下村一輝
10時前にはロビーに下村一輝はやって来た。
手ぐすね引いて待っていた面々が居るが、下村一輝は意に介していなかった。
そう見えた。
「おはよう。」
「おはよう。」
「あ……こちらは、下村一輝さん。
私の友達夫婦が3組で、こちらが拓海君夫婦。
こちらが翔太君夫婦で、こちらが美里夫婦。」
「初めまして。」
「初めまして、ありがとうございます。」
「こちらこそ……。」
「いやぁ~、助かりました。」
「何がですか?」
「皆さんが会ってもいい。来てもいい、そう言って頂けたから来れました。」
「お茶でも飲みませんか?
立ち話って訳にはいかないですから……。」
「そうですね。お願いします。」
「じゃあ、あちらで……。」
ラウンジに行った。
「ロビーでも飲めるかもしれませんが、こちらのほうが良いと思いまして……。」
「こちらの方が良いですね。ご配慮痛み入ります。」
「俺から伺ってもいいですか?」
「はい。どうぞ!」
「詩織ちゃんのどこに惹かれたんですか?」
「別れた妻と真逆な所ですね。」
「離婚された奥様と……真逆とは?」
「妻は……元妻は、ですね。
元妻は親の虐待に遭っていたので心の傷が深かったんです。
子どもを持ちたくない!というのも、自分も子どもを虐待してしまうのではない
かと怖い……と言っていました。」
「虐待を受けた子どもの全てが虐待をする親になる訳ではないですよね。」
「ええ! でも怖くて持てなかったんです。子どもを……。
授かることを恐れていました。
子どもを持たないと夫婦で決めて、でも、周囲からの何気ない言葉に……
妻は傷ついていったんです。
子どもが居る家庭を望む気持ちがあったのかもしれない…と今は思っています。
段々、精神的に追い詰められていったんです。
世間の家族・夫婦と自分たち夫婦の差が辛かったと……。
別れ話が出て、僕が寄り添えていなかった事実を突きつけられました。
僕も疲れてしまってたんでしょうね。
離婚届を前にして、署名する時、迷わなかったんです。」
「奥様は? 今、どうなさって?」
「詩織さん、元妻は大丈夫! 今は支えてくれる伴侶が傍に居るから…。」
「再婚されたんですか?」
「はい。今年……。
僕も前を見ようと思っていた時に、詩織さんを見て……。」
「それが、妊娠中の後輩を……の時ですか?」
「はい。元妻とは真逆だと思いました。
優しさも……強さもある。見合いの席で断る勇気は好ましいと思った。
元妻だったら、断れなかったと思う。
僕と結婚している間、僕の親や自分の親からの……断れなかった。
断りたかったこと、嫌だと言いたかったこと……出来なかったんです。」
「詩織が強いって思ったからですか?
それは、詩織を支えたくないから? 詩織に支えて寄り添って欲しいから?」
「美里さん、僕はお互いに支え寄り添える可能性を見たからです。
だから、もっとお互いを知り合えたら……そう思ったんです。
前の結婚では出来なかった……。
子どもを望まれて……特に、元妻の親の孫を!という要求………
言われた時に僕は傍に居なかった。常に……。
そういう積み重ねが、子どもを持たねばならない……けど……怖い。
追い詰められていったのに僕は話して貰えないまま……で……
妻は精神的に追い詰められてしまった。」
「…………………。」
「奥様は……精神疾患に?」
「はい。うつ病になりました。」
「うつ病……。」
「リストカットして……僕は頼りにならなかった。
離婚して欲しいと言われた時、仕方ないとも思って……
サインしたら……離婚したと知った妻の親が激怒したそうです。」
「激怒……。」
「ええ、世間体が悪い!と……。
妻は入院しました。精神科の病院に……。
それからは、精神疾患の方のための施設に入ったそうです。」
「奥様が再婚されたということですが、お相手を御存じなんですか?
済みません。失礼な質問ですね。」
「いいですよ。えっと……。」
「拓海です。」
「拓海さん、妻のお相手の方は入院中に知り合った方です。」
「入院中……。」
「そうです。同じ苦しみを分かち合える方だそうです。」
「では、同じように虐待を受けた方ですか?」
「そうらしいです。
ただ……同じ苦しみを分かち合える方でも精神的に大丈夫か心配でした。」
「そうですね。俺でもそう思いましたから……。」
「結婚してから、まだ日が浅いですが……サポートしてくださる方々がおられるよ
うなのです。」
「それは、良かったですね。安心なさったでしょう。」
「ええ………やっぱり優しいですね。詩織さん。」
「えっ?」
「詩織ちゃんは優しいんですよ。
だから、見極めさせて頂こうと同席した次第です。
俺にとっては妹みたいな子なんです。」
「妹……そうなんですね。……貴方は…翔太さんですね?」
「はい。翔太です。」
「俺にとっても大切な妹ですから……。」
「はい。拓海さんにとっても見極めのためですね。」
「そうです。」
「勿論、美里さんにとっても?」
「はい。」
「一つ伺います。」
「どうぞ。」
「詩織ちゃんに『落とす。』と仰いましたよね。」
「あぁ……言いました。」
「ほとんど会ったことが無かったんですよね。
それなのに自信がある!ということですか?」
「無いです。」
「無い?」
「はい。全く。」
「では何故?」
「僕も変わりたかったからでしょうか?
あの日、ドラマとかに出てくる人物のように変えたかった。」
「では、今 目の前の下村さんが本来の下村さんということですか?」
「そうですね。
離婚してから恋愛を考えられなかった。
でも、詩織さんとの出逢いは僕の人生を変えてくれると思ったんです。」
「それは詩織ちゃんに恋した。そういうことですね。」
「はい。だから会いに来ました。」
「詩織ちゃん、単純に失礼な奴じゃないよ。」
「拓海君。」
「俺もそう思う。」
「翔太君。」
「詩織さん、僕と付き合って貰いたい。
僕は君を知りたい。今よりも、もっと。」
「今、返事をしないといけないの?」
「待つから……待ってるから。」
「……………………。」
「詩織……ゆっくり考えたら? ねっ!」
「待ってて貰えるなら、ゆっくり考えたら良いと思うぜ。」
「断ってもいいんだからな。」
「………そうね。」
「じゃあ、ゆっくり考える一環として少し二人で話したら良いんじゃないか?」
「そうな。それが良いわ!」
皆に勧められて下村一輝と二人で旅館の庭園を歩いた。
歩いていると思い出す。
あの日の翔太君を……美里を……そして拓海君を……
皆、本当に良かったと思いながら歩いた。




