報告③
何か、気を悪くされることをしてしまったのだろうか。
「姫様……。もうしわけ」
「レイモンがずるいわーー!」
「姫様……?」
「私もそんなエルの可愛い顔がみたいのに……」
思っていたのとは違う方向で、姫様が拗ねた。
「エルはいつも、おひいさまの前では楽しそうにしておりますでしょう?」
ナターシャは不思議そうに首をかしげた。
「そうじゃないのよ!……もう、お庭に出るのはやめようかしら……」
机に肘をつき、頬をふくらませた。
「おひいさま、行儀が悪いですよ」
ぴしゃりとした注意が飛ぶ。
「……でも私だってほんとは……」
さらにむくれてしまわれた。こうなった姫様は、なかなか手強い。
「姫様、頑張るのも良いですが、気分転換も大切です」
私は声を和らげて、姫様に伝えた。
「それに……あちらの国へいかれてしまえば、気軽にお戻りにもなれないでしょう?だから……今のうちに、思い出を沢山作って頂きたいのです」
私が悲しげに言うと、姫様が顔をむくりと上げた。
「……そうね、あなたの言う通りだわ。ねぇ、いつものように、とびきりのお茶を用意してくれる?」
「もちろんです!」
私は元気よく答えた。
そうして、私は姫様たちと共に城の中庭へ向けて歩きだした。その道の途中で、騎士舎の近くも通る。
今は人々は出払っているのか、若葉がサラサラと揺れる音だけが響く。
「ここの裏手を通れるのも、あと少しね。……エルのお茶を飲めるのはあと何回かしら」
姫様がしんみりと呟かれる。
「……姫様がお望みでしたら、何度でもお淹れしますよ」
「ほんとう!嬉しいわ。……レイモンだけにかまけないでちょうだいね」
「……そんなこと、ありません」
だって、私の頭の中は、いつも姫様とレイモン様が並び立つ、あの美しい光景でいっぱいなのだから。
――敵わないと、思ってしまう。
「あっ!……噂をすれば当人よ」
姫様がぱっと顔を明るくされた。視線の先には、ちょうど、宿舎の中から出てきたレイモン様がいらっしゃった。
いつもの彼女なら、躊躇いなくレイモン様の元へ駆け寄るはず。しかし、今の彼女はナターシャ様に声をかけ、彼をここに連れてくるよう促しただけだった。
姫様も、彼が護衛騎士を外された意味を深く理解されているのだろう。姫様が愚痴をこぼされたのは、あの時のみ。
――なんて、ご立派なお方なんだろう。
そんな方の大切なものを、私は……。
そんなことを考えていると、もう既にレイモン様はこちらにいらっしゃっていた。
「あっ……レ、イ様どうも……」
「ああ」
沈黙が落ちる。私たちのぎこちない様子を見て、姫様は私に抱きついた。
「……んもう、ふたりして言葉足らずなんだから。レイモンも」
「えっと、そういうわけじゃなくてですね……」
「……エル、もしかして照れてるの?」
「すました顔して、本当に可愛いわね!」
ぎゅぎゅっとさらに抱きしめられた。
姫様にからかわれ、また答えあぐねていると、レイモン様が助け舟を出してくださった。
「姫様、あまり彼女をいじめないでやってくれないか」
「ふん……、この泥棒騎士」
姫様は少し口を尖らせたあと、ふと悪戯っぽく微笑んだ。
「ねぇ……どっちから告白したの?」
先程逃れたと思ったのに。姫様は興味津々なようだ。
「私は……その……」
「エルったら照れやさんね。答えないのなら――そうね、レイモンはどうなの? エルのどこが好き?」
「周りをよく見ているところだ。そういう所に惹かれた」
レイモン様は臆面もなく、さらりと答えられた。
胸の奥が、また痛み出す。
たぶん、彼は私の事など何とも思っていないから、こんなにも淀みなく答えられるのだろう。
言葉一つで揺さぶられるのは、私だけなのだ。彼にとっては、ただの契約だから。
先程のこともあったから、少しは意識してもらえるのだと、期待していたのだけれど。
こうも照れもなく言われると、辛い。
そもそも脈なしなのだから――落胆するのはお門違いだろう。
「エル?」
思わず下を向いていると、姫様が私のことを心配そうに見つめていた。
「からかいすぎちゃったわね……ごめんなさい」
「違います!……本当に何でもないんです」
私は姫様を安心させるように、笑って見せた。姫様は何か言いかけたが、やがて口を閉じた。
「姫様、ところで日差しが強くなって参りましたわね」
ナターシャ様が、空を見上げて仰った。
「ほんとですね。庭に日陰はあったかしら……」
すると、ナターシャ様はあっと驚くように目を見開かれた。
