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報告①

 翌朝。

 リネン室に向かうと侍女頭がいた。


「おはようございます。今お時間大丈夫でしょうか」


「エル、おはよう。改まって話って、何かしら」


「実は、レイモン様とお付き合いすることになりまして……」

 

 レイモン様との交際を侍女頭に報告すると、彼女は心から驚いたような顔をしていた。

 

「あら!まぁ。本当に」


 彼女から、昼の厨房以外で聞いた事のない大きな声がでた。


「お忙しい時期に、私情で申し訳ございません」


「いえ!あの、そういう訳ではなくて」


 彼女は心底意外だという顔をしながらも、楽しげに笑った。

 

「エルはちっともそんな素振りを見せていなかったから、驚いただけなの。しかも相手はあのレイモン様なんて……」

 

 レイモン様は城内での人気が高い。姫様との仲が囁かれていたから、表立っては騒がなかっただけだ。


 だから、今まで何の素振りも見せていなかった私が、突然恋人として現れたのだから、困惑されるのも必然だろう。

 必死に昨日考えた言葉を話す。

 

「たまたま、同じ姫様のお側に仕えるものとして、お互いの気持ちが同じだと気づいて……。だから付き合えたのは奇跡のようなものです」

 

 あくまで、自然に恋仲になったという風を装わなければ。


「てっきり、レイモン様は……いえ、なんでもないわ。それにしても、びっくりね」

  

「……なにか問題でしたでしょうか」

 

 そういうと、侍女頭は大きくかぶりを振った。

 

「いや、ちがうの。レイモン様もそうだけど、エル、あなたもよ。」

 

「私ですか?」


 何が悪いことでもあったのだろうか。粗相をしたつもりはないけれど、身構えてしまう。

 

「あなた、本当に仕事一筋って感じだったから、嬉しさ半分、驚き半分なのよ。……ともかく、おめでとう!」


「……ありがとうございます」

 

 そういうと、彼女は嬉しそうにこちらを見た。

 もっと悪い反応を予想していたから、祝われて面食らった。

 そんな時、後ろから現れた誰かに、肩を掴まれた。

 

「ところで、エーーール。いつの間に騎士様と懇ろな仲になったの?」


 ひょっこりと、仕事仲間のミーナが顔を覗かせた。

 

「ミーナ」


 彼女は私の新人時代からの同僚だ。


「誰かを想ってるのは気づいてたけどさ、それがまさかレイモン様なんて夢にも思わなかったよ」

 

「あっそれ私も気になります!」

 

「……え?」

 

 後ろを振り向くと、同僚たちが私の周りを囲んでいた。

 侍女頭と話し込んでいるうちに、いつの間にか注目されていたらしい。

 かっと頬が熱くなる。

 

 朝のリネン室でこんな話でもすれば、みんな興味津々になるに決まっている。

 私たちの関係が広まるのはいい事ではあるのだが――。


「みんな……ほんとちょっと待って……」


 私はやっとの思いで顔をあげた。


「もしかして、エル。照れてるの?」


 彼女たちの声色が、いっそう高くなる。

 

「あなたたちってほんと、この手の話が好きよね……」

 

 鳥たちのさえずりのようなメイドたちを見て、侍女頭が軽く呆れたように零した。

 

「彼のどんなところが好きなの?」

「確かに、よくよく考えてみれば、レイモン様のことを目で追いかけていたような気がするし。どっちからの告白なの?」

「尊敬するわエル。あの堅物騎士をどうやって落としたの?」

 

「えっとあの……」


 彼女たちから口々に問われ、しどろもどろになってしまう。しんみりした気分が払拭され、恥ずかしい気持ちが膨れ上がった。


「エルってば、レイモン様のことを思い出して照れるなんて……」 

「本当に、レイモン様のことが好きなのね……。まあ、素敵!」

 

 彼女たちの反応が居た堪れなくて、俯いてしまう。

 さらに、きゃあと黄色い声が上がる。これでは好きだと言っているようなものじゃない。

 これでは、今まで隠してきた想いまで見透かされてしまうのではないか。


 前までは、動揺せずにいられたのに。

 仮初だとしても、願っていた立場になれて、気が緩んでいるのかもしれない。


 そんな私の内心とは裏腹に、同僚たちはあることないことを勝手に話しては、さらに盛り上がっていた。

 

 ……むしろ、これくらい初々しいほうが、逆に自然なのではないだろうか。勝手に盛りあがってくれた方が、余計な詮索もされなくて良いだろうし。


 ――でも、恥ずかしいものは恥ずかしい。

 

 悩んでいると、リネン室の前をレイモン様が通りがかった。

 

「……?」


 一瞬不思議そうな顔を見せたが、私を認めるといつものように頭を下げてくれた。そして、そのまま騎士舎へと消えていった。


 いつもと変わりない、挨拶だった。

 姫様といる時は、もっと柔らかな……。


「……うわ〜いいなエル……あんな笑顔を向けられるなんて」

「レイモン様素敵すぎる……」


 メイドたちの誰もが、目を奪われた。

 もちろんレイモン様なのだから、素敵なのは当たり前だろう。

 

