第109話 お宝、みーつけた!
ふしぎ小学校ワンダーバトル大会・敗者復活戦――その種目は、ゲストのチャンピオンが自作したダンジョンの攻略。
アリスは、モモの感知能力のおかげで、迷うことなく迷宮を駆け進んでいた。
ときおり遭遇する【ブリックゴーレム】は、ブルーが難なく倒していく。その動きは一戦ごとに洗練されていき、成長の早さがはっきりとうかがえた。ブルーのドラゴンとしての知能の高さと、素直な性格による吸収力のたまものだろう。
ブルーのことが大好きなモモも、『キュー!』とうっとりとしたようすで見つめ、興奮しきりだ。その想いがブルーにきちんと届く日は、はたしていつになるのだろうか。
その進撃ぶりに、立体映像で観戦しているギャラリーたちも舌を巻いていた。
記者やスカウトマンたちからも注目を集めているようだ。ウィザードとしての腕前はもちろんのこと、アリスは金髪碧眼の美少女であり、画面映えも抜群。さもありなん、といったところである。
「アリスー! ブルー! モモー! がんばれーっ!」
緋羽莉は観覧スペースから、満面の笑顔で力いっぱい声援を送っていた。
そのたびに、オフショルダーの袖口がずれ、やわらかな肩のラインがあらわになる。弾むような動きにあわせて、豊かな胸元がふわりと揺れ、健康的に引き締まった体つきとの対比が、年相応の無邪気さとは別の存在感を放っていた。だが当の本人はそんなことに気づくようすもなく、ただただ一心にアリスの名を呼び続けている。
「そんなに叫んでも、(ダンジョンの中に)届くわけないでしょ」
そばにいる閃芽が、あきれたように言う。
ぴょんぴょんと跳ねるたびに、長い脚としなやかな腰の動きが大きく上下し、周囲の視界を遠慮なく占領してしまう。その圧倒的な存在感は、もはや応援というより“現象”に近く、閃芽が内心で肩をすくめたくなるのも無理はなかった。
「うーん……緋羽莉ちゃんの声なら、届きそうな気がしなくもないかも……」
りんごが苦笑いを浮かべる。緋羽莉は体も大きく、よく鍛えられているため、声もひときわ大きく、よく通るからだ。
その視線は、自然と緋羽莉の背中へと吸い寄せられていた。トップス越しにもわかる、均整のとれた背筋のラインと、そこからなめらかに続く腰のくびれ。さらにミニスカートの裾からのぞく、引き締まりながらもやわらかさを感じさせるふともも――健康的でありながらどこか艶のあるその後ろ姿に、りんごは思わず見入ってしまう。
緋羽莉はくるりと振り向いた。黄色いひとみはきらきらと輝き、応援の熱で、額にはうっすらと汗がにじんでいる。
「たしかに、聞こえないかもしれないけど……」
「かもしれない、じゃなくて、聞こえないんだよ」
「それでも、声を出さずにはいられないの! アリスを応援したいって気持ちが、おさえられないんだよ!」
うれしいときの子犬のように、緋色のポニーテールをぶんぶん揺らし、両手をぎゅっとにぎりしめながら、ぴょんぴょんと跳ねる緋羽莉。声が届くかどうかなんて、本当はどうでもいい。ただ“応援したい”という気持ちだけで体が動いてしまう――そんな単純でまっすぐな衝動が、そのまま形になったような動きだった。
体は大きいのに、仕草は年相応に無邪気で、とっても愛らしい……と、りんごは思わず頬を赤らめるのだった。
「応援なんかいらないでしょ。完全に楽勝ムードじゃん」
閃芽が、しっしっと右手を払う。
とはいえ、ああして全力で応援できるのは、少しだけうらやましくもある。自分にはできないやり方で、まっすぐに誰かを信じている――その単純さと強さを、閃芽は内心で否定しきれずにいた。
「この世に絶対なんてないでしょ! 油断大敵だよっ!」
緋羽莉はほんの少しムキになって、顔をぐっと近づける。
「その口ぶりだと、アリスの勝利を信じてないみたいに聞こえるねえ」
閃芽はニヤリと、いたずらっぽく笑った。
