第114話 校内大会本戦開会式
ふしぎ小学校の総合体育館――
それはいち小学校の体育館としては非常に大きな規模を誇り、1000人強を収容できる二階席が設けられている。
もともとはここまで大きくなかったものの、ワンダーバトルの隆盛にあわせて改築されたという背景がある。その出資には、ある大人物が関わっているというウワサも……
今回のような年二回の校内大会のみならず、対外試合の会場としても使用される。……もちろん、体育の授業や部活動、球技大会など、従来の用途でもしっかり活用されている。ワンダーバトル専用の施設というわけではないのだ。当然ながら。
二階席では、開会をいまかいまかと待ち望む児童たちが、わいわいとにぎやかに騒いでいる。
児童たちはクラスごとに分けられ、二階席での観戦が義務付けられている。今日の主役は児童たちなのだから、それも当然のことだ。
1000人規模の二階席のほとんどは、700人近くいる児童で埋め尽くされている。あぶれた来客は、視聴覚室や各空き教室に設置されたライブビューイングで観戦可能となっていた。また、映像はオンラインでもライブ配信されており、想像以上に多くの人々が、この校内大会を見守ることになるのだ。
「ふわあ~! 楽しみだね!」
二階席の5年2組のエリアで、パートナーの【スカーレットチック】のアカネを抱きしめながら、緋羽莉は胸を弾ませていた。周囲を見渡せば、ほかの児童たちも小型のパートナーといっしょに着席している姿がちらほら見える。
「そこまで興奮する? 毎年見てるじゃない」
左隣の閃芽が、例によってあきれたように言う。
その両手には、パートナーの【バリネズミ】のハーリーがちょこんと乗っていた。ハーリーもまた、周囲のざわめきに興味津々といった様子で、小さく首を動かしている。
「だって、今回はアリスが出るんだよ! アリスが、こーんなにたくさんの人が見てる中でバトルするんだよ! 興奮するに決まってるよ~!」
緋羽莉は両目をきらめかせながら、ポニーテールをぶんぶんと揺らし、アカネをむぎゅーっと抱きしめる。思わず力がこもったのか、アカネが『ピッ……』と苦しげに小さく鳴いた。
たくましいふとももをばたばたと動かすそのようすからは、アリスへの大好きという気持ちが、全身からあふれ出ていた。
右隣で【ワカバズク】のザックを抱いているりんごは、そんな彼女をほほえましく思いながら、やはり苦笑いを浮かべるのだった。
「ご観覧の皆様。お待たせいたしました。これより、ふしぎ小学校ワンダーバトル大会、選手入場を行います。盛大な拍手とともにお迎えください……」
質の高い音響設備から流れるアナウンスが、体育館全体にくっきりと響きわたる。
二階席の児童および観客たちは、一部を除いていっせいに拍手をはじめた。
やがて、本戦出場者16名――そして敗者復活戦を勝ち抜いたアリスを含めた17名が整列し、堂々たる足取りで入場行進を開始する。
「わあ……」
アリスは行進しながら、思わず声をもらした。
見慣れているはずの体育館。しかし今は、千人近い観客が二階席を埋め尽くし、大きな歓声と拍手が降りそそいでいる。その光景は、まるで別世界の大舞台のようで――日常とはかけ離れた熱気に包まれていた。
胸の奥がじんわりと熱くなる。去年まで観戦する側だったころとは、まるでちがう。校内大会とは、ここまで胸を高鳴らせるものだったのかと、アリスは自分の中の認識をあらためていた。
この晴れの舞台で、自分の――そしてブルーたちパートナーのチカラを、存分に発揮したい。
その思いがあふれそうになるのを必死に押さえながら、気づけば頬がゆるみ、にやけた笑みがこぼれてしまう。
やがて選手17名は、体育館中央で横一列に整列した。アリスの位置は、入口から見て一番左端である。
続いて、校長先生とスペシャルゲスト――チャンピオンが姿を現す。
すでに彼と対面し、言葉を交わしているアリスとは対照的に、それ以外の16人は、多かれ少なかれ緊張をあらわにしていた。肩に力が入り、視線が揺れる者もいる。
……いや、もうひとりを除いて。
アリスと同じ5年2組の代表のひとり、剣城玲那だ。
彼女だけは相変わらずクールな表情を崩さず、まっすぐ前を見据えている。むしろ、その視線はするどく――チャンピオンをにらみつけているようにすら見えた。
玲那は以前、アリスたちの前で「世界最強のウィザードになる」と豪語していた。
だから彼女にとって、チャンピオンはあこがれの存在ではない。超えるべき壁――ただそれだけの存在なのだろう。
それでも、彼に対するおそれをおくびにも出さないその姿には、確かな強さがにじんでいると、アリスは感じていた。
緋羽莉と話していたときに見せた、あのやわらかな表情とは――まるで別人のようだった。……もっとも、そのときアリスはダンジョンの中にいたため知らないのだけれど。
そして、そんなぴんと張り詰めた空気の中、開会式がはじまった。
「えー、諸君。本日はお日柄もよく……」
マイクを手にした校長先生が、またしても長い話をはじめようとする。
