第118話 華麗なミルフィーヌ
「……ミルフィーヌ!」
アリスが二番手に選んだのは、【ワンダフルプリンセス・ミルフィーヌ】。
あふれる光の粒子とともに、クリスタルのティアラを乗せたオレンジブラウンの長髪を揺らし、ミニスカートの上に重ねたオーバースカートをなびかせながら、コート上へと優雅に舞い降りた。
「おーっと! アリス選手の二体目は、なんと人型のワンダーだッ! ですが、ワタクシの知識をもってしても知らない種族! 新種か、はたまた固有種かァッ!? どちらにしろあふれんばかりのプリンセス感、この子はきっと強くてすごいぞォッ!」
実況のニーナは、ミルフィーヌを前にして興奮を抑えきれないようすだった。観客も同様に湧きに湧き、中にはあれこれと論じ合う者たちの姿もある。人型、それも美少女の姿をしたワンダーは、それだけ珍しい存在なのだ。
「……あの子、もしかして、あのちっこいワンちゃんの進化系なの?」
二階席、緋羽莉の真後ろに座っていた玲那が、驚いたようにつぶやいた。ひざの上には白いトラの子【アンバーカブ】のコハクを乗せている。しっぽを振りながら体をなでられているその姿は、まるでネコのようだ。
「さっすが玲那ちゃん! ひと目でわかったんだね!」
アカネを抱いた緋羽莉は、真後ろに顔を向けて、うれしそうに声を弾ませた。
いっぽう、対戦相手の石切は、いまいましそうに顔をしかめる。
ちっこいドラゴンの次に呼び出されたのが美少女だったことに腹を立てているわけではない。石切も玲那と同じく、あのプリンセスがミルフィーヌの進化したすがたであることに、ひと目で気づいたのだ。
なにしろ、前回のアリスとのバトルで、子犬のすがたのミルフィーヌに敗北し、屈辱を味わった。そのうえ家族からも責められたのだから、恨みも憎しみも倍増している。
「潰せ! イワヤマガメ!」
その思いを込めて叫ぶと、イワヤマガメは再びグワッと上体を起こした。ブルーを倒したあの技――振動エネルギーを一点に集約し爆発させる――《地雷震》の構えだ。
「もうその技は通じないわ! ミルフィーヌ!」
『はいっ!』
ミルフィーヌは足元に右手をかざすと、ピンク色の肉球バリアをぽんと出現させる。そのままトランポリンの要領で乗ると、ぽよーんと高くジャンプした。先ほどのブルーのバトルを見ていたおかげか、対応はすばやい。
次の瞬間、イワヤマガメが体重を乗せた両前足をコートに叩きつける。ミルフィーヌがいた地点に集約された振動が、一気に爆発した。
張りっぱなしだった肉球バリアは弾け飛んで消滅する。しかしミルフィーヌ本人は空中高くへ逃れていたため、見事に回避に成功した。
「なんと大胆でアクロバティック! 肉球型の……バリア? を使った大ジャンプで、イワヤマガメの振動から逃れたァーッ! さすがはプリンセス! 見た目だけじゃなく、アクションでも魅せてくれるーッ!」
ニーナの実況にもさらに熱がこもる。頬もほんのり赤く染まっていた。
「バカが! 想定内だ!」
石切がバッと右手を振ると、イワヤマガメの甲羅の岩山の一部が崩れ落ちる――その破片は、岩石の弾丸となって空中のミルフィーヌへと襲いかかった!
技を破られることを見越した二段構え。さすがはプロウィザードの血筋、優勝候補筆頭と呼ばれる実力だ。
「こっちこそ、想定内!」
しかしアリスも負けてはいない。不敵な笑みを浮かべて左手をかざすと、ミルフィーヌも同様に左手から肉球バリアを展開。その弾力で岩石の弾丸をすべて弾き返した。さらに――
「《ハニークラッシュ》!」
ミルフィーヌは右手に、アメ細工を思わせる水色の刀身の剣を形成し、それを両手でしっかりとにぎり、高く振りかぶる。
剣にはちみつ色の光が集まっていき――次の瞬間、空中からイワヤマガメの岩山の甲羅へと、力いっぱい叩きつけた!
ドガァァァン!
