14.気まずい
デートから一週間が過ぎた。
「……ふぅ」
冠の出来具合の確認もそこそこに、姫様は私たちのデートの様子を聞きたがるのだった。勉強の合間を縫っては、姫様に根掘り葉掘り質問されるので、しばらくの間、気が休まらなかった。
最近ようやく質問攻めが落ち着き、私は部屋で一息ついたのだった。
あの後、ナターシャ様が何か勘づいていそうなことはレイモン様にも伝えた。
会う頻度が下がってしまうことを詫びると、彼は姫様がお元気ならそれで十分だと返すのだった。
そんな風に気遣ってくれるからこそ、今の状況がとてももどかしい。
……彼のお役に立ちたいのに、しばらく動けそうにない。それが、心苦しかった。
その一方で、あの後から、何となくレイモン様との距離が近くなったような気がする。
目が合うと微笑んでくださったり、言葉が前よりも柔らかく感じたり。
自惚れている自覚はあるけれど、私に——姫様に残される者同士として、心を開いてくださるような。
そんな親しさを感じるのであった。
それが嬉しい反面——どうしてもあの夢を見て以来、態度がぎこちなくなってしまう。
今朝なんて、挨拶もろくに返せなかった。
レイモン様と城の廊下ですれ違った時、
「エル、おはよう」
彼は前よりも、柔らかな表情で挨拶をしてくれる。
だけど、私は。
「おっ、おはようございます……」
それきり、そそくさと横を過ぎてしまった。
——これでは、恋人同士に見えない。
以前は照れながらでも、もう少し上手く恋人のふりをできていたのに。それが今ではどうだ。
気付けば、そっけない対応ばかりするようになってしまった。
ナターシャ様にこれ以上疑いの目を向けられないためにも、より完璧な恋人同士を演じないとならないのに。なんと情けないのだろう。
私は、いつもこういう所でヘマをする。
お二人の仲睦まじい姿を見ても、前までは平気な顔でいられたのに。
引き出しの奥にしまい込んだ髪留めを取り出す。見る度に罪悪感に押し流されて、結局付けられずにいた。
「このままじゃ、失礼だ」
思い出せ。私がそもそもこの契約を持ちかけたのは、レイモン様に笑って欲しかったからだ。
落ち込んだお顔が見ていられなくて、咄嗟に恋人になることを申し出た。
それ以外なんて、——あわよくばなんて、狙っていなかったはずだ。
この幸せな思い出さえあれば、きっと上手くできるはず。
そう自分に言い聞かせながら、お守りのようにそっと髪留めをつけた。
聞き分けのいい侍女の仮面をつけて、私は城に向かった。
※※※
朝の城は慌ただしい。廊下を行き交う人々は、皆足早に動いている。そんな忙しさの中で、髪留めは思ったよりも、自然と服装に馴染んでくれた。
姫様は今日は城の外で用事があるらしく、私が登城する前にはすでにご不在だった。
姫様と顔を合わせないことに、今は安堵を覚える。
そんなことを考えた自分に嫌気が差した。もやもやした気持ちを誤魔化すように、ティーポットを丹念に磨く。
「エル〜交代の時間だよ〜」
仕事にのめり込むうちに、いつの間にか交代の時間になっていた。
最近は姫様の時間に合わせ、部屋付きの侍女も少しずつ時間をずらして控えるようになっていた。
午後担当のミーナがやってきたようだ。
「え、もうそんな時間?……今変わるね」
ティーカップを揃え、掃除用具を片付けていると、彼女が私の頭をじっとみつめていた。
「な、なに?」
目線の先には、髪留めがあった。流石はミーナだ。
「あれ、……エルってそんな髪留め持ってたっけ?」
「えっと、……レイ様に貰ったの」
はにかむように、答えた。
「素敵ね!レイモン様はなんて?」
「それが、まだ見せられてなくて…」
「えっ!買って貰ったのに、どうして?」
ミーナはどうしてそうなったと、心底不思議そうだ。
「……まあいろいろあって」
やっと、身につけることができた。
しかし今日、この髪留めに気づいてくれたのはミーナだけだ。
誰にも気付かれないのなら、つけてもつけなくても同じなのかもしれない。
せっかくレイモン様から頂いたけれど、私には不釣り合いな髪留めであったのだろう。
恋人らしいところを見せないといけないのに、つい弱々しくなってしまう。
「ねえ、エル」
「なに……卑屈で悪かったわね」
彼女は、私の背後を指さした。
「そうじゃなくって、レイモン様がこちらにいらっしゃるわ!」
ミーナの声が楽しそうに跳ねた。
「……え?」
心臓が大きく飛び上がる。
「片想い中みたいな初々しさは捨てて、さっさと見せてきなさいよ!」
「ちょ、ちょっと待って!心の準備が」