敗者復活戦のときにすでに聞いたばかりだろうとか、屋内でお日柄の話をするのかよとか、だれもが心の中でツッコミを入れるものの、口に出すわけにもいかず、ただおとなしく話を聞くしかなかった。
会場のあちこちで、わずかに肩を落とす気配がひろがる。
いっぽうでアリスは、そっとチャンピオンへ視線を送った。「なんとかしてくださいよ」と訴えるような、わずかなアイコンタクト。一度対面で会話したからこそできる、ささやかな合図だった。
その期待のまなざしを受け取ったチャンピオンは、うっすらと苦笑いを浮かべると、
「あのー、校長先生……そろそろそのへんで……」
と、おずおずとしたようすで口をはさんだ。
ふだんの絶対王者としての堂々たる振る舞いからは想像もつかない、どこか気まずそうな言い方である。ある意味では、なかなか見られない貴重な一幕かもしれない。
「お、おお、すまないね。どうも校長の性というか、一度話しはじめると、ついつい長くなってしまう。……君たちも、敗者復活戦を見て、うずうずしているだろうというのに」
そのひとことで、出場選手たちは一瞬、背筋をひやりとさせた。
まるで内心を見透かされたかのような、校長先生の口調。伊達に何千、何万もの児童を見守ってきたわけではない、ということなのだろう。
「……さて。今回は大会日程の前倒しに端を発する、こちらの配慮不足により、急きょ敗者復活戦を行った。そのため、参加者はなんとも中途半端な17名となってしまっている」
その言い方だと、まるでわたしも悪いみたいじゃない、とアリスはわずかに顔をしかめた。
校長先生は軽く咳払いをひとつしてから、続ける。
「そこでまずはオープニングゲーム……“ゼロ回戦”として、敗者復活枠のハートランド君と、元の本戦出場者16名のうち、希望者とのバトルを行ってもらおうと思う」
この“ゼロ回戦”宣言に、選手も観客も一斉にどよめいた。
「ゼロ回戦って……なんじゃそりゃって感じだよ……」
閃芽はずるっとメガネをずらしながら、あきれたように小声でつぶやく。
「すごいよアリス! ゼロ回戦なんて、誰も聞いたことないようなこと、まかされるなんて!」
緋羽莉は目を輝かせ、なぜか誇らしげに興奮していた。
閃芽は心の中で思わずツッコミを入れる。もはやアリスを称賛できるなら、理由はなんでもいいのではないかとさえ思えてくる。
「それに、ゼロ回戦ってことは、アリスの試合が一回分多く見られるってことだよね! うれしいなあ!」
続くその言葉に、閃芽はあきれを通り越して、ほんの少し感心してしまった。
もっとも、その前提には"アリスが勝ち進む"という絶対的な信頼が含まれているのだが。
「でも、ちょっと不公平な気がしなくもないね……」
りんごは苦笑いを浮かべながら、小さくつぶやいた。腕の中のザックも『ふむ』と短く鳴き、同意するかのように首をかしげる。
たしかに一人だけ――正確には対戦相手を含めた二人だが――一試合多く戦うことになるのは、基本的に不利だ。手の内をさらすのはもちろん、クラス予選のときのように連戦になれば、パートナーたちのスタミナが尽きる可能性もある。
「まあ、敗者復活っていうセカンドチャンスをもらってるわけだから、妥当と言えなくもないけど……」
閃芽も理屈では理解できるが、完全には納得しきれないといったようすだった。
「だいじょうぶだよ! アリスなら!」
緋羽莉は迷いなく言い切る。
「それに、一試合多くなるってことは、そのぶん強くなれるチャンスでもあるわけだしね!」
どこまでも前向きな言葉とともに、腕の中のアカネをぎゅっと抱きしめる。アカネも『そのとおり! せいぜいがんばりなさい!』と威勢よく声をあげるのだった。
「それでは、本戦出場者諸君。ハートランド君と戦いたいという者は、手をあげてくれたまえ」
校長先生が呼びかける。
しかし――
しーん……
会場には、気まずいほどの静寂がひろがった。
学校の授業中あるあるのひとつ、"無挙手"の沈黙。しかし今は、それ以上に重たい空気が漂っている。
無理もない。わざわざ一試合多く戦いたいと思う者なんて、よっぽどの物好きでもなければいないだろう。
さらに、アリスの驚異的な速さのダンジョン攻略を見たことで、本戦出場者の中には、彼女と戦うこと自体をためらっている者も少なくないようだった。
肝心の玲那もまた、ふいっとそっぽを向いている。
まだ戦う段階ではない相手だと見ているのか。それとも――この“ゼロ回戦”は、自分が立つべき舞台ではないと言いたいのか。
「うーん、誰もいないのかね? これは困ったなあ……」
校長先生は腕を組み、わずかに眉をひそめる。
できれば公平性のためにも強制するのは避けたい。しかし、このままでは進行に支障が出る――そう判断しかけた、そのとき。
「……俺にやらせろ」
低く、しかしはっきりとした声が響いた。
一人の男子が、ゆっくりと手をあげる。それは、アリスにも見覚えのある少年だった。
緋羽莉と変わらない、小学生にしては高い身長。鍛えられた体つきに、逆立った髪。全身からただよう、好戦的な雰囲気。
ブルーをはじめて学校へ連れてきた日――バトルコートでひと悶着あった相手。6年1組代表、石切大三だった。