『グアアーッ!』
衝撃音と野太い悲鳴が響き渡る。高さ5メートル近くそびえていた甲羅の岩山の一部が、大きく砕け散った。
だがそれ以上に――その一撃で生じた衝撃はイワヤマガメの体内へと深く伝わり、致命的ともいえるダメージを与えていた。
イワヤマガメはその衝撃に耐えきれず、ズズーンと重い音を立ててその場に倒れ伏す。もともと巨体であるうえに、カメの体つきでは起き上がるのも容易ではない。
石切の二段構えを上回る、アリスの三段構え。
その見事な戦術に、会場はふたたび大きなどよめきと歓声に包まれるのだった。
「ふーん……」
二階席の玲那も、感心したように息をもらした。それを、真ん前の席に座る緋羽莉は聞き逃さなかった。ぐいっと顔を後ろに反らし、にまっとした笑みを向ける。
「ね? アリス、すごいでしょ?」
まぶしいほどにまっすぐな想いのこもったまなざしを向けられ、玲那はほんの少しだけドキリとする。視線をわずかにそらしながら、そっけなく応えた。
「……あれぐらいなら、私にだってできる」
「それってつまり、アリスがそれだけ玲那ちゃんに近づいてるってことだよね?」
緋羽莉は間髪入れずに言い返し、ぱっと笑顔の花を咲かせた。
その笑顔はあまりにも無邪気で、まぶしすぎて――玲那は思わず直視できなくなる。
――私のほうがもっとすごい。
そんな、たったひとことさえも、口に出せず飲み込んでしまうほどに。
『はあーっ!』
ミルフィーヌのとどめの剣撃が、イワヤマガメの脳天へと振り下ろされる。ガツン、と重い音が響き――ついに完全にノックアウトした。
「戦闘不能ーッ! 巨大な岩山を背負うカメを、可憐なプリンセスが華麗にノックアウト! アリス選手、これでゼロ回戦突破まで王手となったーッ!」
そう、あと一体。石切のパートナーをもう一体倒せば、この試合に勝てる。
それでもおごらず、油断せず――アリスはミルフィーヌに軽くねぎらいの言葉をかけると、キッと前を見据えた。
その視線が、コートの反対側に立つ石切へと鋭く突き刺さる。
(負ける……オレが、また負ける……?)
石切は目を見開いた。これまでアリスに向けていた怒りや恨みを上回るほどの恐怖と焦りが、じわじわと心を侵していく。
チラリと、二階席にいる父親と兄たちの顔をうかがう。――その目は、一様にさげすみと失望の色に染まっている……ように見えた。
左手のウォッチの画面を見つめる。イワヤマガメを上回る強さのパートナーは、まだ残っている。
だが――目の前のオレンジブラウンの髪の“犬コロプリンセス”に、勝てる未来がどうしても思い描けない。もしアリスが、さらに強力なパートナーを隠し持っていたとしたら……。
石切大三は、絶望した。
全身から力が抜け、両腕と頭がだらりと垂れ下がる。
試合を放棄したのか――そう受け取ったのか、実況のニーナも観客たちもどよめきはじめた。
アリスとミルフィーヌも無言のまま、石切を見つめている。そのひとみには、わずかながら心配の色がにじんでいた。
「あのー、石切選手? これ以上パートナーを出さずに沈黙を続けるなら、失格と――」
『それにはまだ早い』
ニーナが恐る恐る確認しようとした、そのとき。
どこからともなく、無機質な声が響いた。
すると――石切のウォッチから、突然、黒い光の粒子があふれ出す。
粒子は渦を巻きながら空中に集まり、やがて人型のシルエットを形作っていった。
「なんだこりゃ……こいつは、俺のパートナーじゃ……ま、まさか……!」
石切は驚きに目を見開き、そして次の瞬間、何かに気づいたように息をのむ。
現れたのは、全長2メートルほどの石人形だった。
だが、一般的なずんぐりむっくりとしたゴーレムとはあきらかに異なる。体つきはスリムで洗練され、鋭さすら感じさせるシルエット。全身は漆黒に染まり、どこかヴァイオレットにも似た不気味な光を静かに放っていた。
「っ……!」
その姿を目の前にしたミルフィーヌは、息をのんでわずかに後ずさる。
この黒光りする異形のゴーレムは――それだけで、場の空気を押し潰すほどの威圧感を放っていた。
『我が名は、【アダマスゴーレム】。大三の三体目のパートナーとして、一戦、所望つかまつる』
みずから名乗りを上げた顔なき石人形は、どこか紳士的な所作で一礼する。
その異様なる威容に、アリスも、ニーナも、観客たちも――そして石切自身さえも、思わず畏怖を覚えた。
「……我が石切家の人間に、こんな通過点での敗北は許されんのだ」
二階のVIP席に堂々と座す石切の父が、おごそかに言い放つ。
予測不能の展開。その流れのまま、バトルもまた、さらに先の読めない未来へと突き進もうとしていた……




