第116話 あの日から、ぼくは
「不意打ちだあ? ゴングはもう鳴ってんだぞ。気ィ抜いてるほうが悪いだろ」
石切は首をかたむけ、実況へのツッコミを入れながら、いまいましげに爆煙をにらみつける。
いきなり【ガンゴーレム】の強烈な先制攻撃を受けたブルーは、ほんとうにやられてしまったのか……? 観客たちの視線が、一点に集中していた。
しかし――そのとき。
「いーや」
「これぐらい、平気だよね」
アリスの親友である閃芽とりんごだけは、ブルーの無事を確信し、得意げにほほえんでいた。
「うん! アリスとブルーは、だいじょうぶ!」
さらに、大親友の緋羽莉が、まっすぐなひとみで爆煙を見つめる。その強い想いに応えるかのように――爆煙の中から、虹色に輝く光球がビュンと飛び出した!
「チッ! 《ガード》!」
石切の素早い指示に、ガンゴーレムは空いた左腕で光球を受け止める。
その巨体が衝撃でぐらりと揺れ、受けた左腕にピシリとヒビが走った。
そして次の瞬間――爆煙をぶわっと突き破り、ブルーが勢いよく飛び出す! 地面を蹴り、一直線にガンゴーレムへと駆けていく!
「おおーっと! ブルーは健在だァーッ! 目立ったキズも見当たらないぞォーッ!」
実況のニーナの弾んだ声に合わせて、観客席から歓声が一斉に巻き起こる。
「《スカイナックル》!」
砲撃とガードの直後――相手の次の動きは遅れると読んだアリスは、溜めを必要とするスカイナックルを指示する。
ブルーは走りながら右手に空色のオーラを集め、一直線にガンゴーレムへと迫る!
「甘ェ! 《メカラビーム》!」
ガンゴーレムは顔に刻まれた一文字のくぼみ――そこに光る単眼から、まばゆい光線を発射した!
「突っこんで!」
アリスの迷いのない指示。ブルーはこぶしを振りかぶったまま、さらに加速する。
ビームが頭部を直撃する。しかしブルーはひるむことなく、そのまま突進を続けた。ダメージはほとんどないようだ。
――《メカラビーム》。それは、天野博士の助手オデコのパートナー、【ロボ・ロフスキー】から一度受けたことのある技。
だからブルーは知っている。この技は発動が早い代わりに威力は低い。覚悟して受ければ、のけぞることもなく耐えきれる――!
そして――ガンゴーレムの懐へ飛び込んだブルーは、そのまま跳躍! コアがあるとされる胸部めがけて、渾身のこぶしを振り抜いた!
ドゴオオオオーーーン!
先ほどの先制攻撃をも上回る轟音が闘技場に響き渡る。ガンゴーレムの巨体は大きくのけぞり、そのまま地面を削りながら後方へと倒れこんだ。
「な……なんという強烈な一撃ーッ! さすがは【ブリックゴーレム】を軽々と打ち砕いた鉄拳! この大舞台でも、その威力は健在だァーッ!」
ニーナの実況に応えるように、観客とワンダーたちの熱気はさらに高まっていく。
緋羽莉もアカネを抱きかかえたまま、思わず身を乗り出していた。その大きなひとみは興奮のあまり、きらきらと星のように輝いていた。
興奮で呼吸が少し荒くなり、胸元が上下にやわらかく揺れる。緋色のポニーテールは肩の上で跳ね、黄色いリボンがぴょこぴょこと弾む。
健康的に色づいた頬はほんのり赤く、口元は無邪気にゆるんでいる。その笑顔は年相応にあどけないのに、引き締まった体つきとの対比が目を引いた。
アカネを抱く腕にも自然と力がこもり、しなやかな筋肉がわずかに浮かび上がる。それでも抱き方はやさしく、ぬくもりを包みこむように柔らかい。
まるで、自分のことのように――いや、それ以上に、アリスとブルーの勝利を信じきっている顔だった。
「とどめよ、ブルー!」
アリスの指示に、ブルーは『うん!』と力強くうなずき、再び駆け出す。
ダウンしたガンゴーレムへ一直線に向かうその姿は、まるで勝利を確信しているかのようだった。
ふだんの淑女なアリスなら、相手が起き上がるのを待つところだろう。しかし――今はちがった。
ブルーは高く跳び上がり、倒れたガンゴーレムを打ち砕かんと、こぶしを大きく振り上げる!
