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ワンダフルコネクト ~アリスとドラゴンのグレイテストロード~  作者: 稲葉トキオ
第3章 アリス・ハートランドと緋色の翼

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第104話 なんてことない前夜と祈り

 時刻は夜9時。


 入浴と、明日のための準備をすませ、アリスはいつもより早めにベッドにもぐりこんでいた。


 右隣には、寄り添うように抱き合っているブルーとモモ。


 左隣には、ひと足先にぐっすりと眠りについている、人型のミルフィーヌ。


 グリンとレッドは体が大きすぎるため、もちろんウォッチの中で眠っている。もっとも、サイズの問題を抜きにしても、レッドがいっしょに寝たがる姿は、どうにも想像できないけれど。


「……はあ、それにしても……今日は激動の一日だったなあ……」


 アリスは、薄闇に包まれた天井を見上げながら、ぽつりとつぶやいた。


 となりでブルーも『そうだね』と小さくあいづちを打つ。


 今日いっしょに行動していたみんなが、きっと同じことを感じているだろう。それぞれの寝床で、同じようにこの一日を思い返しているにちがいない。


(緋羽莉ちゃん……)


 そんな中でも、アリスの心に真っ先に浮かぶのは、やはり緋羽莉のことだった。


 というより――今日は一日中、彼女に心をかき乱されっぱなしだった。


 朝起きてから、ずっと冷静でいられなかったブロッサムスクエアでの出来事。


 裏山での冒険では、二度もさらわれ、そのたびに振り回されて――


 もし自分がこの物語の主人公だとしたら、ヒロインは緋羽莉なんじゃないか。そんなふうに思ってしまうほどだった。


 アリスは、ちらりと枕元のスマートウォッチに目をやる。見送りのときに言っていたとおり、今夜は緋羽莉からのコールはない。


 今日は話したいことがありすぎて、もし通話をしてしまえば、きっと夜ふかしすることになってしまっただろう。


 だから、これでいい――はずなのに。それでもやっぱり、どこかさびしい。


 ……けれど。そんな思いも、頭の中でゆっくりとかき混ぜられるうちに、少しずつ輪郭を失っていった。


 なにしろ――今日は、あまりにも疲れすぎていた。まぶたが重く、意識がゆらゆらと揺れる。


 こんなふうに眠気に襲われるのは、サッカークラブの試合のあと以来かもしれない。


 ――今日は、ゆっくり休んでね。


 見送りのときにかけられた、緋羽莉の言葉がよみがえる。


 その言葉に背中を押されるように、アリスはそれ以上考えることをやめた。


 モモはすでに、ブルーの腕の中でぐっすりと眠っている。その寝顔は、すっかり安心しきったものだ。


 自分たちといっしょにいることを、心からしあわせに感じてくれている――そんなことが、見ているだけで伝わってくる。


 ブルーは、そんなモモの頭を、いとおしそうにそっとなでた。


 モモは、ブルーにとって妹のような存在になりつつあるのかもしれない。


 ……もっとも、モモ本人は、それ以上の関係を望んでいそうではあるけれど。


「ブルー……明日は、がんばろうね」


『……うん』


 小さく言葉を交わし、気持ちを確かめ合う。


 そしてふたりは、ゆっくりと夢の世界へと沈んでいった。


 明日は、校内大会の敗者復活戦――そして、本戦。剣城玲那に勝ち、優勝する。それが、アリスの目標だった。


 しかし正直に言えば、今日の冒険の最中、アリスはその目標を少しずつ忘れかけていた。


 それは、ただ楽しくて夢中になっていたからだけではない。


 その目標すら、どこかささいなことのように思えてしまうほど、心の中に余裕が生まれていたのだ。


 こうして、ぐっすりと眠ろうとしているのも――明日が、いつもと変わらない一日だと、どこかで思っているから。


 それは、自分でも気づかないうちに積み重なっていた、心と体の成長の証。


 明日は、その力がきっと、存分に発揮されることだろう。


 ――けれど。大きな目標――ブルーをドラゴピアに帰すことだけは、決して忘れない。校内大会は、そのための通過点にすぎないのだ。


 だからこそ、明日元気に戦うために。今夜は――おやすみなさい。



 ☆ ☆ ☆



 夜中。しんと静まり返った空気の中で、彼女の息づかいだけが、かすかに闇に溶けている。


 青い月の光に照らされた広い庭で、緋羽莉はポニーテールを結ぶリボンを揺らしながら、静かに踊っていた。その身を包むものはほとんどなく、月光そのものをまとっているかのように、輪郭がやわらかく浮かび上がっている。


