表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
9/24

9.デートへの誘い


 私たちが恋人関係になって一ヶ月が経ったある日。


 「あなたたち、デートしないの?」


 姫様が、突然こんなことを仰った。

 思わず、手に持っていたポットを落としそうになった。

 ……事の発端は、レイモン様が私の忘れ物を届けに来たことだった。


※※※

 

 姫様の輿入れの日程が決まった。

 それは三ヶ月後の秋ごろに行われるらしい。


「全く、有り得ませんわ」


 この日程に、ナターシャ様は呆れ返った。

 

 本来であれば婚姻期間を半年程設けるそうなのだが、その半分だったからだ。

 

 彼女は元々バイエルンの貴族らしく、母国の習慣が重視されないことが余計に腹立たしい、と仰った。


「殿方には花嫁の大変さなんて、お分かりになりませんのよ!」


 ナターシャ様が息巻く一方、姫様は反対に落ち着いていた。


「……どうせ、皇帝の差し金でしょうよ。初めからかっかしていては身が持たないわ」

 

 姫様は文をしたためながら、ナターシャ様を宥めていた。婚姻相手との手紙のやり取りは、今も続いているようだった。


 ――そろそろ、お茶休憩の時間だ。


「お茶のご用意をいたしますね」


 そっと扉を開けば、見慣れた騎士服が目に入る。


「あら、レイモン様。どうされましたか?」


 ナターシャ様が尋ねた。

 

「忘れ物を届けにきた」


 そうして、手に持っていたメモ帳を差し出した。


「あっ!すっかり忘れていました」


「いつもの所に置いてあって、困るかと思ってな」


「……これがないと、本当に困るところでした。ありがとうございます」


 手帳を開いて、ぱらぱらと確認する。


「……間違いないか」


「はい。私の手帳で間違いないです」


「……では、私はこれにて」


「レイ様、お気をつけて」


 レイモン様は名残惜しそうに、部屋の前から去っていった。


 ――これなら、またお二人をお会いさせられるかもしれない。

 

※※※


 あの日のお茶会以来、なかなかお二人を引き合わせることが出来ないでいた。


 姫様がお忙しいのはもちろん、レイモン様も新しい仕事が始まり、なかなか暇ができないでいたからだ。


 彼は今、剣の師範として騎士団に所属している。護衛騎士で培った役割を生かし、警備の管轄や後輩の指導に努めている。


 ご指導されている時の、きりりとした表情はかっこいいのだけれど――あまりにもお二人の顔を合わせる機会に恵まれず、やきもきしていた。


 自然に任せては、もう間に合わないかもしれない。


 だから思い切って、レイモン様にこんな提案をしてみた。


「私の忘れ物を届けに、姫様の部屋を訪ねてくださいませんか?」


 機会がないのなら、こちらから作ってしまえばいいのだ。


「職務中であるのに、大丈夫か?」


「恐らく、昼食前なら問題ないと思うのです」


 最近は学習にも少し余裕ができたのか、昼食時にはお部屋に戻られるようになった。


「その時間に、姫様もお茶休憩をしてくださるようになったのです」


 使用人も交えた、ささやかなお茶休憩。

 普段であればナターシャ様に渋い顔をされるのだが、「今生の別れかもしれないから」と、お目こぼしを頂いている。

 

 だからその時間であれば、比較的自由に過ごせている。

 ……ナターシャ様はいらっしゃるが、お会いしても怪しまれないのは、この時間しかなかった。

 

「ほんのひと時しか、お時間を取れないのですが……。それでも会えないよりは、良いかなと思って」


「苦労をかけるな」


 レイモン様は、申し訳なさそうだ。


「こちらも、お力になると誓ったのに……力不足で申し訳ございません」


「とんでもない。もう、ひと目会えるだけで十分だ」


 そう、静かに仰った。……今は姫様のことをどう思っていらっしゃるのだろうか。

 

※※※


 そんなこんなで、作戦を決行したのだが。


 私たちの様子が事務的だったのだろう。レイモン様が帰ったあと、私は姫様に詰められた。


「で、デートですか」


 姫様は当然という風に、紅茶に手を伸ばす。


「そう、デートよ。せっかく恋人同士になったのに、貴女たちいつも働いてばかりじゃない」


「そんなことは……きちんとお休みを頂いてますし。重いものを持ってくれたり」


 かつて、遠くから見つめることしかできなかった彼の隣を、歩けている。それだけで、満足だった。

 

