第108話 攻略! 手作りダンジョン!
「おっと、言い忘れていた! このダンジョンには、僕の友人のトレーナーが育てたワンダーたちが、あちこちに潜んでいる! 彼らにも負けないように、気をつけろ!」
朝礼台の上のチャンピオンが、マイクを通して宣言した。その声はダンジョン内にも届き、探索中の選手たちの耳にもはっきりと響く。
選手たちや観客たちからは、すぐさま「そういうことは先に言えー!」とツッコミが飛び交った。
「トレーナー……って、なんだろう?」
ホロビジョンに映るアリスへ声援を送っていた緋羽莉は、くるりと閃芽のほうを向いてたずねた。
研究所長の妹である彼女なら、知っているにちがいない――そう思っての質問だ。
「その名の通り、ワンダーをトレーニングする人のことだよ。調教師みたいなものだね。ワンダーを指揮する技術と、育てる技術は別物だって考えがひろまってきて、最近注目されてる職種なんだよ。プロの世界だと、ウィザードとトレーナーでチームを組んで分業することもあるらしいよ」
「へえ……分業……トレーナーかあ……」
緋羽莉はホロビジョンに映るアリスへと視線を戻し、小さくつぶやいた。そのひとみには、どこか思案するような光が宿っている。
無意識のうちに、くちびるへ指先を添える。考えごとをするときの、彼女のくせだ。けれどその仕草もどこか無防備で、長い手足のしなやかさとあいまって、ふとした拍子に目を引く。
――もし自分が、アリスを支える側に回るとしたら。
そんな想像が、胸の奥にほんのりと灯っていた。
いっぽう――誰よりも早くダンジョンに突入し、先行して進んでいたアリス。
目の前には【ブリックゴーレム】。
しかし、その表情に焦りはない。むしろ落ち着き払っていた。
ダンジョン内での遭遇戦は、ある程度想定していた展開だ。加えて、昨日は強力な野生のワンダーたちと戦い抜いてきたばかり。この程度の相手に動じる理由はなかった。
「モモ、ちょっと下がっててね。……ここはブルー、おねがい!」
『キュ!』
モモは素直にうなずき、軽やかに後方へと跳び下がる。
アリスはすぐさまウォッチを操作し、青いドラゴンの子――【セルリアンドラコ】のブルーを呼び出した。
このダンジョンで使用できるパートナーは二体まで。つまり、アリスはこの時点で、ブルーとモモの二体に戦力を絞ったことになる。
さらに、この戦いはホロビジョンで本戦出場者たちにも見られている。
――手の内は、見せすぎない。そう判断しての選択だった。
「ブルー! 《プリズムボール》!」
――昨日習得した新技には頼らない。この戦いは、みんな知ってる技で突破する!
『はああっ!』
ブルーは両手を前に突き出し、体内のエナを一気に凝縮する。
てのひらの先に生まれた虹色の光球が、きらめきを放ちながら膨れ上がり――次の瞬間、一直線に撃ち放たれた!
ボカァァン!!
