6.報告②
「午後、姫様のお茶を入れるのが私の役目なのですが、最近はめっきりその機会がなくて」
「普段から勉学に励まれているものな」
感心したように、仰る。
「……最近は夜遅くに戻られることも多くて。『そろそろエルのお茶が恋しい〜』と仰られたので、お庭にお誘いしました」
「それで、私はどうしたらいいんだろうか」
「そうですね。その時に偶然通りがかった、レイモン様とお会いするというのはどうでしょうか」
しまった。先程お名前で呼んでほしい、と言われていたのにいつも通りに呼びかけてしまった。
「あっあの、愛称で呼びますね!えっと……レ……ィ様……」
後半の方は声が小さくなってしまった。そんな私を見て、彼は狼狽えた。
「いきなり名前呼びは……性急すぎたかもな」
せっかく彼の方から提案してくれたのに、ここで台無しにしたくない。
「あの、大丈夫です!呼ばせてください」
私の必死な態度に、彼は驚いたようだった。私は取り繕うように、嘘の言い訳を紡ぐ。
「えっと……今日の失態を取り戻したいんです」
そう必死にいうと、彼は柔和に微笑む。
「そういう事なら、よろしく頼む」
「はい、レイ……様」
私がぎこちなくいうと、彼も少し間を開けて返答した。
「……ああ、えっと、午後もよろしく」
レイモン様にも、私の緊張が移ってしまったようだ。
これは思ったよりも……心臓がもたないかもしれない。
「ところで、君のことも」
「あの……愛称呼びは、私が慣れるまで待ってていただいても」
それ以上は、本当に……耐えられない。
「分かった」
彼は少しバツが悪そうに、視線を逸らした。
どこか落ち着かない空気のまま、私たちは午後の打ち合わせをした。
「ところで、姫様には私たちのことをどう報告しましょうかね……」
そう言うと、彼は大丈夫だろうと言った。
「姫様は何よりも、そういう浮ついた話が好きだからな。特に君の話となれば、もう聞きつけているんじゃないか」
「……そうなんですか?」
「それに、朝の騒ぎようではもうあらかた広まっているだろう」
その後、互いの趣味や情報を少しだけ共有し、私たちは一度仕事に戻ることにした。
そして、昼食を食べ終えた午後。
レイモン様の言う通りだった。
色恋沙汰というものは人々の好物のようで、あっという間に私たちの情報が広まっていた。二人揃って戻ってきただけで、遠巻きに視線を感じた。
特に同性からの視線が痛い。
キッチンで茶葉を用意している時でさえ、背中に視線を感じた。
――それよりも、姫様との約束。そして、レイモン様との契約も果たさなくては。
深呼吸をして、姫様のお部屋の扉をノックした。
「入ってらっしゃい」
姫様のお部屋に入室したとたん、彼女に詰め寄られる。
「姫様!?」
手に持っていた茶葉を落としそうになる。
「エル、きいたわよ」
姫様が低い声で尋ねてきた。何を仰られるのだろう。喉の奥に力がこもる。
「どうして私に一番に報告してくれなかったの~!」
姫様は、少し駄々をこねたように仰った。
「それが急だったもので」
「そんな業務みたいに報告しないでよ。私とあなたの仲じゃない〜」
「えっと、その」
「何があったのか、詳しく教えてくれないかしら!」
ぐいぐい姫様が迫ってくる。勢いに押されて、答えあぐねていると、ナターシャが姫様を宥めてくれた。
「おひいさま、興味があるからといって、人の事情を何でもかんでも聞くものじゃありません」
姫様は少ししゅんとした様子で、私から離れる。
「……いつかそうなる気はしていたのだけれど、急だから驚いたのよ。だから、聞いても良いじゃない」
「姫様、報告が遅れてしまい、申し訳ございません」
「良いのよー、でも仲間外れは嫌よ?」
「姫様…」
「だからね、聞かせてちょうだい?2人のこと」
姫様はワクワクしたような瞳でこちらをみてきた。
彼女に期待された目を向けられると、断りきれない。こんなところは、レイモン様と似ている。
「ねえねえ、お互いのどんなところが好きになったの?」
姫様は頬を染めて聞いてきた。
「えっと、仕事熱心なところとか」
「うんうん。それから」
「あと、私みたいなメイドにもお優しいところとか……」
笑うと、意外とあどけないお顔をされるところとか。姫様のことを、優しく見守られているところとか。
好きなところがありすぎて、言い淀んでしまった。次こそ、醜態を晒さないと誓ったのに。
「……なんか、ずるいわね」
姫様は少し面白くなさそうに呟いた。




