9.デートへの誘い
私たちが恋人関係になって一ヶ月が経ったある日。
「あなたたち、デートしないの?」
姫様が、突然こんなことを仰った。
思わず、手に持っていたポットを落としそうになった。
……事の発端は、レイモン様が私の忘れ物を届けに来たことだった。
※※※
姫様の輿入れの日程が決まった。
それは三ヶ月後の秋ごろに行われるらしい。
「全く、有り得ませんわ」
この日程に、ナターシャ様は呆れ返った。
本来であれば婚姻期間を半年程設けるそうなのだが、その半分だったからだ。
彼女は元々バイエルンの貴族らしく、母国の習慣が重視されないことが余計に腹立たしい、と仰った。
「殿方には花嫁の大変さなんて、お分かりになりませんのよ!」
ナターシャ様が息巻く一方、姫様は反対に落ち着いていた。
「……どうせ、皇帝の差し金でしょうよ。初めからかっかしていては身が持たないわ」
姫様は文をしたためながら、ナターシャ様を宥めていた。婚姻相手との手紙のやり取りは、今も続いているようだった。
――そろそろ、お茶休憩の時間だ。
「お茶のご用意をいたしますね」
そっと扉を開けば、見慣れた騎士服が目に入る。
「あら、レイモン様。どうされましたか?」
ナターシャ様が尋ねた。
「忘れ物を届けにきた」
そうして、手に持っていたメモ帳を差し出した。
「あっ!すっかり忘れていました」
「いつもの所に置いてあって、困るかと思ってな」
「……これがないと、本当に困るところでした。ありがとうございます」
手帳を開いて、ぱらぱらと確認する。
「……間違いないか」
「はい。私の手帳で間違いないです」
「……では、私はこれにて」
「レイ様、お気をつけて」
レイモン様は名残惜しそうに、部屋の前から去っていった。
――これなら、またお二人をお会いさせられるかもしれない。
※※※
あの日のお茶会以来、なかなかお二人を引き合わせることが出来ないでいた。
姫様がお忙しいのはもちろん、レイモン様も新しい仕事が始まり、なかなか暇ができないでいたからだ。
彼は今、剣の師範として騎士団に所属している。護衛騎士で培った役割を生かし、警備の管轄や後輩の指導に努めている。
ご指導されている時の、きりりとした表情はかっこいいのだけれど――あまりにもお二人の顔を合わせる機会に恵まれず、やきもきしていた。
自然に任せては、もう間に合わないかもしれない。
だから思い切って、レイモン様にこんな提案をしてみた。
「私の忘れ物を届けに、姫様の部屋を訪ねてくださいませんか?」
機会がないのなら、こちらから作ってしまえばいいのだ。
「職務中であるのに、大丈夫か?」
「恐らく、昼食前なら問題ないと思うのです」
最近は学習にも少し余裕ができたのか、昼食時にはお部屋に戻られるようになった。
「その時間に、姫様もお茶休憩をしてくださるようになったのです」
使用人も交えた、ささやかなお茶休憩。
普段であればナターシャ様に渋い顔をされるのだが、「今生の別れかもしれないから」と、お目こぼしを頂いている。
だからその時間であれば、比較的自由に過ごせている。
……ナターシャ様はいらっしゃるが、お会いしても怪しまれないのは、この時間しかなかった。
「ほんのひと時しか、お時間を取れないのですが……。それでも会えないよりは、良いかなと思って」
「苦労をかけるな」
レイモン様は、申し訳なさそうだ。
「こちらも、お力になると誓ったのに……力不足で申し訳ございません」
「とんでもない。もう、ひと目会えるだけで十分だ」
そう、静かに仰った。……今は姫様のことをどう思っていらっしゃるのだろうか。
※※※
そんなこんなで、作戦を決行したのだが。
私たちの様子が事務的だったのだろう。レイモン様が帰ったあと、私は姫様に詰められた。
「で、デートですか」
姫様は当然という風に、紅茶に手を伸ばす。
「そう、デートよ。せっかく恋人同士になったのに、貴女たちいつも働いてばかりじゃない」
「そんなことは……きちんとお休みを頂いてますし。重いものを持ってくれたり」
かつて、遠くから見つめることしかできなかった彼の隣を、歩けている。それだけで、満足だった。
