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1週間後

 レイモン様と恋人同士になってから、1週間が過ぎた。

 最初は城内でも注目されていたが、流石にそれぐらい経てば噂は落ち着いてきた。


 私も最初はしどろもどろだったが、恋人同士のやり取りというものも、それなりに板に付いてきた。

 ――ただ、気持ち的には、彼とそういう関係になったことを未だに信じられないでいる。

 

 今日もいつもの様に、お部屋の掃除を済ませ、シーツを交換する。古いシーツを、城裏手の洗濯室へ運び出す。

 

 普通は城の中通路を通るのだが、いつも大回りで外の階段を通る。長い階段を登りきると、大きな湖が現れる。

 

「……ふう」 


 一息ついた時、強い風が吹き抜けた。籠に収めていたシーツの一枚が吹き飛ばされる。


「あ……」

 

 舞い上がり、地面に落ちようとしたところで、誰かの手によって巻き取られる。


 レイモン様だ。


「おっと、君か」


「レイモン様!」

 

 しまった。呼び掛けてからはっとする。城内ではもっと親しい呼び方をすると約束していたのに。

 慌てて辺りを見れば、幸いにも私たち以外の人影は無かった。

 

 ――良かった、誰にも見られていなくて。

  

 私の失態を咎める訳でもなく、レイモン様はいつものように穏やかに声をかけてくださった。


「今日は風が強いな」


「いつも申し訳ございません」 


「君は姫様の部屋の帰りか?」


「はい。姫様は……今日も書架の方でお勉強なされてて……」

 

 あのお茶会以来、姫様とのお時間を作ることができないでいる。あの後、バイエルンの皇帝から姫様宛に書簡が届いたらしく。


 「なめられたものね」


 姫様はその書簡を畳まれると、そう面白くなさそうに呟かれた。


 その日以来、姫様は俄然やる気を出されたのか、いっそう勉学に励まれるようになった。


 姫様は元々博識な方だ。それでも、学ばなければならないことが沢山あるらしい。


 ――大国に嫁ぐというのは、私が想像するよりもずっと大変なことなのだろう。


「姫様らしいな」


 少し寂しそうに、レイモン様は呟かれた。


「お身体を壊されないか心配です。……それに、まだあの時しか……」


 私が申し訳なく言うと、レイモン様は首を横に振った。


「いいんだ。……元々無理を言っていたのはこちらだ」

 

 少し間が空いた。

 

「でも……」


 もっと上手くやれば、お会いできる機会もあっただろうに。

 私を気遣うように、彼は穏やかな表情を向けられた。


「一度でも話せたことは、良かったと思っている」


 しかし、少しだけ――あの時、契約を交わした際と同じような悲しみが滲んでいるような気がした。

 

「……本当に良かったです」


 私はそれに気付かないふりをして、微笑み返した。


 

 レイモン様も、姫様も。彼らなりの決着をつけようとしていらっしゃるのに。

 私だけが、今でも水面でもがいて、必死にしがみついている。


「……ところで、レイ様は」

 

 普段は姫様に付きっきりでいらしたから、この時間に彼を見るのは珍しかった。

 

「今は、城の周辺を見回っている」

 