「うっ……そ、そんなことないもん! アリスはいつだって、最高で、すごくて、かわいくて、無敵なんだから!」
「今、“かわいい”っていうステータス、必要なの?」
めずらしくはっきりムキになった緋羽莉がさらに詰め寄る。大好きな親友のこととなると冷静さを失うのは、どうやらアリスだけではないらしい。
「ま、まあまあ……応援したいっていうなら、叫ぶより祈るほうが、アリスちゃんに届くんじゃないかな……?」
口論になりかけたふたりをなだめようと、りんごが苦笑いしながら提案する。
放っておけば、どこまでもまっすぐに突き進んでしまいそうな緋羽莉の勢いが、少し心配で――でも同時に、目が離せない。あんなふうに誰かのために全力になれる姿は、まぶしくて、胸の奥がきゅっと締めつけられるようだった。
「そっか! それって、すっごくいいアイデア! ありがとう、りんごちゃん!」
緋羽莉は目をきらきらと輝かせ、ぎゅっとりんごの両手をつかんで、心からの感謝を伝えた。
大きくあたたかな手のひらは、指先までしっかりと力強く、それでいて包み込むようなやさしさがあった。距離の近さも相まって、ほんのりと甘い香りがふわりと漂い、りんごの思考を一瞬だけ止めてしまう。それでも緋羽莉本人は、ただ感謝を伝えたい一心で、まったく他意のない笑顔を向けているのだった。
「ど……どういたしまして……」
大きな手のひらから伝わる体温と、目の前にある緋羽莉の無邪気な笑顔に、りんごの顔は名前の通り、みるみる赤く染まっていくのだった。
触れられたところから、じんわりと熱がひろがっていくような感覚に、うまく息ができなくなる。こんなふうに無防備に距離を詰められるたび、心の奥にしまっていたはずの想いが、簡単に揺さぶられてしまうのだと気づき、りんごは小さく視線を泳がせた。
そうと決まれば――と、緋羽莉はホロビジョンのほうに向きなおり、両手を大きな胸の前で組んで、すっとまぶたを閉じ、祈りをささげた。
胸の前で組まれた手のひらは、ゆるやかな曲線を描く腕のラインとともに、どこかしっとりとした女性らしさを帯びている。それでいて表情はあどけなく、祈りのかたちはあくまで純粋そのもの――そのアンバランスさが、見る者の目を奪わずにはいられなかった。
(がんばって、アリス。ブルーもモモも、ケガしないようにね)
祈ることは、緋羽莉の特技のひとつだ。なにしろゆうべも、夜明けまでずっとアリスのために祈り続けていたのだから。
風もないのに、ポニーテールがふわりと揺れる。全身もまた、かすかに光を帯びているように見えた。
その姿はどこか神々しく――閃芽とりんごは、思わず息をのんだ。
「……!」
そのころ。迷宮を走っていたアリスは、胸の奥がじんわりと熱くなる感覚を覚えた。
すると、ふしぎなことに足取りが軽くなり、疲れがすっと消えていく。先導するモモも、隣を駆けるブルーも同じだった。
アリスは、その理由をすぐに理解する。
(外にいる緋羽莉ちゃんの応援が……わたしたちを後押ししてくれてる!)
7年間、ずっとそばで彼女のぬくもりを感じてきたのだ。まちがえるはずがない。この感覚は、決して気のせいなんかじゃない。
仕組みや原理なんて、どうでもいい。ただ、大好きな親友が応援してくれている――そう感じるだけで、やる気も元気も百倍になる。
ボコボコボコ!
左右の壁と前方の床が盛り上がり、計三体の【ブリックゴーレム】が姿を現した。
どうやら、お宝に近づくにつれて敵の強さも増し、難易度が上がる仕組みになっているようだ。
「ブルー!」
『まかせてっ!』
同じくやる気百倍のブルーは、意気揚々と前に飛び出し、右のこぶしを振るう。
『《スペクトル・スカイナックル》!』
――ここで、まさかの新技発動。
緋羽莉の応援に後押しされた空色のオーラが、拳圧とともに一気にひろがり、まるで奔流のようにゴーレムたちへと襲いかかる。
ドゴォォン!