直撃。炸裂音とともに、ブリックゴーレムの頭部が粉砕される。
砕けた石片が弾け飛び、灰色の破片が宙を舞った。頭を失った巨体は、ぐらりと大きく揺らぐ。
観覧席からも「おおっ!」とどよめきが上がった。
とくに、予選時のブルーを知る5年2組のクラスメイトたちは、目を見張っている。
同じ《プリズムボール》でも、その威力は二日前とは比べものにならない。素人目にもわかるほどの成長だった。
「ブルー! さっすがあ!」
緋羽莉は思わず前のめりになり、ひとみをキラキラと輝かせる。ぐっと身を乗り出した拍子に、ポニーテールがふわりと揺れる。
朝の光を受けてきらめく髪と、弾むようにしなる体の動きが重なり、ひときわ目を引いた。大きく開かれた黄色いひとみには、まるで自分のことのようなよろこびがあふれている。
「そんなに前に出たら見えないでしょ。キミってば、ムダにでかいんだから」
隣の閃芽が、あきれたようにツッコミを入れる。
ぐっと前へ身を乗り出した緋羽莉の影が、観覧スペースの視界を大きく覆っていた。すらりと長い手足に、ほどよく引き締まった体つき。それでいて、やわらかさを残した曲線が、自然な立ち姿のままでもはっきりと浮かび上がっていた。
無意識の行動だからこそ、遠慮も加減もない。その堂々とした大きさが、ひときわ目立ってしまうのだ。
りんごはというと、不満どころか、むしろそんな緋羽莉の引き締まった背中のラインに見とれているようすだった。
背筋を伸ばして立つその後ろ姿は、まるで一枚の絵のように整っている。肩から腰へとなめらかにつながるラインと、しっかりと大地を踏みしめる長い脚。その均整の取れたシルエットが、朝の光にやさしく縁取られていた。
跳ねるたびに揺れるポニーテールと、わずかにしなる体の動きが重なり、思わず目で追ってしまうような魅力を放っている。
無邪気に声援を送っているだけなのに、その一挙手一投足に、どこか目を引く華やかさが宿る。
当の本人はまったく気づいていないようすで、ただ一心にアリスを見つめている――その無防備さが、かえって印象を強くしていた。
「あ、ごめんね……」
緋羽莉は謝りながらも、指先はそわそわと落ち着かない。スカートの端をきゅっとつまみ、すぐに離す――そんな小さな動きに、抑えきれない高揚がにじんでいた。胸の奥でふくらむアリスへの想いは、言葉にしきれないほどまっすぐだ。
「あっ、ほら、そろそろ決まるよ!」
そしてすぐに戦いの気配を察し、ぱっと映像へと視線を戻す。
りんごは「あはは……」と苦笑いし、閃芽は「やれやれ」と肩をすくめた。
「《スカイナックル》!」
アリスの指示が飛ぶ。
ブルーは地面を蹴り、ぐっと踏み込み――空色のオーラをまとった右のこぶしを振りかぶる。
そして、前後不覚となっているブリックゴーレムの胴体へ――
ドゴォン!!
渾身の一撃が叩き込まれた。
鈍い破砕音とともに、巨体に無数の亀裂が走る。次の瞬間、全身がバラバラと崩れ落ちた。
石のカタマリはただのガレキへと変わり、動きを完全に停止する――戦闘不能。
「よしっ!」
アリスは小さくガッツポーズを取る。
『キュー!』
モモも飛び跳ねるようにして、大好きなブルーの勝利をよろこんだ。
ブルーはぎゅっとにぎったこぶしを見つめ、胸の奥にじんわりとひろがる実感をかみしめる。
――ぼくは、確実に強くなっている。
それこそが、アリスがブルーを選んだ最大の理由だった。
この敗者復活戦は、ただ勝ち上がるためだけのものではない。ブルーにさらなる経験を積ませ、成長させるための舞台でもある。
昨日の冒険でミルフィーヌは進化し、モモを含め三体の新たな仲間も加わった。
それでもなお――もっとも伸びしろがあり、いざというときの切り札となる存在。それがブルーだと、アリスは信じて疑わないのだった。
観客席から、さらに大きな歓声があがった。
朝礼台の上のチャンピオンも、思わず感嘆のため息をもらしている。
「いやあ……あっさりやられてしまったねえ。君の友人とやら、本当に腕は確かなのかな?」
校長先生もアリスに感心しつつ、チャンピオンの友人であるトレーナーに対して、からかうように言った。
「ええ、確かですよ。彼女の強さが、それ以上だっただけです。その証拠に……ほら」
