11.デート②
店を出ると、影が朝より短くなっていた。
早朝はやや肌寒いくらいだったのに、陽光に熱されたのか空気がじとりと肌にまとわりつく。
市場は昼時で、行き交う人々の声は賑やかだ。
反対に、私たちの会話は弾まなかった。
「姫様の冠、綺麗でしたね。……その時が近いと思うと、思わず寂しくなってしまいました」
「……そうだな」
いつもより、返事に力がない。
もう帰りましょうと言いかけた時、レイモン様がぽつりと仰った。
「少し、城下街へ付き合ってくれないか」
「……いいのですか」
「早く帰りすぎると、また姫様からお小言を頂戴しそうだからな。——それに、少し街を見て回りたい気分なんだ」
目を伏せがちに、レイモン様は仰るのだった。
※※※
職人街を離れ、言葉少なげに市場の方へ足を進める。噴水広場の近くにある露店街へ、レイモン様は向かわれるようだ。
いつも私の歩幅に合わせてくれる彼だが、今は少し早足だ。
はぐれないように、私もその後を小走りでついて行く。
噴水広場が近づくと風に乗って、香ばしい匂いが漂ってくる。朝にはいなかった移動台車が、噴水を取り囲むように並んでいた。
「ここで待っていてくれないか。少し買いたいものがあるんだ」
噴水広場に戻ると、レイモン様にここで待つよう言われた。
「分かりました」
近くのベンチに腰かけて、辺りを見渡す。広場は、お昼を買い求める人で活気に満ちていた。
働く人が多いから、昼はこうしてつまめるようなものが人気だ。幼い頃城下にきた時は、故郷では珍しいからと親にお願いしてよく買ってもらった。
しばらく待つと、レイモン様は両手に包みを抱えていた。
「それは?」
「私おすすめの串焼きだ。——食べるか?」
「頂いていいんですか?」
「ああ。あと零れても大丈夫なよう、小分けにしてもらった」
そう言って、小分けにされたお肉を差し出してくれた。
串焼きなんて、随分久しぶりだ。だから、小分けにして貰えるのはありがたい。
湯気を立てて、ソースの香ばしい香りが目の前に広がる。焼きたてのようだ。
このまま頂きたいけれど、火傷しそうな熱気だ。少し息をふきかけて、冷ましてから食べよう。
横では、レイモン様は何個かのお肉を同時に食べられていた。
城の食堂で、時々食事のお姿を遠くからひっそり見つめたことがある。しかし、その時よりも随分豪快な食べ方だ。いつもは所作が完璧で、美しく召し上がっているのだが。
その時とはまた違う食べっぷりに、目が離せなかった。
思わず、食い入るようにその姿を見てしまう。
「……意外か?」
私があんまりにも見つめるので、彼は少し居心地悪そうに尋ねてきた。
「いや、ずいぶんお詳しいなと思って」
見つめていたことを咎められたようで恥ずかしく、慌てて誤魔化した。
「……訓練が辛かった時、抜け出しては城下に遊びに出ていたんだ」
「そうなんですか!?」
絵画のような騎士がいるならば、それこそレイモン様だと思っていたが、そんなこともされていたとは驚きだ。
「今でこそ……姫様の護衛騎士を拝命していたが、ずっと立派だったわけではないんだ」
思い返すように、ぽつりと話される。
「それこそ、以前の君も言っていたように、私にもやめようと思った時期があったんだ」
「それでも、騎士を諦めなかったんですね」
そう相槌を打つと、一呼吸置いて彼は返答した。
「ああ。……叶えたい夢があったからな」
「一体どんな……」
「……姫様をお守りしたいという夢がな」
姫様の為に——。レイモン様は騎士を目指していたのだ。
「それももう、過去のものとなったが」
遠い過去のことのように、レイモン様は語った。
「今でも……姫様の隣を歩く方はレイモン様以外は考えられないんです」
それこそ、初めから叶わないと諦めるほどに。それぐらい、おふたりはお似合いだった。
今回の話が無ければ、——いや、おふたりとも庶民なら、きっと物語のように結ばれていたはずなのだ。
レイモン様の姫様をお慕いする様子に、傷つくことはあるけれど。
姫様への想いを、否定されないで欲しかった。
「ありがとう。君は優しいな。だが、それでも空回りしていたのは俺の方だったんだ」
いつもは、ご自身のことを『私』とおっしゃるのに。
そう、懺悔するように吐き出された。
「レイ様……」
「正直、今日冠を見る覚悟はなかった」
だが、とレイモン様は続ける。
「君がいたから、向き合う勇気が持てたんだ。一人なら、あの時のように逃げ出していたかもしれない」
「私はただ、姫様の使いで……」
「それでも、姫様の冠を、元臣下として見届けることができて良かった」
そういうと、レイモン様は安心したような、それでいて少し寂しそうに、眉を下げられた。
「そんな、大袈裟ですよ」
「——いや、君は私に十分すぎる機会を与えてくれた」
そうして、私の両目を真っ直ぐ見つめて。
「だから、エル。本当にありがとう」
レイモン様は、柔らかく微笑まれた。
「……そんな。……本当に、」
良かった。
…………彼の役に立てて、それからこんな笑顔を見られるなんて、心底嬉しかった。