 反対に、私は自分から契約を持ちかけたというのに、なんて情けない。

 

 私たちが見惚れていると、侍女頭は手をぱんぱんと叩いた。


「ちょっと、みんな落ち着きなさい。そろそろ仕事の時間なんだから」


 そう侍女頭が注意すると、口々にみなが謝る。


「ごめんなさーい」


「皆いろいろ聞いちゃって、疲れたわよね。あまりこういう楽しい話を聞くことなんて、そうそうないから。恋人同士のあれこれを聞くのは野暮よね」


「…………いえ、大丈夫です」


 大丈夫ではなかったが、そう返答した。


「でも……レイモン様って、いい方よね……」


 侍女頭もうっとりするような口ぶりだ。


「……それは、そうですね」


 私がそう肯定すると、彼女は生暖かい眼差しを私に向けるのだった。

 本当の恋人同士ではないのに、妙にそわそわした気持ちになった。

 けれど、彼の心は私に向けられていないわけで。本当にそれで良かったのか、今更ながら迷いが出た。


 まあ、納得してもらえたなら、それでいいか。

 

「さあ、みんな仕事に入るわよ」


 侍女頭が号令をかけると、集まっていたメイドたちは蜘蛛の子を散らすように去っていった。

 今は姫様の大事な輿入れ時期。皆、何かしら忙しいのだ。


 私も仕事に戻ることにした。

 いつも通りに仕事を終え、お昼。

 昨日、レイモン様と一緒に昼食の約束をしていたので、約束の場所へと向かう。

 

 あそこは船着場といっても、湖に船を遊覧させるためのもので、あまり使われていない。

 城の正面に大きな船着場があり、皆そちらを使う。だからめったに人が寄り付かない。

 落ち合う場所としては、ちょうど良かった。


 待ち合わせ場所へ向かうと、既にレイモン様が待っていた。


「レイモン様、お待たせして申し訳ございません」


「いや、今日は異動のために休暇を与えられていたから、問題ない」


「……そうでしたか」


「そういえば、朝囲まれていたようだが、何かあったのか?」


「えっとですね……」


 恥ずかしいが、ここは素直に話した方がいい。私たちは共犯者なのだから、隠し事は少ない方がいい。


「それは、災難だな」


「レイモン様こそ、大丈夫でしたか」


「いや、報告した時は意外だと言われたが、それきり何も無かった」

 

 やはり、姫様にくびったけだったのは周知の事実だったようだ。それなのに、恋人役とはいえ隣にいるのが私なのだから、驚かれるのも無理はないだろう。

 

「私から持ちかけた話なのに、取り乱してしまって……。申し訳ございませんでした」

 

 すると、レイモン様は怒ることなく、優しくこちらを一瞥した。


「いつも落ち着いているあなたに、あんな一面があったなんてな」


「……本当に顔向けができないです」


 そういうと、彼はふっと笑った。


「いや、逆にこのくらい騒がれた方が疑われにくいだろう。むしろ、昨日は私の方が醜態を晒していたわけだし、これでおあいこだな」


「勘違いされて、嫌じゃないですか」


「むしろそういう作戦なのだから、好都合じゃないか?」

 

 そうだった。これは作戦なんだ。 

 レイモン様はこんな時でも、私を気遣ってくださる。


 彼が迷惑に思っていない、ようで、良かった。

 

 

 じんわりと、また頬に熱が灯る。おかしいな。こんなに私、顔に出るタイプじゃなかったのに。

 頬の火照りを悟られぬよう、少しそっぽを向く。


 まあ、みんなに恋人と思われたのならいいのかもしれない。


「ひとつ提案があるんだが」


 レイモン様がそう切り出した。


「なんでしょうか」


 作戦に乗り気なのを感じて、少し気分が上向く。


「2人きりの時はともかく、人前では私のことをレイ、と呼んでくれないか?」


「えっ……」


 レイモン様を、愛称でお呼びする?


「恋人同士なのだから、人前で様付けは不自然じゃないだろうか」


「……っ、それはそうですね」


 仮初といっても恋人同士なのだから。


「……頑張りますね」


 声が弾まないよう、必死で抑える。

 少しでも気を抜くと、顔がにやけそうになる。

 

 このままでは幸せに浸りすぎて、話すべきことを忘れそう。……本題に入らなくては。

 

「さて、お話があって来てもらったのですが……。今日の午後、息抜きに姫様が庭に出られるんです」


「姫が……」


 彼の瞳が一瞬揺れた。けれどすぐにいつもの人好きのする騎士の表情に戻った。


 胸の奥がすっと凍えた気がした。

 ……分かっていたことじゃないか。

 

「……今からその調子だと、姫様に合わせられませんよ」 


 少し、声が冷たくなってしまったかもしれない。


「気を引き締めないとな。すまない」


「いいんですよ、気をつけてくだされば」


 なにが「気をつけてくだされば」だ。浅ましい感情を隠すために、ついた嘘だと言うのに。


 気を取り直して、作戦を練ることにした。

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