仕事終わりで、髪もろくに直していない。そんな姿で、会う自信なんて全くない。
私の気持ちとは裏腹に、ミーナはちっとも待ってくれそうにない。
「頑張って、エル!」
彼女に勢いよく押し出された。
「あっ」
急に押されて、体のバランスが崩れた。
「え、エルー!」
体勢を戻せない。
転ぶのを覚悟したその瞬間。
地面にしては柔らかく、そしてしっかりとした何かに包まれていた。
「大丈夫か?」
聞き覚えのある声がする。レイモン様が私を支えて下さったみたいだ。
顔を上げると、彼と目が合った。
私は彼の腕の中にいた。
「エル!大丈夫?」
押し出した張本人が、ひょいと壁の向こうから顔を出した。
「……大丈夫だけど」
「そこのお方」
レイモン様の低い声が、ぴしゃりと響いた。
「もし彼女が怪我をしていたらどうするつもりだったんだ。——気を付けてくれ」
レイモン様が怒ると、いつもの穏やかさは影を潜めた。その気迫に、思わず私の背筋も伸びる。ミーナはしゅんとしていた。
「あ、あの。わたしもふざけてて、成り行きで転んじゃって」
「でも、倒れかけただろう」
「わざとじゃないですし、どうかそんなに怒らないであげてください。私もレイモン様のお陰で怪我はありませんし、……本人もとても反省しているので」
私が懇願すると、彼はしぶしぶわかったと頷いた。
「だが、本当に気をつけるんだ」
「……はい」
レイモン様が厳しい声色を変えない中、ミーナが恐る恐る口を開いた。
「あの……本当に、二人ともごめんなさい。」
彼女は深々と頭を下げた。
「いいの、ミーナ。次から気をつけてくれれば」
「まあ、大事がないから良かった――。もう一度本当に怪我がないか、確認させてくれ」
「いえ、大丈夫ですから」
そう言っても、彼はなかなか引き下がらなかった。
「君は自分を大事にしないところがあるみたいだからな。……念の為だ」
「分かりました……お願いします」
怪我がないか、もう一度じっくりと確認される。
怪我の確認とはいえ、こうもじろじろ見られると、恥ずかしい。
「……あの、レイ様。もういいでしょうか」
もう限界だ。早くどこかへ隠れてしまいたい。ふと、レイモン様の視線が止まる。
「……髪留め、使ってくれてるんだな」
「――ええ。……とっても使いやすくて。本当にありがとうございます」
髪留めに、気づいてくださった。
「それなら良かった。気に入ってもらえて、嬉しい」
そう言って、レイモン様は嬉しそうに笑った。
「じゃあ、お互い頑張ろうな」
彼は私の手を引いて立たせると、後輩の騎士に呼ばれたのかその場を去っていく。
レイモン様の騎士服が遠ざかる。その堂々とした背中が、なんともかっこいい。
それと比べて、私はその場にぼんやりと立ち尽くしたままだった。
レイモン様が、私の髪留めを見て良かったと嬉しそうに仰るものだから。
——罪悪感なんて、一瞬で吹き飛んでしまった。
一連の流れを思い出した途端、顔が沸騰しそうなぐらい熱くなる。
「エ、エル。……その、大丈夫?」
ミーナがなかなか動き出さない私を見て、覗き込んできた。
石化が解けたように、力なくその場にしゃがみ込む。
「エル!本当に大丈夫?」
ミーナは後ろでおろおろしている。
せっかく立ち上がらせてもらったのに、これでは意味が無い。
「ミーナ、ちょっと手貸して……。腰の力が抜けちゃって……」
「その、ごめんね」
口では謝りつつ、ミーナはどこか楽しそうだ。
「……もー!!!ミーナのせいだからね、ほんと」
やっぱり私は、レイモン様の笑った顔の方が好きだ。
「もうほんと、ごめんね」
ミーナは口元を緩ませながら、私を支えてくれる。
「可愛くなくて悪かったわね」
そんな風に口を尖らせるとそうじゃない、と力強く否定された。
「エルってば……いつもあんなすました顔してるのに、こんなうぶなんて……」
「面白みがないってこと」
「その逆!めちゃくちゃ可愛い」
「そうかな……」
「エルって意外と、自分に自信ないよねー。可愛いのに」
「もう、からかわないでよ……」
「そういう所よ。あーあ、いいなぁ。私もあんな素敵な彼氏が欲しい」
もうやめて欲しいのに、いつまでもからかってくる。
「ミーナ、今度ご飯をご馳走してよ」
話題を変えるために、恨みがましさと恥ずかしさを込めて伝えた。
「あーーさっきは本当にごめんなさい!わかった。行きましょう」
「あと、デザートもよろしくね」
えぇ〜と声を上げる彼女を尻目に、熱くなる頬を冷まそうと手で仰いだ。
それにしても、あんな素敵な笑顔が見られるなら、さっさと髪留めを付ければ良かった。