チャンピオンはほほえみながら、ホロビジョンの映像を指さす。そこには、アリス以外の参加者たちのようすも映し出されていた。
その中には、ブリックゴーレムに苦戦している児童の姿が6人ほどある。
彼らと戦っているゴーレムは、アリスが倒した個体のように一瞬で砕け散ることはなく、力と技を組み合わせた動きで参加者を追いつめていた。そのようすを見るかぎり、トレーナーの腕が確かであることは疑いようがない。
「あれ? 入口のあたりで、動いていない子たちがいるよ?」
アリスの勝利にひとしきりよろこんだあと、引き続き映像を見ていた緋羽莉が、ダンジョンに入ってすぐの広い部屋に注目した。そこには、動く気配のない参加者が8人ほど集まっている。
8人はヒマそうに、それぞれ思い思いに過ごしており、ダンジョンを攻略する気があるようには見えない。
「あー……完全に待ち伏せする気だね」
閃芽が、あきれたようにぼやく。
「まちぶせ??」
緋羽莉は、きょとんと首をかしげた。
「宝物を持って戻ってきた子から、よってたかって奪い取ろうとしてるんだよ……」
りんごも困ったような顔で、苦々しく説明する。
「ええっ!? どうしてそんなことするの!?」
緋羽莉はおめめをぱっちり見開き、おくちをあんぐりと開けた。一歩踏み出し、ぎゅっと胸の前で手をにぎる。
その声には、作りものではない本気のおどろきがにじんでいた。ずるい、という考えよりも先に、「そんなことをして楽しいのか」という素朴な疑問が浮かんでいる。
だれかを出し抜くよりも、いっしょにがんばるほうがいい――それが当たり前だと信じて疑わない、そのまっすぐさが表情にそのまま表れていた。よこしまな発想そのものが浮かばない、あまりにも純真な反応だ。
閃芽はそんな緋羽莉に半ばあきれ、これ以上の説明をあきらめる。りんごも「あはは……」と苦笑いするしかなかった。
「それに、宝物はひとつしかないのに、8人でどうするつもりなの?」
「そのあと自分たちで取り合うか、先に取った者勝ちとか……そんな取り決めでもしてるんじゃない? ま、どうでもいいけど」
閃芽は言葉どおり興味なさそうに、別の映像へと視線を移した。
「……まあ、そういうことをする子もいますよねえ」
校長先生も、困った子どもをなだめるような口調で、余裕の笑みを浮かべている。
「……想定内ですよ。たとえセコく見えようが、ルールの範囲内で勝ちにこだわる執念は評価できます。……ですが――」
チャンピオンはふっとクールにほほえみ、続けた。
「――安易にそれを許すほど、このダンジョンは甘くありません」
その瞬間――待ち伏せ組のいる広間の壁や床が、ボコボコと音を立てて盛り上がり、次々と形を変えていく。
現れたのは、複数――十体以上のブリックゴーレム。突然の事態に、広間は一気にパニックにおちいった。
その光景を見ていた観客たちは、一様に「うわあ……」と引き気味の声をあげる。
「因果応報……というか、一定時間動かなかったら、自動的にゴーレムが出てくる仕組みになってるみたいだね。そういうダンジョンの記録、見たことあるし。……チャンピオンも案外、いじわるだねえ」
閃芽が、半ば感心しながらもあきれたように言った。
数十秒後――待ち伏せしていた8人は、そろってダンジョンの外へとワープアウトした。
それは、昨日アリスたちが裏山で体験したときと同じ、一瞬で終わる転移。あまりにもあっけなく、本人たちも状況を飲み込めていないようすだ。
連携を組むということは、裏を返せば個々の実力に自信がないということ。数でも上回るゴーレムたちにかなうはずもなく、あっという間にパートナーを戦闘不能にされてしまったのだ。
これで残り参加者は40名。
そして――その中で、もっとも先を進んでいるのは、もちろんアリス。
彼女は迷いなく、ガンガンと迷宮の奥へと突き進んでいく。その背中は、小さくとも、確かな成長と自信に満ちていた。
「……しかし、失敗だったなあ」
「なにがかね?」
「こんなことなら、実況役も用意すればよかった。そっちのほうが、もっと盛り上がっただろうになあ」
冗談とも本気ともつかないチャンピオンのつぶやきに、校長先生は苦笑いを浮かべるのだった。




