第106話 スペシャルゲスト登場
「よう、来たな! アリス!」
校庭の一角、敗者復活戦参加者の集合場所で、一人の男子が声をかけてきた。
アリスのクラスメイト、5年2組のツートップ、風間。となりには、もうひとりのツートップ、杉山もいる。
「おはよう、ふたりとも」
アリスはあいさつを返す。英国淑女以前に、人としての当然の礼儀だ。
「へえ……なんか、おとといより雰囲気変わったな」「ああ、前よりビリッとくるぜ」
ツートップは、昨日の冒険を経たアリスの進化を感じ取ったようだ。……もっとも、いつもより身支度に気合を入れていたせいもあるかもしれない。
アリスはふふんと得意げにほほえみ、返事をする。
「まあね。すぐにわかるよ」
お楽しみはこれからだ――と言わんばかりの笑顔を向けられ、ツートップもそろって不敵な笑みを浮かべるのだった。
アリスは、そっと周囲を見渡す。集合場所には、自分を含めてざっと40人以上の児童がいる。思っていたよりも多い。
敗者復活戦は、予選で好成績をおさめた児童が参加できるという触れこみだった。
非常にざっくりとした条件ではあったが、現状の参加者の顔ぶれからすると――おそらくクラス予選ベスト8までに残っていたことが、正確な条件だったのだろうと推測できた。三回戦でアリスに負けた杉山がここにいるのが、そのいい証拠だ。
つまり最大参加者数は、ベスト8から本戦出場者二名を引いた6人×8クラス分の計48名。
そのうち何名までが本戦に進めるかはまだわからないが、予選以上に過酷なイス取りゲームになることは、まずまちがいないだろう。
なにしろ、参加者たちの目は一様に、殺気にも似た気迫を宿している。
一度はあきらめていたチャンスが、もう一度与えられたのだ。予選のときとは段ちがいの必死さと本気度が、ひしひしと伝わってくる。
だが、アリスは落ちついていた。意外なことに、ウォッチの中のブルーもだ。
数日前の彼からはとても考えられないほどの余裕ぶり。
そう――まるで、この中から本戦に進むのは自分だと確信しているかのような、自信に満ちた表情だった。
「――これより、ふしぎ小学校・校内ワンダーバトル大会・敗者復活戦出場選手の入場です――」
校内放送のアナウンスを合図に、集合した児童たちが列を組み、先生の先導のもと入場行進をする。
校庭には、外周をぐるっと取り囲む児童や保護者、その他観覧者の姿が見える。
色とりどりの服、揺れるのぼり、ざわめく歓声――本当に運動会のようだ。いや、盛り上がりはそれ以上かもしれない。
「アリスー! がんばれー!」
声援が飛び交う中、緋羽莉の声がひときわ大きく響いた。
その声をたよりに観覧スペースへ目をやると、ひときわ目立つ緋色の髪と長身の彼女が見える。
緋羽莉は背の高さを活かして、つま先立ちになりながら身を乗り出していた。そのはずみで、オフショルダーの肩口がわずかにずれ、健康的な肌が朝陽を受けてつやりと輝いた。
長い脚がしなやかに伸び、重心を前に預けた姿勢は、ただ声援を送っているだけなのに、いつもどおり目を引く存在感を放っている。
人ごみの中でもひときわ背が高く、引き締まりながらもやわらかさを残した体のラインが、立っているだけで自然と視線を集めてしまう。それでも本人は気づいていないのか、ただ一途に、アリスだけを見つめていた。
アリスはぱっと表情をあかるくし、笑顔で手を振り返した。
それを見た緋羽莉は、さらに大きく腕を振り返す。指先までしっかり伸びたその動きは、まるで舞の一節のようにしなやかで、ふわりと揺れるポニーテールと相まって、ひときわ目立っていた。
胸の前でぎゅっと手をにぎりしめる仕草には、抑えきれない想いがそのままにじんでいる。
――今日は、彼女のためにもがんばりたい。そんな思いが、胸の奥でぐっと強くなる。もちろん、ブルーも同じ気持ちだ。
緋羽莉の両脇にいる閃芽とりんごも、「私たちも忘れるな」と言わんばかりに小さく手を振っていた。
そして――参加者たちは朝礼台の前に並ぶ。
整列が終わると、校長先生が壇上にあがってくる。児童たちのテンションが、一気に下がる瞬間だ。また恒例のクソ長い話がはじまるのかと思うと、どうしても気が滅入る。
「えー、児童の諸君。今日はせっかくの日曜日なのに、お集まりいただきどうもありがとう。いや、みんなワンダーバトル大好きだろうし、“せっかく”でもないかな」
あいさつのあと、予想通り長い話がはじまってしまった。
本来なら休日ということもあり、うつらうつらする児童が内外問わずちらほらいる。観覧スペースの大人の中には、「早くはじめろー!」とヤジを飛ばす者まで出る始末だ。
我らがアリスはというと――その目はばっちり冴えていた。ゆうべぐっすり眠れたおかげだろう。
……とはいえ、話が退屈極まりないと思っているのは事実だった。
けれど、英国淑女は人前であくびなどしないものだ。別のことを考えながら、なんとかこの“虚無の時間”に耐えていた。
「……さて、このたびは突然の大会日程前倒し、実にもうしわけなかった。だが、これには、れっきとした理由があったのだ。……みなをシャキッとさせるために、いまこそその理由を明かそうと思う」
校長先生がニヤリと笑い、空を指さす。
――その瞬間。
バサッ、バサッと、空気を震わせるような大きな羽ばたきの音が響いた。
児童たちも、観覧スペースの人々も、一斉に空を見上げる。