三体のブリックゴーレムは、まとめて吹き飛ばされ、粉々に砕け散った。
外のギャラリーから、おおおおっ! と大歓声があがる。
「すごい……すごいよ……!」
りんごも思わず、大きめの感嘆の声をもらしていた。
「え? なに? なにがすごいの?」
祈りに集中していた緋羽莉が、まぶたを開いてきょとんとする。どうやら肝心の場面を見逃してしまったらしい。
「ブルーが新技で、ゴーレムをまとめてやっつけたんだよ」
閃芽が、どこかいじわるそうに笑って教えてやる。
「えーっ! またアリスたちのいいところ見逃しちゃったあ~っ!」
緋羽莉は頭を抱えて、大きなショックを受けた。見開かれたひとみには、うっすらと涙まで浮かんでいる。
「で、でも……緋羽莉ちゃんのお祈りがなかったら、今のシーン自体なかったかもしれないよ?」
りんごがあわててフォローする。実際、その言葉はまんざらウソでもなかった。
ただし、本当に祈りが力として届いているとは、りんごにはまだ信じきれないのも事実だ。
「そ、そっか……そうだよね……お祈りもしたいし、アリスたちの活躍も見たいし……う~ん……」
緋羽莉は腕を組み、うなりながら真剣に悩みはじめた。彼女にしては、本当にめずらしい光景だ。
「じゃあ、目ぇ開けたまま祈ればいいじゃない」
「むう……でもわたし、一度にふたつのことに集中するの、苦手なんだよ……離れていても、アリスといつでもつながることができればいいのにな……」
「……なにげに、とんでもない爆弾発言するね、キミ」
しゅんと肩を落とす緋羽莉に、閃芽はやや引き気味にツッコミを入れるのだった。
距離感も発言も、ときどき本気で危なっかしい。けれど、それが打算でも計算でもなく、全部“素”で出ているのだとわかるから、強く突き放す気にもなれない。むしろ、変にこじれていないそのあり方が、少しだけ心地よく感じている自分に気づき、閃芽は内心で苦笑した。
「……じゃあ、お祈りじゃなくって、念を送ってみるのはどうかな?」
「キミも、これ以上乗っからなくてもいいよ」
今度は、緋羽莉のために頭をひねって提案するりんごに、閃芽がすかさずツッコミを入れる。
放っておくと、どこまでも突き進んでいきそうな危うさがある。だからこそ、適当にブレーキ役をしてやらないといけない――そんな妙な責任感が、いつのまにか自分の中に根づいていた。面倒だと思いつつも、その役回りを手放す気にはなれないあたり、結局は嫌いじゃないのだろう。
「それだっ! りんごちゃん! またまたありがとう! さっそく、やってみるね!」
緋羽莉はまた、りんごに心からの感謝を伝えた。
こんなふうにまっすぐ名前を呼ばれて、感謝を向けられるだけで、胸の奥がふわりとほどけていく。特別なことをしたわけじゃないのに、自分の言葉が緋羽莉の力になれたかもしれないと思うと、りんごはそれだけでうれしくてたまらなかった。
そして緋羽莉は、ホロビジョンに向き直り、映し出されたアリスをじいっと見つめた。両てのひらを前に向け、くちびるをきゅっと結び――念を送りはじめる。
ぐっと前に突き出された両手は力強く、その動きにともなって体の重心がわずかに前へとかかる。しなやかな体のラインが一瞬だけ強調されるが、本人はいたって真剣そのもの。雑念ひとつない澄んだまなざしで、ただアリスだけを見つめ続けていた。
閃芽とりんごはそのようすを見て、肩をすくめながら苦笑いするのだが……彼女の何気ない行為が、とんでもないことを引き起こすきっかけになるということを、のちに知るのである。
……そんな緋羽莉の大きく熱い想いなどつゆ知らず、アリスはついに石の迷宮を突破した。
そこにあったのは、開けた、正方形の広間だ。
