第115話 逆襲のゼロ回戦
――それは、石切大三がアリスに敗れた日の夜のこと。石切家の広いリビングでは、重苦しい空気の中、緊急の家族会議が開かれていた。
議題は、三男・大三の敗北について――ただそれ一点だった。
対戦相手は、ウィザード歴わずか一日のシロウト。しかも、そのバトルの一部始終はネットで配信されてしまった。
結果として、大三個人の恥にとどまらず、石切家そのものが、大衆の笑いものとなってしまったのである。
その責任を、大三はこれでもかというほど厳しく追及された。
とくに長男・太一は、小一時間ほど前にチャンピオンへ挑戦し、無惨に敗れていたこともあって、苛立ちを隠そうともせず、必要以上に弟を責め立てた。
石切家は、代々ワンダーバトルによって財を成してきた一族である。
ゆえに"強さ"に対する誇りは絶対であり、敗北に対しては、常人のそれとは比べものにならないほど厳しかった。
――だからこそ。大三の胸には、どす黒い感情が渦巻いていた。
自分に屈辱を与えたアリス・ハートランドへの憎しみ。
チャンピオンに負けたのなら仕方ないという理由で許された長男への不満。
そして、それを当然のように認めた、ダブルスタンダードな父への怒り。
それらすべてが、大三の心を深くえぐっていた。
――ならば、力でねじ伏せるしかない。
その怒りを糧に、大三は血のにじむような努力を重ねた。誰にも文句を言わせない、絶対的な強さを手に入れるために。
そして――校内大会で、にっくきアリスを徹底的に叩き潰すために。
しかし、アリスが棄権によって予選敗退したと聞いたとき、そのもくろみは崩れかけた。胸の奥で行き場を失った怒りが、今にも暴発しそうになる。
だが――その日のうちに、敗者復活戦の実施が告げられた。その知らせを知った瞬間、大三の怒りは、爆発することなく、静かに、しかし確実に燃えあがり続ける炎へと変わった。
そして今。
大三が待ちに待った瞬間が、ついに訪れようとしていた――
☆ ☆ ☆
「アーリスっ!」
体育館脇の一角。バトルの準備をしていたアリスに、元気な声が飛んできた。
振り向くと、アカネを抱えた緋羽莉が手を振っている。
弾けるような笑顔で駆け寄ってくる緋羽莉。揺れるポニーテールと大きく弾む胸元が、元気いっぱいの存在感をさらに引き立てていた。
その後ろには、ザックを抱いたりんごと、ハーリーを肩に乗せた閃芽の姿もあった。
緋羽莉はウォッチをかざす。すると、画面からあふれ出した光の粒子が宙に舞い、やがてふたつのシルエットを形作った。
「はい! ブルーとモモの施術、完了だよ!」
ヒーリングジェルで丁寧にマッサージを受けたブルーとモモ。そのふたりを、バトル直前のアリスへと返しに来たのだ。
現れたブルーとモモは、全身がつややかに輝き、傷ひとつ見当たらない。疲れもすっかり抜けきっており、むしろ敗者復活戦前よりも活力に満ちているようにさえ見えた。
「ありがとう、緋羽莉ちゃん。これで思いっきり戦えるよ」
『ふん! 緋羽莉がここまでしてあげたんだから、優勝しないとしょうちしないわよっ!』
アリスがお礼を言うと、緋羽莉の腕の中のアカネが、ピーチクパーチクと騒ぎ立てた。その矛先のほとんどは、彼女が個人的に気に入らないブルーへと向けられている。
『もちろんだよ。優勝して、ぼくらの目標に少しでも近づいてみせる』
『わ……わかればいいのよ』
ブルーがまっすぐに言い切ると、アカネは少しだけ視線をそらし、照れくさそうに言葉をにごした。
この数日で、出会ったばかりのころは気弱だったブルーは見ちがえるほど成長した。その変化が、アカネにはまだ信じきれないのだろう。
緋羽莉はそのやり取りを見て、口元に手を当てながらくすくすと笑った。楽しそうに細められた黄色いひとみが、見ているこちらまでやわらかな気持ちにさせる。
「相手は、あの石切大三か。前に勝ってるから楽勝……ってわけにもいかなそうだね」
閃芽が、わずかに眉をひそめて言った。
自ら進んでゼロ回戦でアリスと戦うと宣言した石切。その態度には、確かな自信と、それ以上に得体の知れない不気味さがあった。
「プロの家系で、現役のお兄さんもいるんだもんね……アリスちゃんに負けたのをバネに、すごい特訓をしてきたのかも……」
りんごが、おずおずとしたようすで予想を口にする。どこか物語のような展開ではあるが、本好きの彼女らしい考え方だった。
「だいじょうぶだよ! アリスなら――」
「それはもう、聞き飽きたよ」
アリスへの信頼を語ろうとした緋羽莉の言葉を、閃芽がぴしゃりとさえぎる。
言葉をさえぎられた緋羽莉は、ぷくっとほっぺをふくらませた。ほんのりすねた表情もどこか愛らしく、怒っているというより子どもっぽいかわいさが際立っている。
そのやり取りを見て、アリスは思わず「あははっ」と笑った。
張りつめていた空気が、少しだけやわらぐ。いい感じに、肩の力が抜けた。
そして――時は来た。
☆ ☆ ☆
「レディース・アーンド・ジェントルメーン! お待たせいたしましたあーッ! ただいまより、ふしぎ小学校ワンダーバトル大会・春の陣! ファーストバトルが開始されまあーすッ! 実況はこのわたくし! 6年3組放送部部長兼報道部員、波竹新菜がお送りしまあーすッ!」
