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ワンダフルコネクト ~アリスとドラゴンのグレイテストロード~  作者: 稲葉トキオ
第3章 アリス・ハートランドと緋色の翼

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第102話 カラスが鳴くから帰りましょ

「緋羽莉ちゃん、緋羽莉ちゃん」


 アリスはしゃがみこみ、気を失っている緋羽莉のつややかなほっぺを、ぺちぺちとやさしくたたいた。


 いつまでもそのままにしておくのは、さすがにかわいそうだと思ったからだ。本当なら真っ先に声をかけてあげたかったが、山の神とのやり取りに気を取られ、タイミングを逃してしまっていたのだ。


 うつぶせに倒れたままの緋羽莉は、すらりと長い手足を地面に投げ出し、その豊かな体つきが服越しにもはっきりとわかる。ふわりとただよう甘い香りが、まだここに彼女のぬくもりが残っていることを教えていた。


 押し当てられた頬が、やわらかくむにっと形を変え、その弾力が指先にじんわりと返ってくる。思わず何度も触れたくなるような、愛らしい感触だった。


「う……ん……」


 緋羽莉は、ゆっくりとまぶたを開く。長いまつげがかすかに震え、その拍子に、頬にかかっていたやわらかな髪がさらりと揺れた。


 そこからのぞく黄色く輝くひとみ。やわらかなくちびるからは、かすかに甘い吐息がもれる。そのたびに胸もとがゆるやかに上下し、ほんのり上気したような頬は、夕焼けに照らされて、いっそうなめらかなつやを帯びていた。


 そのようすを見て、アリスとブルー、りんごは、ぱっと安堵の笑顔を浮かべた。


 緋羽莉はまだ少しぼんやりしたまま、きょろきょろとみんなの顔を見回す。起き上がろうとした拍子に、ポニーテールがふわりと揺れ、結ばれた黄色いリボンが軽やかに跳ねた。胸もとのフリルも小さく揺れて、視線を引き寄せるようにふわっと動く。


「あれ……もしかして……終わっちゃった……?」


「うん。またまた、緋羽莉ちゃんのおかげでね」


 アリスはにっこりとほほえみ、心からの感謝を伝えた。


 ブルーとりんごも、うんうんとうなずいている。


 緋羽莉はゆっくりと体を起こす。自分のことは自分で――という性格の彼女は、こういうときに誰かの手を借りることを好まないのだ。


 地面に手をついて体を持ち上げるその動きは、しなやかでありながら力強く、引き締まった腕の筋肉がわずかに浮かび上がった。


 そして、そんな彼女にしてはめずらしく、ぷうっと頬をふくらませ、不機嫌そうな顔を見せた。そのしぐささえもどこか愛らしく、丸みのある頬がむにっとふくらむ。ほんのり赤みも差し、そのままつつけば今にも「むーっ」と声が出てしまいそう。


 アリスにはすぐにわかる。ブロッサムスクエアの戦いのときにも見せた、あの表情だ。


「また、わたしとブルーのかっこいいところ見逃したのが、残念なんでしょ?」


 いたずらっぽく言いながら、アリスはぷにぷにと緋羽莉のほっぺをつつく。


「そうだよ。これがみんなとのはじめての冒険だったわけだし、最後まで見届けたかったよ。まだまだわたし、修行が足りないなあ……」


 緋羽莉は、しゅんとうなだれた。頭の上の花冠も、心なしかしおれているように見える。肩を落とした拍子に、たすきがけのポーチが胸もとで揺れ、そのやわらかなラインをそっとなぞる。いつもは元気いっぱいで前向きな彼女が、ここまで落ち込むのは本当にめずらしい。


 りんごは、「そんなことないよ」と言いかけた。けれど、自己肯定感の低いりんごだからこそ、そうした気休めが逆効果になることも知っている。だから、その言葉をぐっと飲みこんだ。


