ShortEpisode02 嘘から出たまこと
「そう言えばあの嘘、本当になったな」
ヒューズがそう呟いたのは、レナスが彼を少し遅めのお昼に付き合わせているときだった。
二人がいるのは騎士団の側の公園。
しかし昼時を過ぎたそこは、うだるような熱さもあり、人気はない。
二人が座るベンチは木陰なのでまだ涼しいが、それでも二人の額には汗がにじんでいる。
それにレナスがああだこうだと文句を言っていた中、不意にヒューズがこぼしたのが先ほどの言葉だった。
「あの嘘ってどれのこと?」
パニーニをかじりながらそうたずねるレナス。その頬についたソースを拭いながら「エイプリルフール」とヒューズは答える。
聞き慣れない単語に一瞬きょとんとしたが、すぐにそれが英語だと気付きレナスは慌てて記憶をたぐり寄せる。
「ああ、Pesce d'aprileね」
「今年も吹聴してただろう、ついに結婚が決まったって」
「吹聴とは酷いい草ね。それにあんた、一瞬で切り捨てたじゃない」
「だってお前、毎年その嘘つくじゃねぇか」
「本気で言ってた年もあるもん」
と言いつつ、その一つとして叶わなかった長年の日々にレナスはこっそりと凹む。
「っていうか、今年も割と本気だったの。あのころはアルベールと、割と上手くいってたし」
「ローマに出かける少し前くらいだったか」
「今思うと不思議よね、あのアルベールの一挙一動にときめきとか感じてたんだもん」
「お前、それはアルベールに失礼だろう」
「いや、今だって王子様っぽいことしてると格好いいなってちゃんと思うわよ」
まあ欠点の方が目につくようになったのも事実だが、それはアルベールがレナスに素を見せてくれていると言うことであり、そう言う関係性をレナスは勿論アルベールも嫌ってはいない。
むしろアルベールの方こそ明け透けのないレナスの態度を喜んでいる。
だから彼の方からも「何でレナスさんが僕に夢中になってたか、正直わかんないんです」とまで言ってくる始末だ。
それを素直に告げれば、ヒューズはおかしそうに笑っている。
「お互い、ちゃんと相手のこと見てなかったのよねぇたぶん。っていうか、そうじゃなきゃあんな嘘つけないわ」
残りのパニーニを頬張りながらそうこぼし、レナスは横に座るヒューズをちらりと見上げる。
でも、本当にちゃんと見てなかったのはこっちなのかもしれない。
アルベールに惚れていたのも不思議だが、それ以上に隣にいる男の良さに全く気づけなかった自分がレナスは不思議でならない。
「やっぱり私、見る目ないのかな」
思わずこぼれた一言に、ヒューズがさり気なく彼女との距離を詰める。
「それは俺に対する嫌味か?」
「いや、その逆って言うか……」
言葉を詰まらせながら上目遣いに伺えば、ヒューズが苦笑気味にレナスの髪を指で梳く。
その仕草は恋人のそれで、彼のそんな仕草に慣れないレナスは、慌てて髪を自分の手に取り戻すと無理矢理話題を元に戻した。
「っていうか、来年からは違う嘘考えなきゃね」
レナスの動揺などヒューズにはお見通しだったが、彼はあえてそこには触れない。
「気が早くないか?」
「だって、私嘘つくの下手だし」
「じゃあつかなきゃ良いだろ」
「でもあんたを騙したいの」
「騙された記憶はねぇけどな」
「あるよ、一度だけ」
嘘をつくなとヒューズがレナスを見下ろせば、彼女は勝ち気に笑っていた。
「小さい頃に一度だけね」
「そんなことあったか?」
「ヒューズのお嫁さんになるって嘘ついたら、あんたスゴイ動揺してたじゃない」
「記憶にない」
「無理矢理忘れた、の間違いでしょ?」
「子供に騙されるかよ」
「嘘じゃないよ。だって私、あんたがあんまり動揺するからちょっとがっかりしたんだもん」
そんなに自分じゃ嫌なのかと、拗ねていじけた幼い記憶を思い出し、レナスは苦笑する。
「覚えてない?」
「言われてみるとそんなこともあった気がする」
「そろそろ認めればいいのに」
「でもあれは嘘じゃなかったんだし、騙されたカウントには入らんだろ」
あのときは嘘のつもりだったと反論しようと思ったが、それよりも早くヒューズの唇が言葉を塞ぐ。
「……ふ、不意打ちは卑怯だと思う」
「またいじけられると困るからな」
「今は、ヒューズの気持ちわかってるし」
「たぶん全然わかってねぇよ、また嘘つきたいって言うくらいだからな」
そう言って微笑むと、ヒューズはレナスと自分の分のパニーニの包み紙を手に、ゴミ箱の方へと歩いていってしまう。
やっぱり意味がわかってないかもしれないと、一人考え込むレナス。
そんな彼女の葛藤を感じながら、ヒューズは小さく苦笑する。
「騙されてなくても、動揺はするんだよ」
クズゴミと一緒に小さな本音もゴミ箱に捨てて、ヒューズは未だ怪訝な顔をしている恋人の姿を眺める。
願わくば、来年は下手な嘘を彼女がつかないようにと、こっそり胸の内で祈りながら。
嘘つき達の願い編 【END】