


「え? どうしてわかったの?」


 地魚は、あっけらかんと答えた。


「……やっぱりか」


 閃芽は、がっくりと肩を落とした。


 けれど――こういうタイプの人間の“カン”が、意外とあなどれないことも、アリスや緋羽莉と関わる中で、じゅうぶんに理解している。だからこそ、完全に否定することもできなかった。


「……だいじょうぶですよ、地魚さん」


 その空気をやわらかく切りひらくように、緋羽莉があかるく言った。


「いまのアリスなら、きっとどんな相手にだって負けません。だって、地魚さんとのバトルのおかげで、アリスはまた一段と強くなりましたもん!」


 そして、ぐっとこぶしをにぎりしめる。


「だから、わたしはアリスの勝利を信じて、ブルーとミルフィーヌ(この子たち)を、最高の状態で決勝に送り出すだけです!」


 太陽のようにまぶしい笑顔だった。


 アリスへの信頼と愛情が、そのまま光になってあふれ出しているかのようだ。


 その笑顔に照らされるように、健康的に焼けた肌も、鍛え抜かれた体も、まるで内側から光を放っているかのように見えて、思わず目を細めてしまう。


 そのまぶしさにあてられたように、地魚は思わず、ぷっと吹き出した。


「……なんだか緋羽莉ちゃんが言うと、ほんとうにそうなっちゃう気がするよ。……やっぱり、いいなっ!」


 次の瞬間、地魚は勢いよく踏み込み――がばっと、緋羽莉の大きな体に抱きついた。


「わっ……!」


 驚きながらも、緋羽莉はうれしそうにその体を受け入れる。


 抱き返すなんておそれ多くてできず、されるがままに身をゆだねる緋羽莉。やわらかさと弾力をあわせ持つ体同士がぴたりと重なり、身長差で少し見下ろす形になる緋羽莉と、顔をうずめるように寄り添う地魚。


 あたたかな肌と肌が触れ合い、うっすらにじんだ汗が混じり合って、くすぐったいような熱がふたりのあいだにひろがっていく。


 その光景を見て、閃芽は例によって、やれやれと肩をすくめるのだった。

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