「それは……いつだってできるじゃない!だって、恋人同士の一ヶ月目といえば最も初々しい、甘々な時期よ。でも、さっきの貴女たちといえば……なんだか仕事仲間みたいで」
鋭い指摘にどきりとする。
「今はお互いに忙しくて……」
そう言うも、姫様は不満げだ。いつもより紅茶を冷ます息を強くして、湯気を飛ばしている。
「もちろん、私の婚姻でみんなが忙しいのは分かるわ。でもね、それで遠慮されるのは嫌なの」
「遠慮なんてしていません」
「遠慮といえばそうね……あなたたち、お互いに気を使いすぎなんじゃない?」
「そうでしょうか」
「そうよ……だってさっきも離れ難かっただろうに、レイモンはさっさと帰っちゃったもの」
……名残惜しそうに見えたのも、きっと姫様の前だったからだ。けれど、本人にそう伝えるわけにもいかず、私は何も返せなかった。
私の沈黙を肯定と捉えたのか、姫様はさらに力説する。
「恋人同士なのに、遠慮ばかりじゃだめよ。特にあなた……もっとわがままを言っていいんじゃないかしら」
「今でも、十分幸せです」
「二人で過ごす時間が足りてないのよ!」
姫様はびしりと指を立てた。
「えっと……?」
「一緒にいればいるほど、もっとそばにいたいって思うもの。……だから、やっぱりデートね!」
「ところで……それがどうデートへ繋がるんでしょうか」
私たちの成り行きを見守っていた、ナターシャ様が口を開く。
「あっ、そうだわ!」
姫様は何か思いついたように、ぱっと顔を上げた。
「そうだ。明日は丁度私が頼んでたネックレスがあるのだけれど……どのくらい仕上がってるか確認してくれないかしら」
姫様は名案とばかりに、両手を叩いた。
「……私でいいんでしょうか」
「確認しに行きたいけど、時間が無くて難しいの」
「時期が早まりましたからね……!乙女のことをなんと思っていらっしゃるのかしら」
ナターシャ様は恨みがましそうに仰った。
「私はなかなか城を離れられないから、下見がてら、そのままデートへいってらっしゃい」
「……レイモン様とですか?」
「そうよ。遠慮を無くすには、親睦を深める時間が必要なんじゃないかって。準備もあるだろうから……うーん。午後からお休みをあげるから、明日二人で町に行ってらっしゃい」
私は耳を疑った。
「明日ですか?」
姫様はびしりと背筋を伸ばして、私に命じた。
「猶予を持たせても、きっとあなたたちは理由をつけて先延ばしにするだろうし。迷わないうちに、行ってきてね」
姫様は少しだけ照れくさそうに、こっそり耳打ちしてきた。
「……前レイモンばかりにかまけないでとは言ったけどね。あれは寂しかったからなの。だから、私のわがままなんて、忘れてちょうだい?ごめんなさいね」
「……姫様」
「私の事は気にせず、楽しんできて」
姫様はくるりと背を向けると、ナターシャ様に告げた。
「レイモンにも、ナターシャから伝えてくれないかしら」
「わかりましたわ」
そして再び私の方に振り返ると、こう言ったのだった。
「じゃあ、よろしく頼むわね」
姫様はにっこりと、否定を許さないと言うように微笑んだ。
※※※
急遽明日休みをもらって、レイモン様と出掛けることになってしまった。あまりに急なことで、服の準備も何も出来ていない。
どうしたら良いのだろう。
「ミーナ、ちょっといい?」
服に詳しい、ミーナに頼ることにした。
「どうしたの?」
「……実はレイ様と下見に行くことになって」
彼女は硬直したかと思うと、強く私の肩を掴んだ。
「デートね!」
「いや、姫様のお使いで……」
「私に任せてちょうだい!」
朝一絶対可愛くしてあげる!とミーナはやる気満々だ。
「……そうじゃなくて」
「大丈夫よ!私の腕によりをかけて可愛くしてあげるわ!」
後に引けなくなってしまった。
それからやや強引に手を引かれ、彼女の部屋に連れ込まれた。
「うーんこれでもないし」
鏡の前で服を合わせては、あれも違うこれも違うと悩んでいる。
「別に大丈夫だって」
「……いや、相手はあのレイモン様だよ。着飾らないとむしろ余計に目立つでしょ」
「……それは一理ある」
「あたしに任せて!」
ミーナはそう言うと、胸を張るのだった。




