【003】倒れたアリシア
アリシアの居場所を特定するのは困難と思われた――が。
意外と早く彼女は見つかった。
数日でも半年でも、一年でも。
あるいは、それ以上でも。とにかく捜索を続けようと思っていただけに、行方を晦ました翌日に発見に至ったというのは、かなり上出来と言える。
バーナム公爵邸の門前に馬車が停止したかと思うと、中からひとりの女性を腕に抱えたレイノルドが飛び出してきた。
レイノルドは玄関ホールを足早に抜けながら、たまたま居合わせた使用人に医者を呼ぶように指示を飛ばす。
「……アリシアちゃん、見つかったのね」
アリシアが使っていた寝室に運び、部屋を出ると、レイノルドとアリシアの帰宅の知らせを受けたらしい母親が心許なさそうに立ちすくんでいた。
長く社交界の華として君臨し、堂々とした振る舞いを見せるヴェロニカにしては珍しい様子だった。
それだけアリシアのことが心配だったのだろう。
当然だ。
貴族令嬢が出奔する例は、珍しくはあってもなくはない。しかし、その末路は言わずもがななのである。
「いったいどこに?」
父親の執務室を目指して歩き出したレイノルドの隣に並び、ヴェロニカが訊ねた。
「父上のところでお話しします。ただ、彼女が目覚めたあとのことはお願いしてもよいですか。もちろん私もできる限り気にかけますが、彼女は……」
最後に会ったときの彼女を思い出す。
彼女は自分にも恨みを抱いているのだ。
そんな自分になど世話を焼かれたくはないだろうと、レイノルドはぐっと喉を鳴らした。
そもそも、自分で決めて行方を眩ました彼女を無理に連れ戻したと自覚しておかなければならない。
たぶん、彼女はあのまま――。
父フィリップの執務室の扉をノックする。すぐに返事があったので、ヴェロニカと共に入室した。
フィリップのもとにも、レイノルドがアリシアを連れ戻った旨の連絡は入っていたのだろう。
室内にいたのはフィリップのみで、すでに人払いがされていた。レイノルドがヴェロニカと共に訪ねてくることも察していたらしく、執務机の前には二脚の椅子が置かれている。
レイノルドとヴェロニカはそこに腰掛け、フィリップと向き合った。
「彼女は、自宅にいました」
「……自宅?」
「はい。厳密に言うと、少し前まで自宅だった場所に」
彼女を発見したときのことを思い返して、レイノルドは苦悶にも似た表情を浮かべる。
(扱いの酷さは聞いていたが……あのボロ小屋に住んでいただと? たったひとりで? ずっと? 雨風が防げるだけといったあの場所に?)
文字情報だけではわからないこともある。
身をもって知った瞬間だった。
――家族から引き離され、小屋らしき建物で成長。
婚約を結ぶ際の調査書に書かれていたのはこれだけだった。呆気ないものである。
レイノルドと婚約を結ぶにあたり、王家による調査が入ることはアリシアに伝えてあった。そのため、結果について、気になるところは直接本人にも確認している。
家族から引き離されて小屋で育ったという件に関して、アリシアは「小屋というのは大袈裟だけどね」と言っていたが、あれは嘘だったのだ。
でも、実際にあの場所を目にして、言えるはずがないかとも思った。本当にボロ小屋だったのだ。いつ倒壊してしまうかわからないというような。
たとえ、親身になって相談に乗ってくれるような人間が相手であっても、あの境遇を口にできる人は多くないだろう。
「彼女が家族から隔離されて……小屋のような場所で育ったというのは父上も把握しておられるかと思いますが、彼女はそこにいました。呼び掛けても一切反応がなかったので、何か薬物でも摂取したのかと。医者は手配済みです」
「ねえ、ちょっとそれって……」
「……自死しようとしたのか……嫌な想像ですが、あり得ることだと……思っています」
これは想像の域を出ないことだ。
しかし、あのまま誰にも見つからず放置していれば、いずれは――という事実が、レイノルドの胸に重くのしかかる。
彼女は追い詰められていた。
それは間違いない。
そして、追い詰めたのは自分たちだ。
自分の場合、直接手を出したわけではないが、わざとでなかったから許してくれなどとは到底言えるものでない。そこに傷付いた被害者がいるのに。
「……そうか」
腕を組み、背もたれに背中を預けて溜め息を漏らすフィリップ。
悩んでいるのだろう。
今後、彼女への対応をどうするのか。
昨日までは、彼女をどこかの貴族の養女にして婚約を継続する予定になっていた。
だが、今となってはそれも難しそうだ。目を覚ましたアリシアがすんなりレイノルドを受け入れるとは思えない。
「お前はどうしたい?」
「……私ですか?」
「当然、アリシア嬢本人の意向が最優先だが。それとは別に、お前がどうしたいのかを確認しておきたい」
そう訊ねられても、レイノルドとしても、アリシアの意に沿う以外の選択肢はないのだが。
「……もし、アリシア嬢がお前を受け入れるなら、このまま結婚してもいいと思うか?」
「……その可能性はほとんどないと……思いますが……はい、私は彼女を――」
愛していると言いたかった。
しかし、その資格はもはやないように思えた。
自分が未熟なあまりに、人に言ってはならないことを言ってしまった。アリシアに限った話ではない。「お前さえいなければ」などと、誰に対しても吐き出してはならなかった。そして、自分の影響力をもっと自覚しておくべきだった。
「でも、あなた。その前に、アリシアちゃんには療養が必要よ」
「それはそうだな。彼女の希望次第にはなるが、専属の医者を手配して、どこか長閑な場所でゆっくり過ごしてもらうのもいいかもしれない」
おそらく、アリシアには今まで一瞬たりとも安らげる時間などなかっただろう。
フィリップの提案は、レイノルドから見ても良いもののように思えた。
レイノルドは王都に残るが、やりたいこともある。そのあいだに、彼女には誰にも傷付けられない安全な場所で、心を休めてほしいと思う。
(ああ、だが、彼女のことだから、うちで面倒を見るというのも嫌がるかな……)
彼女にとったら、自分たちは加害者とその家族だ。その庇護下に置かれることを良くは思わないかもしれない。
――そのときはそのときでまた考えなければ。
レイノルドは両親の会話を耳に入れつつ、肩にぐっと力を入れた。