「そういうことなら、私が記録しておいてあげたから安心しなよ。あとで送ってあげる」


 閃芽が、少しあきれたような顔で言いながら、左手のスマートウォッチを軽く持ち上げ、にやりと笑う。


 スマートウォッチには、自動撮影のカメラ機能が搭載されている。バトルのようすを記録したり、そのまま動画として保存・共有することもできるのだ。


「ほんとう!? ありがとう!」


 緋羽莉はぱっと顔を輝かせ、笑顔の花を咲かせた。頭の花冠も、まるでそれに呼応するかのように、みずみずしさを取り戻す。その声はやわらかく甘く、耳に届くたびに心までほどけてしまいそうになり、その笑顔は場の空気をあかるくし、見る者の胸まであたたかくするようだった。


 生で見られなかったのは残念だが、アリスとブルーの活躍をあとから見られる――それだけで、心の底からうれしそうだった。


 そんな緋羽莉に感謝され、閃芽もどこか満足げに胸を張る。


『花の姫君よ、おぬしの活躍もみごとじゃったぞ。最後まで立ち続けることはかなわずとも、その存在はまちがいなく、皆の中心にあった』


 山の神もまた、目覚めた緋羽莉に、やさしく称賛の言葉を贈る。アリスとりんごも、その言葉に同意するようにうなずいた。


 緋羽莉は「ありがとうございます」と、ふにゃりとした笑顔で応える。まさに“花の姫君”と呼ぶにふさわしい、やわらかく、あたたかな笑顔だった。ほんのりと汗ばんだ肌が光を受けてきらめき、その生命力あふれる美しさに、思わず目を奪われる。


 やがて――山頂に「カア、カア」と、カラスの鳴き声が響きわたる。


 夕暮れの気配が、少しずつあたりを包みはじめていた。


『おお、もうこんな時間か! おぬしたち、今日はそろそろ帰る時間じゃぞ』


 山の神の言葉に、アリスたちはそれぞれスマートウォッチを確認する。時刻は、いつのまにか夕方5時を過ぎていた。


 午後12時半ごろに山へ入り、約四時間半。だが体感では、その倍は冒険していたように感じられる。


 ここは異空間――外の世界とは構造が異なるため、時間や距離の感覚がずれることがある。そんな話を思い出しながら、アリスたちはあらためて、この場所のふしぎさを実感していた。


「帰るって……この山を、その……降りるんだよね?」


 りんごは、おそるおそる口にした。


 裏山異空間(ワールド)――ここまで登るだけでも、相当な時間と体力を使った。それをまた歩いて下山するとなると……正直、気が遠くなるというものだった。


 するとアリスは、「だいじょうぶよ」とウインクした。


 それに応えるように、山の神がゆったりと声を響かせる。


『ほっほっほ。案ずるな。ワシのチカラで、結界の外まで転移させてやろう』


 かっかと笑うその言葉に、りんごはほっと安堵の息をもらした。


 この異空間を作ったとき、裏山の中にいた人間すべてを結界の外へと送り出した――そのチカラを使ってくれるのだ。アリスは、すでにそれに気づいていた。


 さらに山の神は、こんなことも教えてくれた。


 裏山で起きたことをすべて把握している彼は、攻略に失敗した子どもたちが安全に下山できるよう、さりげなく道を誘導したり、ときには転移で助けていたのだという。


 そのおかげで、この裏山の遭難者数は、いまなおゼロを更新し続けているらしい。


 ……つまり。トオレントやモグラにさらわれたとき、必死になって緋羽莉を助けに行く必要はなかった――という事実を知り、閃芽は露骨に不機嫌そうな顔をした。


 なお、転移で外に出す際には、それと悟られないように、記憶をほんの少し調整するらしい。


 絶対の安全が保証されてしまっては、それはもう“冒険”とは呼べない――そんな山の神なりの考えがあるのだ。


 だからアリスたちも、このことは誰にも話さないようにと、しっかり釘を刺された。


『それでは、勇敢な子どもたちよ。またいつでも遊びにくるがよい! さらばじゃ!』


 別れの言葉とともに、アリスたちの足もとがやわらかな光に包まれる。


 緋羽莉が大きく手を振った、その瞬間――四人の体は、ぱっと山頂からかき消えた。


『あの子たちはいずれ、大きな希望の光となりそうじゃのう……』


 山の神は、黄昏に染まる空を見上げながら、意味深な言葉をつぶやいた。



 ☆ ☆ ☆



 ――ぽんっ!