 彼は、姫様の子供の頃から護衛騎士をしていた。急な配置換えがあったから、今はどの職務に就くか調整中との事だった。


「まあ、今は大切な時期でもあるし……あまり人手が足りないところの巡回をしていた」


「そうでしたか。お邪魔してすみません」


 離れようと動いた時、ひょいと手に持っていた籠を持ち上げられた。


「これはどこに運べばいいんだ」


「そんな、悪いですよ」


「――暇を持て余していたから、大丈夫だ」


 なかなか、籠から手を離してくれそうにない。


「それでは、お願いいたしますね」


 びゅうびゅうと風が城壁に当たり、唸っていた。


「あの日もこんな感じだったな」


「そうですね。風が強くて――」


 私がレイモン様と初めてお会いしたのも、こんな日だった。

 あれは私が、この城に勤め始めた頃。


 今まで家の手伝いをしていたとはいえ、城勤めはなれない力仕事ばかりで、毎日が大変であった。

 上手くいかないことも多く、叱られてばかり。


 ミスを連発し、そのせいで些細なことで泣きそうになり――とにかく心が折れそうな日々だった。


 特に大変だったのは、見習いメイドの仕事だ。

 城のみんなの洗濯物を洗うのだが、とにかく数が多くて運ぶのが大変だった。

 

 いつもなら、真っ直ぐ洗濯室へ向かっていたはずなのに。


「……おかしいな」


 騎士舎から、目的の場所までは通路を使って行けるはずなのだが――その日は、いつの間にか外に出ていた。

 

 ぼんやりと階段を登っていたから気づけなかった。また、長い階段を歩くと思うと、気が重い。

 

 ――疲れた。もう、実家に帰ろうかな。

 戻っても、家族を困らせるだけなのだけれど。

 

 

「はぁ……」


 大きな湖の前で、思わずため息を零した。少しばかり、休もうと気を抜いた時、強い風が吹く。

 運んでいた洗濯物が風に飛ばされる。


「……あ!」


 湖の方へ、あれよあれよという間に飛ばされてしまう。

 その時、すっと長身が伸びて、衣類をその手に絡めとった。


「……これは、君のか?」


 それが、レイモン様だった。


 その手には飛ばしたシャツと、木製の剣が握られていた。鍛錬中のようだ。

 

「練習中でしたか?……ごめんなさい」


「大丈夫だ。怪我は無いか」


「はい……。私、いつもこんな失敗ばかりで」


 思わず愚痴をこぼした。するとレイモン様が柔らかく仰ったのだ。

 

「このシャツは、いつも君が洗ってくれているのか?」


「……見習いの者が行います」


 だから特別なことではない、と言いたかったのに。 


「そうか、君たちが」


 そう言って、手に持っていた木の剣を腰に戻し、シャツに目線を向けられた。


 どこか誇らしげに、シャツを眺めていた。


「このシャツに手を通すと、今日も気を引き締めて頑張ろうという気持ちになる。……いつもありがとう」

 

 そう言われて、胸がほのかに暖かくなる。

 もしかして、落ち込んでいる私を見かねて、励まそうとしてくださったのかもしれない。


 ……勘違いだとしても、その言葉はじんわりと私の心に染み込んでいく。


 レイモン様は、先に洗濯室へ向かわれた。

 私が疲れているように見えたのだろう、ゆっくり来るようにと伝えて。

 

 私が遅れて向かうと、既に彼は鍛錬所へ戻ったようだった。

 ……お礼を言いたかったのに、伝えそびれてしまった。

 

 それから私は、彼を目で追うようになった。

 後から知ったことだが、私にしてくれたことは特別なんでもなくて、誰にでも感謝を伝えているらしかった。

 その時は少しばかり落ち込んだ。

 

 けれど、あの時の感謝は、彼にとっての当たり前なのだ。そう気づいた時には、すっかり彼のことが好きになっていた。

 

 今、一緒に隣を歩くレイモン様を見る。


「洗濯物、重くないですか?」


「大丈夫だ」


 レイモン様ならとっくに歩いて行けるはずなのに。彼は私に合わせて、少し歩幅を緩めてくださる。


「契約してからどうなるのかと思ったが、何とかなるものだな」

「私も、案外上手くいって驚いています」

「おっと……すまない。こんなことを言って、ご迷惑をかけているというのに」

「いえ私も、楽しいですから。――本当にありがとうございます」


 彼にとって、きっと他人を褒めることは当たり前のこと。だから、あの日のことも覚えていないだろう。


 偽物だとしても、こうして隣で歩けていることが嬉しかった。

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