10.デート①
3話連続更新となります。12時と21時に続きを掲載予定です。
カーテンを開くと、外から柔らかな陽光がさした。
「……朝だ」
気分を落ち着かせるため、茶葉を棚から取り出す。箱の中から微かに香る、カモミールの香りが心地よい。
いつもより、早く目覚めてしまった。
「……どうしよう!」
偽装のためだとしても、あまりにも嬉しすぎる。
昨日は急すぎて現実感が湧かなかったが、当日になってようやくその幸せを噛み締めた。
身体中にふわふわとした浮遊感が満ちている。あくまで仕事だけれども、気持ちが浮かんで落ちてこない。
「……よし」
昨日、ミーナから借りたドレスを取り出す。
朝焼けの光を受けて、滑らかな生地が湖畔のように揺らめいた。
「……本当に借りてよかったのかな」
昨晩、彼女が選んでくれたよそ行きのドレス。それは服に詳しくない私が見ても、ひと目で品がいいとわかるものだった。
※※※
「これ絶対似合うと思う!着てみてよ」
ミーナは黄色いドレスを私に押し付けた。
「でも……これ、かなりお高いやつじゃないの?」
メイド着もそれなりの品ではあるが、生地のきめ細やかさからして違っていた。姫様のお部屋の寝具と似たような質感で、袖を通すには気が引ける。
――これを、私なんかが着てもいいのだろうか。
私が渋い顔をしていると、後押しするように力強い声がかけられる。
「せっかくの機会なんだから、着飾らないでどうするの」
「でも」
「まだ何着か私持ってるし、それに今姫様の給仕で忙しいじゃない?しばらく着る機会もなさそうだから、しまい込むよりよっぽどいいわ」
仕立てのいい服ではあるが、動きやすそうで、素晴らしい服だった。
その服が地味な私を飾り立ててくれそうな、そんな気がした。
勇気をもらえた気がする。
「ありがとう」
自然と肩の力が緩まる気がした。
「……そう!その調子」
ミーナは私の肩を優しく叩いた。
「笑えば可愛いんだから……きっと大丈夫よ」
ミーナの言葉に、つられて鏡を見てみる。
そこには、普段よりもましな私がいた。
※※※
昨日のことを思い出していると、日はさきほどよりもやや上向きになっていた。
そろそろ向かわないと約束の時間に遅れてしまう。
くよくよしている時間がもったいない。
意を決して向かうことにした。
※※※
レイモン様とは、王宮から少し離れた噴水広場で待ち合わせをした。
少し早めに出たつもりだったが、既にレイモン様がいらっしゃった。
普段の騎士服とは違う、端正な上着を羽織っていた。簡素に見えて、袖をよく見れば細かな刺繍が施してあり、上等そうな代物だ。
……本当にミーナに服を借りておいて良かった。
「レイ様!遅くなりましてすみません」
私が少し離れたところから声をかけると、レイモン様はこちらに顔を向け、手を上げた。
「いや、私が早く来すぎただけだ」
今日は仕事の付き合いであるのに、こんなに早く着いてるなんてとても律儀だな、と思う。
「姫様のわがままに付き合わせて、すまない。……今日はよろしく頼む」
いつもの隊服も背筋が伸びるかっこよさがあるが——今日は格式ばった態度は薄れて、柔らかな空気を纏っていた。飾らない姿に、少しだけ近づけた気がして嬉しくなる。
「大丈夫です。姫様のためですし——」
少し勇気を持って、本音を付け加えた。
「それに、今日が楽しみだったんです」
そう答えると、彼は少し安堵したように表情を緩めた。
「……それは良かった。ではいこうか」
そうして、通りに向けて歩き出した。
姫様から見てくるよう命じられた工房は、大通りの外れにある。この地に古くからある伝統の老舗で、王家御用達の店でもあった。
噴水広場から、二人揃って歩く。
表通りは朝早いからか人気は少ない。だが、店の裏手からは微かに石の打ち合わさる音が聞こえてくる。
私たちの両脇には、古めかしいが趣のある軒先が続いている。
小さな国だが、歴史はある王国だ。代々守り続けてきた、工芸品店が通りに並んでいる。
高貴な方から庶民まで、保養地として静かに長く親しまれている。
私の足並みに合わせて、いつものようにレイモン様が歩いてくださる。石畳の足音が、いつもよりも楽しげに響いた。
城だけではなくて、街も一緒に歩ける。たったそれだけで、心は舞い上がってしまう。
姫様に指定された工房は、通りの奥まった場所に佇んでいた。
外観は質素であったが、扉から窓まで丁寧に艶やかに磨かれていた。
「……ごめんください」
店のドアを開けると、カランと重厚な鈴の音がなった。
店先には誰もいなかった。
しばらく待つと、奥から作業着のまま気難しそうな男性が出てきた。
店主らしき彼は、しばし眉間に皺を寄せていたが、突然思い当たったようにぱっと表情を柔らかくした。
「おや、坊ちゃんか。姫様から依頼されてる冠なら準備してるよ」
「どうも」
「奥の方に置いてあるから、ちょっとついてきな」
そう言うと男はまた、奥の方へ消えていった。
「お知り合いなんですか」
「……ここは金物に関しては国一番でな。幼い頃から世話になっている」
店主の後について行くと、加工場のさらに奥に鍵の着いた扉があった。
「姫様一世一代の品だからな。普段はここで保管してるんだ」
扉を開けば、部屋の中に布がかけられた物体がある。
光沢のある布を被せられたそれをめくると、中から輝かしい冠が現れる。
「……すごい」
頂きには、この国の象徴とも言える大きなオパールが据えられていた。光を受けて赤、橙色と表情を変える。左右には対称的に水晶が散りばめられ、朝光のように輝いた。
オパールは、この国で最も希少な国宝である。それを大国へ嫁ぐ姫に持たせるのだ。それは彼女を鼓舞するような、餞別の品であるような気がした。
姫様がこの国を背負われて向かわれるのだと、まざまざと実感した。
「急遽早まったものだから、どうなるかと思ったが。中々いい感じにできてるだろう?姫様が戴冠されるところを、わしも見てみたかったよ」
大層なものだと言わんばかりに、ふんと工房の主は反り返った。
「ティア様は……」
レイモン様が、横で息を飲む音が聞こえた。
「……これを携えてバイエルンに旅立たれるのだな」
表情は誇らしげに。しかし、その目はいつもよりも、哀色が深く滲んでいた。
このお方は本当に、姫様を心の底から愛されている。
その切なげな横顔を見つめるのは、何度目であっても心が軋みそうになる。
——でも、レイモン様も私と同じように水面でもがき続けていたんだ。