 それはバレエのようで、舞のようでもある、彼女自身がその場で紡ぎ出した祈りの踊り。アリスの明日の勝利と、元気と健康を願う、心からの祈りの舞だった。


 決まった型に縛られない自由な動きは、感情のままにあふれ出す想いをそのまま形にしたものだった。


 その動きはしなやかで、かつ大胆で躍動的。ひとつひとつの所作に、やわらかな曲線と確かな力が同時に宿り、見る者の視線を自然と引き寄せる。


 鍛え上げられた全身が、あふれる生命力そのものを表現しているかのようだった。伸びやかにひろがる腕、踏みしめる足、ひねるように回る胴――すべてが連なり、ひとつの流れる線となって夜を彩る。


 直前に清めの水を浴びたことで、もともとつややかな肌は、月の光を受けてやわらかく輝いている。水滴はすべるように肌を伝い、そのたびに、なめらかな起伏が淡く強調されていく。


 動くたびに、水滴がきらりと弾け、夜の静寂にきらめきを添えていた。跳ねたしずくが空中で散り、まるで小さな星が舞っているかのようにきらめく。


 緋羽莉は、頭の中も胸の中もアリスのことでいっぱいにしながら、舞い、回り、跳ねる。そのたびに、想いがあふれるように動きが大きくなり、胸の奥にある「大好き」が全身からこぼれ出ていく。


 どれだけ動いても、その表情に疲れは見えない。むしろ、アリスを思うほどに頬はやわらかくゆるみ、幸福に満ちた色を深めていった。


 それは、うっとりするほど穏やかで、どこまでも晴れやかだった。


 夜風が頬をなで、髪を揺らす。風に乗って、ほのかな甘い香りがひろがり、場の空気さえやさしく変えていく。


 その心地よさが、彼女の想いをさらに高めていく。胸の奥で灯るあたたかな感情が、動きとなって外へ外へとあふれていく。


 ――この気持ちが、アリスに届きますように。――わたしのすべては、ぜんぶ、ぜんぶ、アリスのために。


 そう願うように、月へと手を伸ばし、大きく跳ねた。宙に浮いた一瞬、全身がすっと伸び、無垢な美しさとほのかな艶やかさが重なり合う。


 花のような笑顔。ダイヤモンドのようにきらめく肌。


 軽やかに揺れる緋色のポニーテール。


 羽のようにやさしい動きと、茉莉花のような甘い香り。


 それらすべてを夜空へと解き放つように、緋羽莉は舞い続ける。愛しさをそのまま夜へ差し出すように、ひとつひとつの動きに祈りを乗せながら。


 縁側では、不死鳥のヒナ【スカーレットチック】のアカネをはじめとしたパートナーたちが、その姿に見とれていた。


 女性型コンビのシンディとヨシノも、緋羽莉に念入りに施されたケアのおかげで、月明かりを受けてやわらかく輝いている。


 誰ひとりとして目を離せない。ただそこにあるだけで、心を奪われるような美しさだった。それは飾られた美ではなく、内側からあふれ出る命の輝きそのものだった。


 その光景は、どこか神聖な儀式のようでもあった。


 そして――ひとしきり踊り終えたあと。最後の動きが静かにほどけ、余韻だけが庭に残る。


 緋羽莉は両腕を大きくひろげ、ゆっくりと体を反らしながら、月を見上げた。胸を開くその姿は無防備で、それでいてどこか神聖さを帯びている。


 まるで、降りそそぐ光をその身で受け止めるかのように。


 整った体が、静かに息づき、ひときわ強く光を帯びたように見える。呼吸に合わせてわずかに揺れるその姿が、やさしいリズムを刻んでいた。


 やがて、目を閉じる。長いまつげがふっと影を落とし、穏やかな表情がいっそう際立つ。


 ゆっくりと両腕を胸の前に引き寄せ、指を組む。


 そして、祈る。――大好きな親友、アリスのために。胸の奥にある想いを、そっと両手で包みこむように。


 頬をほんのりと染め、やわらかな笑みを浮かべながら。そのほほえみには、隠しきれないほどの愛しさがにじんでいた。


 その姿は、ただまっすぐで、迷いのない想いそのものだった。


 アリスのためなら、どんなことだってできる。どんなに遠くても、どんなに届かなくても――それでも想い続けると、心の底から信じている。


 そんな強い意志を宿したまま――緋羽莉は、静かに祈り続けた。


 夜が明け、朝日が庭を照らしはじめる、その瞬間まで。冷えた空気の中でも、その体から失われることのないぬくもりが、静かに燃え続けていた。


 やがて昇る朝陽が、その姿をやさしく包みこむ。光の中に溶けていくその輪郭は、まるで祈りそのものが形を持ったかのようだった。


 長い祈りの時間を経て、なお揺るがぬ想いが、そこにあった。


 そのあまりにも一途で、まっすぐな祈りが届いたのか――


 夢の中にいるアリスは、疲れがすっかり消え去るほど、深く穏やかな眠りに包まれていた。


 目覚めたときには校内大会本戦を、万全の状態で迎えられることだろう。

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