「あらやだ!お部屋に日傘を置いてきちゃったわ。こうしちゃいられない。エル……少し姫をお頼みますわね」
「いいじゃない日差しぐらい」
姫様が面倒くさそうに仰った。
「駄目ですよ!姫様の卵のようなお肌が焼けてしまうのは嫌です。私が戻るまで、絶対日に当たらないでくださいまし!」
ナターシャ様が、ぱたぱたと足早に部屋へ戻って行った。
残されたのは、私たち3人だけ。
私は慎重に辺りを見渡した。
この回廊は、普段からあまり人が集まらない場所だ。特に今日は、お忙しい姫様の邪魔にならないよう、皆が気を使って近寄らないようにしてくれている。
――今なら、いける。
完全に2人きりには出来ないが、私が居れば問題ないだろう。
「レイ様、姫様とお話してきてください」
私はレイモン様に、こそっと目配せした。
「だが……」
「この期を逃すと、次の機会がいつになるか分かりません。……私も少し離れたところに控えていますので、ご安心ください」
信頼して姫様をお任せくださったナターシャ様には悪いが、この隙を使わせてもらう。
「それは問題ない。だが、万が一ナターシャ殿に疑われでもしたら……君にも迷惑がかかる」
「だからこその私です。お二人の関係が怪しまれないようにする、そのための契約じゃないですか」
私は、レイモン様をまっすぐ見つめた。
「大丈夫、任せてください」
彼は私の気迫に押されたのか、ため息をついたあと押し黙った。
「……わかった。ご迷惑をおかけする」
「それが、本望ですから」
声を潜めてやり取りをしている間、姫様は気を使われたのか、少し離れた場所で花を眺められていた。
私は、そっと姫様にお声がけする。
「姫様、どうかレイ様と話して頂けませんか?」
「レイモンと?……でも――貴女に悪いわ。だって私は別に、あなたたちの邪魔をしたくないもの」
姫様が心底申し訳なさそうに、私を見た。
胸の奥が軋む気がした。
「……あれで最後なんて、私が嫌なのです」
「……エル」
「お二人が挨拶もなく、離れられて。あれが最後なんて、とても寂しいじゃないですか。だって、お二人の幸せが、私にとっての幸せだから……」
姫様の部屋まで距離があるとはいえ、あまりもたついているとナターシャ様が帰ってきてしまう。
「……それに、私たちにはいくらでも時間がありますから。姫様には、悔いなく過ごして頂きたいのです」
「……あなた、もしかして」
姫様がはっとしたように、私を見つめた。
だが、時間が惜しい。
「姫様、お願いいたします」
「エル、……ありがとう」
姫様は、レイモン様の元へ駆けて行った。
その時、少しばかり姫様の足がもつれた。倒れかけた彼女を、いつもの様にレイモン様が受け止める。
彼は、気遣わしげに姫を見つめていた。
以前までは、抱きとめるような姿だったが、いまは人目を気にして軽く支えるだけ。
それでも、慈しみのある触れ方だった。
私は、ただ、彼との繋がりがほしくて嘘をついているのに。傷つく価値なんてないのに。
――どうしてか、息が少し苦しかった。
姫様はレイモン様とともに、楽しげに話していた。
……いつナターシャ様が戻ってくるか分からない。私は二人から視線を外し、回廊の奥を見る。
信じてくださいと言ったばかりなのに……。
送り出すときは、ちゃんと笑えていただろうか。
本当に一番お辛いのは、姫様だ。
なのに、時間はあるだなんて、どうしてそんなことをいってしまったんだろう。
どういう訳か、目を逸らしたはずなのに、あきらめ悪くまたお二人を見つめていた。
二人は木影の横で、仲睦まじく話している。護衛騎士と主だったときよりも距離はあるが、心は共にあるようだった。
いつも窓枠から見ていた光景が、そこにあった。
「エルー!こっちにきて」
姫様のお声がする。にこにこと手を大きく振って、彼女は太陽のような笑みを見せていた。レイモン様をちらりと伺う。
彼は、姫様を優しく見つめていた。
あの眼差しを横から見る度、いつも苦しくなる。
でも、その優しげな瞳から目を離せない。私の好きな、彼の眼差しだから。
何だか以前より表情が柔らかくなったようで、ほっとした。
深呼吸をする。
今度は、目を逸らさずにお二人の姿を見ることができた。
……胸の痛みは、落ち着いた。
遠目から見るお二人は、変わらず幸せそうで、心が暖かくなる気がした。
「はい、今そちらへ参ります」
私もお二人に向けて、ゆったり微笑み返した。
お二人が、幸せそうで良かった。二人が幸せなら、こんなに幸せなことはない。
……まだ、二人の幸せを願えることに安堵した。