――そのとき。絶体絶命のはずの状況で、石切の口元がニヤリと歪んだ。まるで、この瞬間を待っていたかのように。
「《リアクティブアーマー》!」
次の瞬間、ガンゴーレムの全身がまばゆい閃光を放ちはじめる。
それは、以前のバトルでミルフィーヌを苦しめた技――表面装甲を爆発させ、攻撃してきた相手に強烈なしっぺ返しを与えるカウンターだ。
――だが。アリスの口元にも、同じように不敵な笑みが浮かんでいた。まるで、この瞬間を待っていたかのように。
「いまよ! 《バタフライエフェクト》!」
ブルーもまた、にっと笑う。
振り下ろしかけたこぶしを止め、両手を前へと突き出した。
そこから放たれたのは、ピンク色に輝く大粒の光。無数の粒子は蝶のように舞いながら、爆発寸前のガンゴーレムへとまとわりついていく。
すると――まばゆく輝いていた閃光が、すうっと消えていった。
ガンゴーレムの《リアクティブアーマー》は、不発に終わったのだった。
「なにィッ!?」
石切は驚愕に目を見開いた。
《バタフライエフェクト》――それは、相手の技を無効化するカウンター技だ。アリスは石切の策に引っかかった“ふり”をして、この瞬間を狙っていたのだ。前のバトルでワナにはめられた借りを、ここでそっくり返すために。
自爆の危険が消えたその瞬間、ブルーはためらいなく踏み込む。
そして――
「《バタフライビート》!」
溜めのいらないするどい一撃が、ガンゴーレムの中枢へと叩きこまれた!
ドゴッ!
鈍く重い衝撃音が響く。
次の瞬間、ガンゴーレムの単眼から光が消え――その巨体はぴたりと動きを止めた。
静寂が、ほんの一瞬だけコート上を包む。
そして――
「せ……戦闘不能ォーッ! 校内大会、記念すべきファーストバトル・イン・ファーストバトルの勝者はァーッ! アリス・ハートランド&ブルーだァーッ!」
ニーナの実況が爆発すると同時に、会場は大歓声に包まれた。
彼女のパートナー、オウムの【コパロット】も、上空を飛び回りながら『カンカンカーン!』とゴングそっくりの声を鳴らす。
ザックを抱きしめて飛び跳ねるりんご、してやったりとにやける閃芽、そして――もちろん、超絶大興奮の緋羽莉。
会場全体が、まるでアリスの勝利を祝福するお祭りのような熱気に満ちていた。
「ブルー! ナイスゲーム!」
アリスがびしっとサムズアップを決める。
ブルーも満面の笑みで、それに少しぎこちなく応えた。
『ブルーくん、すごいです!』『キュー!』
ウォッチの中で見守っていたミルフィーヌとモモも、声を弾ませてよろこんでいる。
いっぽうで、グリンとレッドは「ふーん」といったようす。興味がないわけではないが、「なかなかやるじゃん」といった感じの軽い評価にとどまっていた。
「やったあぁーっ! ブルー、すごいすごいっ!」
緋羽莉は思わず声を張り上げ、アカネをぎゅっと抱きしめた。いきおいあまって体を乗り出し、長い脚が席の前にかかりそうになる。
そのまま胸の前で手を合わせ、きらきらした目で闘技場を見下ろす。
「アリスも、かっこよかった……! ふたりとも、ほんとにすごいよぉ……!」
うっとりとした声がもれ、頬がさらにゆるむ。うれしさがあふれて止まらない、といったようすだ。
汗ばんだ首筋に、ほんのり甘い香りがただよい、火照った肌がつやりと光る。その姿は無邪気で愛らしく、それでいて目を離せない魅力をまとっていた。