 軽い音とともに、アリスたち四人とブルーは、学校の裏山の入口に立っていた。


 転移(ワープ)というのは、生まれてはじめての体験だ。


 けれど、あまりにも一瞬の出来事で、感慨にひたる間もなかった。


「あー、楽しかったね、みんな!」


 緋羽莉は、そびえ立つ裏山を見上げながら、ぐーっと背伸びをする。その顔には、満面の笑みがひろがっていた。


 背中を反らすその動きにあわせて、すらりとした体のラインがぐんと伸び、健康的でしなやかな美しさが際立つ。指先までぴんと伸ばしたその仕草は、元気いっぱいでありながらどこか艶やかで、思わず見とれてしまうほどだった。


 頭には、山のワンダーたちからもらったピンクの花冠。そこに添えられた白い花が、夕陽を受けてきらきらと輝いている。ゆるやかに波打つ髪が光を受けてやさしくきらめき、花冠とともに、まるで一輪の花のような華やかさをまとっていた。


 あれほどの大冒険を経たにもかかわらず、彼女の表情には、ほとんど疲れの色が見えない。むしろ、ほんのりと汗ばんだ肌がいきいきと輝き、生命力あふれる魅力をより強く感じさせる。


「……そうだね。たしかに、楽しかったかも……」


 りんごは、さすがに疲れをにじませながらも、やわらかく笑った。


 はじめての冒険は大変なことも多かったが、それ以上に得たものが大きかったのだろう。すでに、大切な思い出として胸に刻まれているようだった。


「まっ、私もそれなりに楽しめたかな」


 閃芽も肩をすくめながら、同じように答える。


「うん、わたしも! ブルーはどうだった?」


 アリスは、隣に立つブルーを見下ろしてたずねた。


『うん……ぼくも……すっごく楽しかった!』


 ブルーはアリスを見上げ、満面の笑顔でこたえる。


 その無邪気な表情に、みんなの顔も自然とほころんだ。


 そして四人と一体は、今日の冒険の思い出を軽く語り合いながら、ひとしきり笑い合ったあと――


「じゃあ、わたしは帰るね。みんな、また明日」


「私も帰るよ。せっかく力を貸してやったんだから、明日の校内大会、優勝しないと承知しないからね」


 そう言って、りんごと閃芽は、それぞれの帰路へと向かっていった。


 アリスは、閃芽に言われてはっとする。


 そういえば――明日は校内大会の敗者復活戦、そして本戦があるのだった。それすらすっかり忘れてしまうほど、今日の冒険は濃くて、楽しい時間だったのだ。


「さーて、わたしたちも帰ろっか! 今日はもう、さすがにへとへと!」


 アリスは、ぐーっと大きく伸びをする。


 足もとでは、ブルーも『ぼくも……』と、くたっとしたようすで疲れた顔を見せていた。


「はい、おうちまで送っていくね」


 緋羽莉は満面の笑顔で、さりげなくアリスの手をにぎる。


 大きな手のひらがやさしく包みこむ。あたたかく、やわらかさの中にしっかりとした力強さが感じられる。


 長い指がそっとからむ。その指先は意外なほど繊細で、触れられるだけで安心感が胸にひろがっていく。


 触れ合った指先から、あたたかさとともに、どきりとするようなやわらかな感触が伝わってきた。


 ――何があっても離さない。わたしがそばにいるよ。


 そんな強い意志とやさしさが、じんわりと伝わってくる。


「……うん、ありがとう」


 アリスはその気持ちがうれしくて、少し顔を赤らめながらほほえみ、その手をにぎり返した。


 ふたりは手をつないだまま、夕陽に照らされる道を、アリスの家へと歩き出す。


 その足もとを、ブルーがとてとてと追いかけていく。


 ――家に帰るまでが冒険。それぞれが、それぞれのゴールを目指して、やさしい帰り道を歩いていくのだった。

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