「それは……いつだってできるじゃない!だって、恋人同士の一ヶ月目といえば最も初々しい、甘々な時期よ。でも、さっきの貴女たちといえば……なんだか仕事仲間みたいで」


 鋭い指摘にどきりとする。


「今はお互いに忙しくて……」


 そう言うも、姫様は不満げだ。いつもより紅茶を冷ます息を強くして、湯気を飛ばしている。


「もちろん、私の婚姻でみんなが忙しいのは分かるわ。でもね、それで遠慮されるのは嫌なの」


「遠慮なんてしていません」


「遠慮といえばそうね……あなたたち、お互いに気を使いすぎなんじゃない?」


「そうでしょうか」


「そうよ……だってさっきも離れ難かっただろうに、レイモンはさっさと帰っちゃったもの」


 ……名残惜しそうに見えたのも、きっと姫様の前だったからだ。けれど、本人にそう伝えるわけにもいかず、私は何も返せなかった。

 私の沈黙を肯定と捉えたのか、姫様はさらに力説する。

 

「恋人同士なのに、遠慮ばかりじゃだめよ。特にあなた……もっとわがままを言っていいんじゃないかしら」


「今でも、十分幸せです」


「二人で過ごす時間が足りてないのよ!」


 姫様はびしりと指を立てた。


「えっと……?」


「一緒にいればいるほど、もっとそばにいたいって思うもの。……だから、やっぱりデートね!」

  

「ところで……それがどうデートへ繋がるんでしょうか」


 私たちの成り行きを見守っていた、ナターシャ様が口を開く。


「あっ、そうだわ!」


 姫様は何か思いついたように、ぱっと顔を上げた。


「そうだ。明日は丁度私が頼んでたネックレスがあるのだけれど……どのくらい仕上がってるか確認してくれないかしら」


 姫様は名案とばかりに、両手を叩いた。


「……私でいいんでしょうか」


「確認しに行きたいけど、時間が無くて難しいの」


「時期が早まりましたからね……!乙女のことをなんと思っていらっしゃるのかしら」


 ナターシャ様は恨みがましそうに仰った。

 

「私はなかなか城を離れられないから、下見がてら、そのままデートへいってらっしゃい」


「……レイモン様とですか?」


「そうよ。遠慮を無くすには、親睦を深める時間が必要なんじゃないかって。準備もあるだろうから……うーん。午後からお休みをあげるから、明日二人で町に行ってらっしゃい」


 私は耳を疑った。


「明日ですか?」


 姫様はびしりと背筋を伸ばして、私に命じた。


「猶予を持たせても、きっとあなたたちは理由をつけて先延ばしにするだろうし。迷わないうちに、行ってきてね」


 姫様は少しだけ照れくさそうに、こっそり耳打ちしてきた。


「……前レイモンばかりにかまけないでとは言ったけどね。あれは寂しかったからなの。だから、私のわがままなんて、忘れてちょうだい?ごめんなさいね」


「……姫様」


「私の事は気にせず、楽しんできて」


 姫様はくるりと背を向けると、ナターシャ様に告げた。


「レイモンにも、ナターシャから伝えてくれないかしら」


「わかりましたわ」

 そして再び私の方に振り返ると、こう言ったのだった。

「じゃあ、よろしく頼むわね」


 姫様はにっこりと、否定を許さないと言うように微笑んだ。


※※※


 急遽明日休みをもらって、レイモン様と出掛けることになってしまった。あまりに急なことで、服の準備も何も出来ていない。

 どうしたら良いのだろう。

 

「ミーナ、ちょっといい?」


 服に詳しい、ミーナに頼ることにした。


「どうしたの?」


「……実はレイ様と下見に行くことになって」


 彼女は硬直したかと思うと、強く私の肩を掴んだ。


「デートね!」


「いや、姫様のお使いで……」


「私に任せてちょうだい!」


 朝一絶対可愛くしてあげる!とミーナはやる気満々だ。


「……そうじゃなくて」


「大丈夫よ!私の腕によりをかけて可愛くしてあげるわ!」


 後に引けなくなってしまった。

 それからやや強引に手を引かれ、彼女の部屋に連れ込まれた。


「うーんこれでもないし」


 鏡の前で服を合わせては、あれも違うこれも違うと悩んでいる。


「別に大丈夫だって」


「……いや、相手はあのレイモン様だよ。着飾らないとむしろ余計に目立つでしょ」


「……それは一理ある」


「あたしに任せて!」


 ミーナはそう言うと、胸を張るのだった。 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