メインセンターコートの中央。
カールしたライトグリーンの髪に赤いメガネ――ひときわ目立つ少女が、マイク片手に堂々としたパフォーマンスを披露していた。
声の張り、間の取り方、観客のあおり方。どれを取っても完成度が高い。その見事な進行に、観客席はすでに興奮のるつぼと化していた。
大会本戦では、例年、放送部部長が実況を務める決まりになっている。だが今年は、その中でも群を抜いている。
なんでも彼女の両親は、ともに報道関係の仕事に就いているらしい。もっとも、この堂々たる実況ぶりは、本人の努力と才能によるものだろう。
「それでは、一番槍の栄誉をたまわりし、二人の戦士にご登場いただきましょおーッ! 赤コーナー! 由緒正しきプロウィザードの家系! 本大会優勝候補筆頭! ふしぎ小の巌窟王、6年1組代表――石切ぃ! 大三おーッ!」
空中を旋回するニーナのパートナー、緑色のオウム型ワンダー【コパロット】。その脚にぶら下げられたスポットライトが、赤コーナーを照らし出す。
まぶしい光の中、石切が姿を現した。体育館入口の反対側から、重々しく、しかし威圧感たっぷりの足取りでコートへと踏み込む。
その表情は険しく、視線はまっすぐ前――すでに戦いははじまっているかのようだった。
「続いてえーッ! 青コーナー! ウィザード歴なんと五日の超新星! 金髪碧眼の英国美少女! 敗者復活戦を圧倒的スピードで勝ち抜いた、5年2組所属――アリース・ハァートランドおーッ!」
つづいて、アリスの入場。
その瞬間――観客席から、わっと大歓声が巻き起こった。
敗者復活戦で見せた圧倒的な実力とドラマチックな勝ち上がり。それによって、彼女の人気は一気に高まっていたのだ。
観客席では、緋羽莉がひときわ大きな声で応援している。
鼻高々――というわけではないが、大好きなアリスがみんなに認められていることが、なによりもうれしかった。
りんごと閃芽もまた、そんな人気者と親友であることに、ひそかな誇らしさを感じていた。
アリスは「どうもどうも!」と笑顔で手を振りながら、青コーナー――体育館入口側へと立つ。
そのあかるいようすに、石切の眉がわずかに歪んだ。
本来ならば、自分に向けられるはずの歓声。自分を打ち負かした相手が、それを一身に浴びている。
しかも、まるでそれを当然のように受け止めている――そう見えてしまった。
胸の奥で、黒い感情が静かに燃えあがる。
――だが、それも今日、この瞬間までだ。この勝利で、すべてを奪い返す。
そんな決意とともに、石切はこぶしを強くにぎりしめ、込み上げる怒りを押し殺した。
「さァーて! 事前説明のとおり、本戦はパートナー三体による勝ち抜き戦! 技の効果以外での途中交代は禁止! 相手のパートナーをすべて倒したほうの勝ちとなります! なお……途中降参も一応、認められてはいます!」
最後のひとことには、「できればそんなシラける展開は見たくない」という、エンターテイナーとしての本音がにじんでいた。
ニーナのルール確認が終わると同時に、アリスと石切は正面から向かい合う。
互いの視線がぶつかる。そこにあるのは、ただひとつ――勝利への強い意志。
「それでは――校内大会ファーストバトル! ゼロ回戦――はじめぇーッ!」
『カーン!』
空中のコパロットが、ゴングをまねた鳴き声を響かせる。
――試合開始!
アリスは右手を、石切は左手をかざす。それぞれのウォッチが輝き、光の粒子がコートへとあふれ出した。
センターサークルに、青と灰色の光が渦を巻く。やがてそれは、ふたつのシルエットを形作った。
アリスのパートナー――青いドラゴンの子【セルリアンドラコ】、ブルー。
石切のパートナー――両腕が大砲のような形をした、体高1.7メートルほどの石人形【ガンゴーレム】。
二体のワンダーが、コート中央で対峙する。
――ガンゴーレム。ブルーが初めてこのふしぎ小に来た日、ミルフィーヌが戦い、打ち倒した相手。あのときの光景が、脳裏によみがえる。
あのバトルを見て、ぼくは思った。本気で強くなりたい――あんなふうに戦えるようになりたい、と。
そして今。その相手と向き合っているのは、ぼく自身だ。ミルフィーヌは、ウォッチの中から見守ってくれている。あのときとは、あべこべの立ち位置。
――あの日から、どれだけ強くなれたのか。これは、それを証明するための戦いでもある。
きっとアリスも、石切が先鋒にガンゴーレムを出してくると読んでいたはずだ。
ブルーは、ふうっと深く息を吐く。高鳴る鼓動を抑え、心を静かに整えていく。
――さあ、やるぞ。
そう気合を入れ直した、その瞬間――
「《ロックバズーカ》!」
石切のするどい声。それと同時に、ガンゴーレムの右腕――砲身が火を吹いた。
ズドンッ! と放たれた高速の岩石が、一直線にブルーへと迫る。
ドゴオオオーーーンッ!
轟音が体育館を揺らした。
砕け散る石片。舞い上がる土煙。視界を覆い尽くす粉塵に、観客席からどよめきがひろがる。
「……あーっと! 開幕早々の不意打ち! これは直撃かーッ!? 早くも勝負は決してしまったのかあーッ!?」
ニーナの驚きに満ちた実況が、体育館いっぱいに響き渡った。
土煙の向こう――その中で、ブルーは――