――しかし。石切のほうは、まるで別世界にいるかのようだった。
うつむき、顔には濃い影が落ちている。まだ一本取られただけだというのに、その表情は、すべてを失ったかのような絶望に満ちていた。
彼もまた理解してしまったのだ。敗者復活戦の元ツートップと同じく――アリスとブルーの強さが、自分の想像をはるかに超えていることを。
血のにじむような努力をしてきたというのに……それでもなお、あの二人は、それをあざ笑うかのように軽々と飛び越えてくる。
ちらりと、体育館二階の観客席へ視線を向ける。
VIP席には父と長兄。来賓席には次兄。全員が、無言でこちらを見下ろしていた。
その視線は、言葉よりも冷たい。失望の色がにじんでいる。
こんなぽっと出の小娘に圧倒されるなど、我が家の恥だ――そう言われているような気がしてならなかった。
歯を食いしばる。これ以上、醜態をさらすわけにはいかない。
その決意を胸に、石切は拳を握りしめ、倒れたガンゴーレムをウォッチへと収納した。
――そのようすを見つめながら。ブルーは、自分の右手の甲へと視線を落とした。
ガンゴーレムを打ち沈めるために放った二発のパンチ。その衝撃で、右手はじんとしびれ、じわりと痛む。うっすらと血もにじんでいた。あの石の体の硬さが、想定以上だった証だ。
ブルーはぎゅっと右手をにぎりしめる。
(次は、もっと……うまくエナを操作しなきゃ)
心の中で、そう強く誓う。
――勝って兜の緒を締めよ。さっき、緋羽莉がマッサージをしながら教えてくれた言葉を、何度も反復する。同時に緋羽莉の大きな手が、自分の体をやさしく包みこんでいた感触がよみがえる。
ひんやりとしたヒーリングジェルがひろがり、指先がゆっくりと筋肉をなぞるたび、じんわりと疲れがほどけていった。力は強いのに、触れ方は驚くほど丁寧で――押されるたびに、体の奥までじわっと心地よさがしみこんできた。
「ブルー、気持ちいい?」
あのやわらかな声と、すぐ近くで感じた体温。ほんのりと甘い香りに包まれて、意識がふわりと軽くなるような、ふしぎな安心感。まるで雲の上にいるみたいに、体も心もゆるんでいく感覚を思い出していた。
……そんなことがつい頭をよぎるくらいに、ふしぎと、まわりの歓声は気にならなかった。
はじめて浴びたときは、あんなにも怖かったのに。いまは、ただの環境音のように自然に受け入れられている。
その感覚に、ふと――ドラゴピアにいたころの記憶がよみがえった。
落ちこぼれと呼ばれ、浴びせられるのは罵声ばかり。地上へ落とされるときでさえ、向けられたのは好奇と嘲りの視線だけだった。
――それでも。
(……あの日から、ぼくは)
ゆっくりと顔を上げる。
(こんなにも、変われたんだ)
いつか――この姿を、おかあさんにも見せてあげたい。
この勝利は、きっとその未来へつながっている。
ブルーは体育館の天井を見上げる。
その先にある、はるか遠い空――そして、その向こうにある故郷を思い浮かべた。
「ブルー! 次に備えて!」
アリスの声が飛ぶ。
はっと我に返るブルー。
そうだ――まだ終わりじゃない。郷愁に浸るのは、あとだ。きっと前を見据える。
その視線の先――石切が呼び出した、二体目のパートナーが、ゆっくりと姿を現そうとしていた。




