12.デート③
食べ終えた後、レイモン様は私に手を差し出してくださった。
「さ、行こうか」
目の前に差し出された手。騎士服を着ている時は手袋をされているけれど、今は骨ばった手が私に向けられている。こんな時でも所作は美しく、彼の中では当たり前のことなんだと思わされた。
城に勤めてから、エスコートされるなんて無かったから変に身構えてしまう。
「……エル?」
なかなか手を取らない私を不思議に思い、首をかしげられている。
そういえば、先程は幸せすぎて気づかなかったけれど、いつの間にか名前で呼ばれている気がする。
……嬉しいことが同時に起きすぎていて、対応しきれそうにない。
「……あの、私の名前」
私が控えめに申すと、彼ははっとしたように眉を下げられた。
「……すまない。……まだ、慣れないか」
レイモン様には、そんなお顔をして欲しくない。それに、前々から慣れると断言して見せたのだから、ここで応えなくては。
「いや……大丈夫です。私たちは——こ、恋人同士なのですし、おかしくないですから。あ、ありがとうございます」
震わせながらも、自分の手を彼のものと重ねる。私よりも一回り大きくて、ごつごつした手だった。
「他に露店があるから見て回ろうか」
「……はい」
ずれた歩幅は、また同じ速さに戻って。私たちは、広場の近くの露店を見て回った。
あのレイモン様に、エスコートをされているなんて。一緒に隣を歩けるだけで満足だったのに、それ以上の幸福がまだ訪れる。
本当に夢のような日だ。
空はどこまでも澄んでいて、私の心をそのまま映したようだった。
ひらけた屋外に置かれた品々は、どれも魅力的であちこちに目移りしてしまう。
職人街の品はどれも腕はいいけれど、本格的な物が多くて、買うには勇気がいる。
それと比べて、こうした引ぐるまの店は、先程の軽食のように気軽に手に取れるものが多い。ちょっとした小物だとか置物など、品が良いがお値段が良心的なものが置いてある。
時間つぶしの散策とはいえ、一緒に食事をして、お店を見て回って。これは間違いなく、デートを言えるんじゃないだろうか。
隣にいる奇跡を何度も噛み締めるように、反芻してしまう。
「あの細工、すごく綺麗だな」
レイモン様がふと、金物屋の前で足を止めた。
置かれている品々は、小さいけれど、先端まで細工が丁寧だ。よく見れば、意匠を凝らしたものだとわかった。
「レイモン様はこういうものがお好きなんですね」
「さっき訪れた店の影響かもな。……騎士になる前は、金物師になるのも夢だった」
そう言って、しげしげと金物を手に取っては、楽しそうに眺めている。
「お、兄ちゃんお目が高いな」
店主が楽しそうに声をかけてくる。
「勝手にすまない。……綺麗で思わず手に取ってしまった」
「別にいいよ。それにしても、嬉しいこと言ってくれるね」
「バリがなくてこんなに滑らかなのは、中々ない」
「そりゃあ、元は国一番の工房で働いてたからな。今は自分の好きな物を作ってるけど」
なるほど。先程姫様の冠を扱っていた工房の出身だったのか。道理で素朴だけれど、細やかで目を引く金物が多いのか。
狭い陳列台いっぱいに、食器からアクセサリー類まで幅広く取り揃えてあった。
その中でも、大きさが手のひらほどの髪留めが目に留まる。打ちっぱなしなように見えて、表面は艶やかに磨きあげられていた。
婚姻の準備で忙しく、中々髪を整える時間が無いまま、いつもより髪が伸びてしまった。金属とは思えないほど軽く、構造はしっかりと丈夫そうだ。留め具を試すと、余計な力を入れずとも、するりと動くようだった。
髪をまとめるのに使い勝手が良さそう。ひとつ買っていこうかな。
「それが欲しいのか?」
私が眺めていると、レイモン様が仰った。
「はい、使おうと——」
「それ、ください」
答える間もなく、彼は店主に買うと伝えてしまった。
「え……?」
「お、彼女さんに買ってあげるのかい?いいねぇ、まけてやるよ!」
店主のおやじさんはにこにこ嬉しそうだ。
「俺の中でも自信作でな、大事に使ってやってくれ」
「ありがとうございます」
私がおろおろしているうちに、レイモン様は買い物を済ませてしまった。
「さ、いこうか。エル」
そう言うと、私の返事も待たず急ぎ足で店をあとにされる。
「まいどあり!」
揶揄うように、店主の陽気な声が後ろからかけられた。
「あの!——良かったんですか……?頂いても」
店から少し離れた場所で、私は声を潜めて尋ねた。私の声に、レイモン様の足が止まる。
「今日は楽しかった。……そのお礼だ」
かさりと音を立てて、袋が手渡される。
「ありがとうございます。レイ様」
その嬉しい重みを、受け取った。
鐘の音がなる。空を見あげれば、茜色に染まっていた。もう、夕刻だ。
「そろそろ、城へ帰ろうか」
「……そうですね」
城へ向かうなだらかな坂を、ゆっくりと上がっていく。手を繋いだまま、今日見たものや食べたものなど、他愛ないことを、ぽつりぽつりと話し合う。
じわりと喜びを感じながら、城に向かうほど足取りは少しずつ重くなっていく。
この穏やかで幸せな時間が、ずっと続けばいいのに。




