第119話 無敵の金剛石
「……あのワンダーは……!」
コート上に突如として現れた【アダマスゴーレム】を見て、二階席のチャンピオンは思わず身を乗り出した。
「あれは彼の父親……石切大山君のパートナー……」
隣にいた校長先生も、目を見張る。
「ええ。プロ時代の彼とのコンビを、僕も何度も見てきました。まさか、こんな舞台で再び目にすることになるとは……」
「別の個体、ということはないのかね?」
「感じるオーラが、あきらかに当時のものです。同一個体と見て間違いないでしょう」
「父親から受け継いだ、ということだろうか?」
「……いえ、どうやら、そういう感じではなさそうです」
校長先生の問いに、チャンピオンはわずかに顔をしかめて答えた。
――さて、アリスと石切のバトルが続くコート上では。
黒光りする石人形――アダマスゴーレムが、先鋭化した右腕をくい、とわずかに動かした。
まるで、対峙するミルフィーヌに「かかってこい」と挑発するかのように。
アリスとミルフィーヌは、その異様な威容に気圧されながらも、ぐっと表情を引き締める。
「そっちがその気なら……おのぞみどおりに!」
アリスの声に応じて、ミルフィーヌは右手に剣を構え、コートを蹴って一直線に駆け出した!
対するアダマスゴーレムは、微動だにせず、ただそこに立っているだけ。
――なめやがって!
そんなニュアンスの感情が胸に湧き上がるのと同時に、アリスとミルフィーヌは息を合わせて右腕を突き出した!
「『《ハニースパイク》!』」
カキィーン!
ミルフィーヌの水色の剣の突きが、アダマスゴーレムの黒光りする金剛の胴体に激突した!
甲高く鋭い金属音が響く。その音は、まるで鍛冶職人が槌を打ち下ろしたときのように、体育館中へと響き渡った。
この技は、衝突の衝撃を内部に直接叩き込み、相手の内側からダメージを与える必殺技だ。どれほど硬い外殻を持っていようと関係ない――はずだった。
アリスは勝利を確信し、わずかに口元をゆるめる。
――だが。数瞬後、その表情は驚愕へと塗り替えられた。
「効いて……ない?」
思わず、声がもれる。
その違和感は、攻撃を放ったミルフィーヌ自身が、いちばん強く感じていた。
衝撃が、届かない。敵の内側へと貫くはずの力が――通らない!
まるで、すべての力が表面で完全に遮断されているかのように、手ごたえが消えてしまっている。こんな感覚は、はじめてだった。
「えっ……」
観客席にもどよめきがひろがる。
二階席の緋羽莉、りんご、閃芽――ミルフィーヌをよく知る親友三人娘は、誰よりも強く衝撃を受けていた。あの無敵とも思われていた《ハニースパイク》が、まったく通用しないという現実に。
『いい技だ。だが、我には無意味だ』
アダマスゴーレムの無機質な声が、静かに、しかし重く響く。
『我の特性〈金剛ノ体〉は、あらゆる物理的攻撃を無効化する。それが防御を無視する攻撃であろうとな』
その宣告は、まるで冷たい刃のようにミルフィーヌの胸に突き刺さった。
物理攻撃完全無効――そんな特性を持つワンダーの存在は、アリスも知識としては知っていた。だが、実際に対峙するのはもちろんはじめてだ。
その反則的とも言える性能。極めて希少な特性であり、こんな小学校の大会で出会うはずがない――そう、どこかで油断していたのだ。
だが、それでも――引くわけにはいかない!
「《パウパンチ》!」
アリスの叫びに背中を押されるように、ミルフィーヌはハッと我に返る。
すぐさま体勢を立て直し、今度は空いた左手で掌打を繰り出した!
ぷにゅんっ!
やわらかな音とともに、ピンク色の肉球のエフェクトが弾ける。弾力による衝撃を活かした、もう一つの打撃技だ。
だが――それでも。アダマスゴーレムは、まったく揺るがない。
ほんのわずかな後退すら見せず、まるで大地に根を張ったかのように、そこに在り続ける。
――やっぱり……ダメか……!