頭上には――なにか巨大な影。
鳥……いや、それにしては大きすぎる。翼はするどく、空を裂くようにひろがり――
「ドラゴン……」
ドラゴン好きのアリスは、ひと目で、だれよりも早く気づいた。そして――その詳細な正体にも。
ウォッチの中のブルーも同様だ。ぶるっと身ぶるいし、ごくりとつばを飲み込む。
アリスの好きなものをすべて把握している緋羽莉も、観覧スペースから身を乗り出し、黄色いひとみをまんまると見開いていた。驚きのあまり、思わず一歩踏み出し、胸の前で手をきゅっと重ねる。その拍子に体がわずかにしなり、しなやかな曲線がやさしく揺れるが、本人はそんなことにも気づかない。
朝陽の光を反射する銀色の体。見ているだけで圧倒される威圧感。それはゆっくりと、参加児童の列のうしろへ舞い降りた。
7メートル近い巨体にもかかわらず、大きな音も、風さえもほとんど立てない。その所作は、まさに優雅のひとことに尽きる。
校庭じゅうを、痛いほどの沈黙が支配した。
その静寂を切り裂くように、銀のドラゴンの背中から、ひとりの男性が飛び降りる。
金髪碧眼の美形。白いコートを羽織った、どこかこの世界の常識から外れたような装いの、長身の成人男性。
その姿が地面に降り立った瞬間――校舎を揺るがすほどの大歓声が巻き起こった。児童たちの眠気も、一気に吹き飛ぶ。
この町、いやこの国、いやいやこの星に住む者なら、だれもが知っている存在。
全国大会14年無敗記録更新中の、日本チャンピオンウィザード――竜宮光児。
そしてそのパートナー、ドラゴンワンダー“銀翼の竜皇”【シルヴァリオ】。
アリスがあこがれ、ブルーも会ってみたいと願っていた、最強のコンビだ。
「紹介の必要はないだろうが、彼は竜宮光児くん。なにを隠そう、15年前にわが校に在籍していた……いわば、君たちの先輩にあたる人物だ」
校長先生がそう宣言した瞬間、今度は壮大な驚愕のどよめきがひろがった。
アリスも、緋羽莉も、りんごや閃芽も、その事実は知らなかった。
同時に、これほどの有名人が卒業生であるにもかかわらず、なぜその情報が知られていなかったのか――そんな疑問も浮かぶ。
いっぽう、ウォッチの中のブルーは、以前に沙織が言っていた言葉を思い出していた。
――「思ったより早く、シルヴァリオに会う機会がおとずれる」
あれは、このことだったのか。
サオリさんは、チャンピオンがここに来ることを知っていたんだ。でも、どうして?
そう結論づけ、ブルーは沙織への疑問をひとつ増やすのだった。
「……なるほど。大会日程が前倒しになった理由は、そういうわけか」
観覧スペースで冷や汗を流しながら見ていた閃芽が、腕組みしながらつぶやく。
りんごがくるりと顔を向け、前のめりになっていた緋羽莉も振り返り、きょとんと首をかしげた。
「……校長先生、ここからは僕が自分で話しますよ」
チャンピオンが、自前のマイクで声を響かせた。
よく通る、さわやかな美声。長年第一線で活躍してきた者の、自信と風格がにじむ声だ。
その瞬間、キャーキャーという黄色い悲鳴が響きわたる。
無理もない。アリスでさえ、チャンピオンの生の声(マイク越しではあるが)に、不覚にもドキッとしてしまうほどだった。
周囲が熱狂に包まれる中でも、緋羽莉の視線は一度だけチャンピオンへ向けられ――すぐに、アリスへと戻る。
すごい人だとは思う。けれど、自分にとっていちばん輝いて見えるのは、やっぱりアリスだけ。そう言わんばかりに、小さくうなずき、胸の前でぎゅっと手をにぎりしめた。
チャンピオンは、無駄のない美しい動作で歩き、朝礼台の上へとあがる。その所作ひとつひとつが洗練されていて、校庭がまるでランウェイになったかのような錯覚を覚える。
「みんな、せっかく楽しみにしていた大会なのに、日程を早めることになってしまって、本当にすまない。実は今回、僕は大会のゲストとして、校長先生からオファーを受けていたんだが、本来の開催日ではこちらのスケジュールとかぶってしまっていてね……でも、僕の原点である母校のイベントには、ある事情もあって、今回はどうしても参加したかった。だから校長先生に無理を言って、開催日を前倒ししてもらったというわけなんだ。この場を借りて、心よりおわびしたい」
言い終えると、チャンピオンは深く頭を下げた。
同時に、どよめきが巻き起こる。観覧スペースからは、いくつものシャッター音が響いた。
アリスはもちろん、敗者復活戦の参加者も、その権利すらない敗退者たちも、事情を聞いて納得したようだった。
――あのチャンピオンが来てくれるのなら、仕方ない。そんな空気が、場全体にひろがっていく。
たとえそうでなかったとしても、チャンピオンにここまで丁寧に頭を下げられてしまえば、これ以上責める気など起こるはずもない。
「その代わりと言ってはなんだが――」
チャンピオンは顔を上げ、にやりと笑う。
「いまから行われる敗者復活戦の企画と内容は、すべて僕が考え、手配させてもらった。――これから、その内容を発表しよう!」
謝罪のときとは打って変わって、今度はやり手の司会者のようなテンションで宣言をぶちあげる。
観覧者たちもそれに呼応するように、一気に熱気を取り戻した。まるでテレビ番組の収録現場のような盛り上がりだ。
チャンピオン発案の敗者復活戦。果たして、その内容はいかに……?




