13.デートが終わって
レイモン様はまだ仕事があるらしく、城の前で別れた。
繋いだ手が、いつまでも名残惜しいように熱を持っていた。
自室に戻り、 メイド服に着替えてから姫様の部屋に参上した。
控えめにノックをすると、応じられたのはナターシャ様だった。
姫様は、今語学のレッスンを受けていらっしゃるようで、部屋にはいらっしゃらなかった。
「おかえりなさい。随分楽しかったようね。さて、顛末を聞かせてくださいな」
ナターシャ様は、私たちのデートの様子を事細かに聞くよう、仰せつかったようだ。
「姫様の冠はいかがでしたか?」
レイモン様が落ち込んだことは省いて、私は冠がいかに素晴らしい物だったかを語った。
「エル、貴女が仕事熱心なのはわかっているけれど——今日のふたりの様子も教えて下さらないかしら」
私が熱弁を振るうと、ナターシャ様はやれやれとでも言うように、ため息をついた。
「姫様が、おふたりの様子が気になって気になって。全く、今日のお勉強が手につかないようでしたのよ。」
私はしどろもどろになりながら、お昼以降のことを話した。ナターシャ様は和やかにその様子を眺めていらっしゃった。
「まあまあ……姫様のお気持ちも分かりますわ。——お二人が仲睦まじそうで、心から安心しました。」
そう言われて、ひやりとした。私たちの関係は、偽装なのだから。
「レイモン様は、昔から姫様に対して少々過保護すぎるきらいがおありでしたから」
「護衛騎士が、守るのは当然です」
「そうね。でも、おふたりが結ばれて、私嬉しいですわ」
そう言うと、ナターシャ様は優雅に微笑まれた。姫様の前では見せないような、圧がある笑みだ。
「エル。どうか決して、レイモン様の手綱を離されませんようにね」
「もちろんです。……だって、私の恋人なのですから」
「今日は姫様のお願いに付き合っていただきありがとうございました。明日、また姫様に聞かせてあげてくださいまし」
「では、失礼します」
姫様の部屋を離れて、リネン室に向かう。もう夜も近いからか、誰もいなかった。
そこで思い切り、息を吐いた。
「はぁ……」
ナターシャ様は本当に油断ならないお方だ。さすが姫様の教育係をされていることだけはある。
絶対にこれ以上、私たちが偽装なのだという隙を見せてはならない。
ここ最近、詰めが甘かったのかもしれない。……しばらく、お二人を引き合わせるのはやめた方がいいかもしれない。
偽装だと露呈したら——私が職を失うのは構わない。けれど下手をすれば、国の外交問題にまで発展する。
それだけは、避けなければならない。
※※※
部屋に帰ると、一気に疲れが押し寄せる。今日はずっと気が張っていたようだ。
ベッドに入ると、あっという間に寝入ってしまった。
その晩夢に見たのは、姫様と出会った時のことだった。
「あなた、エルって言うのね!」
姫様の部屋付きとして部屋に赴いた時、初めに見たのはとびきりの笑顔だった。その温かさを、今でも大事に胸にしまっている。
見習いメイドとして、働き始めて数ヶ月後たったある日のことだ。突然、姫様の部屋付きとして働くよう命じられた。
周りに同年代がいなくて寂しい、ということで、比較的歳の近い私が選ばれたそう。まだ、基本を覚えたてで辞退しようとしたけれど、それでも良いと姫の強い願いで部屋付きとなった。
不安の中の顔合わせ。そんな中、暖かく迎えてくれた姫様の笑顔は、レイモン様の思い出とともに私の中で支えになってくれた。
まだ小さい手足を動かしながら、私へ近づいてくる。
「おなじ年ごろのこがいなくて、ひまだったの」
姫様はそういうと、私の手をぎゅっと握りしめ、椅子へ座るよう急かすのであった。
「ここにすわってて」
椅子の上に座らされる。主君の椅子に一介のメイドが座っても良いか不安になって、辺りを見渡すも部屋にいるメイドは特に咎める様子はなかった。
「おきゃくさまはもてなされるものなのよ。ね、ナターシャ」
「そうでございますわ。さあ、エル。姫様のお茶を召し上がって」
「では、お言葉に甘えさせていただきます」
私は本当に文字通り、姫様の遊び相手として呼ばれたのだ。だから、その通りにしていればいいだろう。
姫様は危なっかしい手付きで、ナターシャ様に教わりながらカップに紅茶を注がれた。
「さあ、どうぞ!」
「頂きます……」
「どお?おいしいかしら」
一口飲むと、驚くぐらい苦かった。
「……少し、——いや、かなり、渋いかもしれません」
あまりの苦さに、つい本音が漏れた。
「……え!ほんとうに?ごめんなさいね」
姫様はさぞ申し訳ないというふうに、うつむいていた。
「でも、味があって美味しいです」
慌てて言葉を修正しようと、そう述べた。
しかし、姫様は自分も飲んでみたいと、私のカップを奪ってしまわれた。
「姫様!」
紅茶を口に含むと、その愛らしいお顔が途端にぎゅっと縮こまった。
「ほんとうに、すっごいしぶいわね!」
そして、姫様は心底愉快そうに笑ったのであった。
「あなたが初めてよ。みんな気をつかって、おいしいって言うのだもの」
自分の失態に、思わず口に手を当ててしまう。
「本当に、なんてことを……」
「だいじょうぶよ、わたしはこの国のひめなんだから!——そうね。それでもあやまりたいというのなら、あなたがお茶をいれてちょうだい?」
それまで、家族にしかお茶を振る舞ったことがない。美味しいとは言ってくれたけれど、それは家族の贔屓目だろう。
それが、姫様に振る舞うことになるなんて。
緊張で震える私を見ても、姫様は優しく待っていてくれた。
そして私が紅茶を淹れると、目を輝かせて仰るのだった。
「おいしいわ!これからは、あなたがお茶をいれる係ね!」
※※※
カーテンから朝日が漏れ出る。
「……なんて夢なんだろう」
昨日は姫様の冠を見て、それからレイモン様とデートして。
その上、髪留めまで頂いてしまった。
本当に、平凡な私には過ぎたる夢の連続だった。
でも……。少しばかり夢を見すぎたのかもしれない。
初めは、おそばに居るだけでよかったのに。
いつしか、それ以上の関係を望んでしまった。
お優しい姫様を裏切るような真似をしてしまった。だからこそ、罰のように過去の暖かな夢を見たのかもしれない。
本当に、自分勝手。
昨日、化粧台の上に置いた髪留めが、朝ぼらけの中で、淡く光を照り返していた。
けれど、罪悪感から、私はそれを身につけることができそうになかった。