踏破時間は、実にわずか12分。制限時間の四分の一にも満たない、驚異的な早さと言える。
ホロビジョン越しに見守るギャラリーは大興奮。朝礼台の上のチャンピオンも、いたく感心している様子だった。
『キュー!』
モモの両耳が、ぴくりと反応する。
その先――広間の中央、簡素な台座の上に置かれていたのは……大きく、銀色に輝く、木の葉のような形のなにか。
あれが、チャンピオンの言っていたお宝にちがいない。
周囲にワンダーの気配がないことも確認し、アリスはゆっくりと台座に歩み寄る。
――ごくり。
自然と、のどが鳴った。
そして、そのお宝をそっと手に取る。
「これ……もしかして、シルヴァリオのウロコ!?」
アリスは興奮ぎみに目を見開いた。
一拍遅れて、ブルーも同じように目を輝かせる。
それは、全ウィザード――とくにドラゴン好きにとっては、まさに夢のようなホンモノのお宝。
チャンピオンのパートナー、今現在校庭で鎮座している"銀翼の竜皇"シルヴァリオのウロコ。
マニアやコレクターなら、のどから手が出るほど欲しがるシロモノだろうし、テレビの鑑定団に出せば数百万はかたい値がつくだろう。
アリスはごくりとつばを飲み込み、高ぶる気持ちを押さえながら、震える手でそのウロコを腰のポーチにしまった。
あとはこれを、他の参加者に奪われないよう守りながら、ダンジョンから脱出すればいい。
――だが、それ以上に。アリスもブルーも、クリア条件とは関係なく、このお宝を誰にも渡してたまるものかという強い想いに、胸を燃やしていた。
その揺るがない意思を胸に、くるりときびすを返し――アリスたちは、もと来た道を一気に駆け出した。
爆走。迷宮の空気を切り裂くように、一直線に。
その瞬間――朝礼台の上のチャンピオンが、マイクを手に取り、ダンジョン内の参加者に向けて声を張り上げた。
「さあ! たった今、お宝を手に入れた選手が現れた! その名は、5年2組所属、アリス・ハートランド!」
校庭中に響き渡る声。
「このまま勝利をさらわれたくなければ、彼女から宝を奪い取るしかないぞ! がんばってくれ!」
そのアナウンスとともに、ギャラリーがどっと沸き上がる。
ホロビジョンに映る他の選手たちも、血相を変えた。
もと来た道へ引き返す者、待ち伏せに切り替える者、アリスを探して走り出す者――それぞれが一斉に行動を変えていく。
「ちょっ……主催者がそういうこと教えるのって、アリなの!?」
閃芽がにがにがしく言う。
「これじゃ、残りの参加者がみんな、アリスちゃんに殺到しちゃう……」
りんごも、不安げな表情でつぶやいた。
いくらアリスたちが強くなっていようと、ピンキリではあるが実力ある参加者全員を相手にしては、さすがに分が悪い――そう思ったのだ。
ちなみに、アリスが目立ちすぎていたため気づかれにくかったが、待ち伏せ組が失格になったあとも、何人かのウィザードがブリックゴーレムのえじきとなり、さらに6~7人の選手がダンジョンの外へと転移させられていた。
つまり残り人数は、ざっと30人以上。これらが全員敵に回ったというのだから、さあ大変。
「だいじょうぶだよ! アリスなら!」
そんな四面楚歌の状況の中でも――緋羽莉は、まったく揺るがなかった。
「きっと、わたしたちのところに、笑顔で帰ってくるよ!」
その言葉どおり、絶大で、まっすぐな信頼を込めて。疑うという発想すら持たない、透きとおるような信頼だった。根拠も理屈もいらない。ただ“アリスならできる”と信じきっている――その無垢な想いの強さは、どんな戦略や計算よりも、ずっとまぶしく、力強い。
緋羽莉は、両手を前に向けたまま――アリスへと、想いを送り続けるのだった。