期待していた分だけ、アリスの胸に落胆が広がる。
『言ったはずだ。物理的攻撃は効かぬ、と』
無機質な声が、追い打ちのように響いた。
その瞬間、ミルフィーヌはすぐさまバッと後方へ飛び退き、距離を取る。
「な……な……なんということだァーッ!? 石切選手の最後の一体、アダマスゴーレムには――【イワヤマガメ】のコウラを断ち割ったミルフィーヌの剣が、まったく通じないーッ! どうする、アリス選手!?」
アダマスゴーレムの圧倒的な威容に言葉を失っていたニーナが、ようやく我に返ったように実況を再開した。
その声には、わずかにアリスに心情が寄ったような色が混じっている。だが、そのことに、本人は気づいていないようだけれど。
アリスはギリッと歯をかみしめた。
相手の特性を無効化できる特性〈ハーモニクス〉を持つブルーなら――という考えが一瞬よぎる。だが、そのブルーはすでに戦闘不能だ。
自分の判断の甘さが、胸に重くのしかかる。
――なら……非物理攻撃でいくしかない!
「《バキュームスラッシュ》!」
ミルフィーヌは両手で握った剣を斜めに振り下ろし、真空の刃を放った!
鋭い衝撃波が一直線にアダマスゴーレムへと突き進む――しかし。
命中した瞬間、ぱちん、と乾いた音を立てて弾け散った。
『切り替えの早さはいい。だが、その程度の威力では意味がない』
無機質で、無感情な声。
だからこそ、その言葉は余計に重く、はっきりと突き刺さる。
――いまの自分たちのチカラでは、この相手には決して勝てない。
その現実が、アリスにも、ミルフィーヌにも、容赦なく突きつけられていた。
『敗者復活戦と、このゼロ回戦の影響でスケジュールは押しているようだ。悪いが――即、勝負を決めさせてもらう』
ブンッ――という風を切る音とともに、アダマスゴーレムの巨体が、一瞬にして消えた。
「――っ!?」
アリスたちも、実況のニーナも、観客たちも、その異様な速度に息をのむ。
次の瞬間――ミルフィーヌの胸に、鋭くとがった右腕が突き刺さった!
『がっ……!』
反応する間もない、不可視の一撃。
ミルフィーヌの体は大きく後方へ吹き飛ばされ、そのままコート端のアリスへと激突しそうになる。
だが――ぐっと歯を食いしばり、空中で体勢を立て直すと、すんでのところで着地。主人への衝突を回避した。
「次が来る!」
安心する間もなく、至近距離でアリスの声が飛ぶ。
ミルフィーヌはイヌ的な野性の直感に従い、反射的に剣を構えた。
ガキィーン!
鋭い衝突音。
一瞬で間合いを詰めたアダマスゴーレムの振り下ろしを、かろうじて受け止める――が。
水色の、アメ細工のような刀身の剣は、その一撃に耐えきれず、粉々に砕け散った。
『こんのっ……!』
怒りにまかせ、ミルフィーヌはゴーレムの左脇腹へ回し蹴りを叩き込む。
ゴキィーン!
『あいったぁ!』
だが、想像をはるかに超える硬さに、逆に足を痛めてしまう。
当然、ゴーレムは微動だにしない。
「《パウパンチ》!」
アリスはすぐさま指示を飛ばす。
『無駄だというのが、わからないのか』
アダマスゴーレムの頭部には顔がなく、その声も無機質だ。
だが、このひと言には、確かな“呆れ”の感情が含まれている――誰もがそう感じ取った。
しかし、その一瞬の油断が、わずかなスキを生む。
ミルフィーヌは、剣を失った右手で掌打の構えを取る。
――通じないとわかっている攻撃を、なぜ?
次の瞬間、その理由があきらかになる。
命中直前、ミルフィーヌの手のひらから、ふわりとピンク色の肉球状のバリアが展開された。
それがゴーレムの体に触れた瞬間――
ぷにゅーん!
やわらかな音とは裏腹に、強烈な反発力が生まれ、アダマスゴーレムの巨体を大きく後方へと弾き飛ばした!
「ええ~~~っ!?」
実況も、観客も、思わず絶叫する。
アダマスゴーレムは、コート端付近から中央のセンターサークルまで、一気に吹き飛ばされていた。
「なっ……!」
対面に立つ石切も、思わず息をのむ。
アダマスゴーレムは、父のパートナーであり、彼自身にとっても憧れの存在だ。
絶対に負けることはない――そう信じていた。
だが、ダメージこそ与えられていないものの、その巨体を“吹き飛ばす”ことができるとは。
信じていた常識が、音を立てて揺らぐ。
「……物理攻撃は無効でも、物理法則までは無効化できないみたいね!」
アリスは、不敵な――そしてどこか誇らしげな笑みを浮かべ、ビシッと指を突きつけた。
その姿を見た石切は、胸を撃ち抜かれたような衝撃を受ける。
――絶対に勝てないとわかっている相手に……どうして、そんなふうに立ち向かえるんだ……?
自分には到底理解できないアリスの強さに、石切の心は――いや、魂そのものが、大きく揺さぶられていた。




