15.湖のほとりで
私たちが付き合い始めてから一ヶ月半が過ぎた。
あれから婚姻の準備が更に忙しくなり、お二人が逢える機会もずっと少なくなってしまった。
ナターシャ様からも手綱を握っているようにと言われた以上、下手に目立つようなことは出来ない。
……これからどうしたらいいのだろうか。
ひとまず、私たちの仲をアピールしつつ、その先を考えなければならない。
その第一歩として、昼食を一緒に取ることにした。
忙しい中でも、仕事の合間に少しでも話し合う時間が欲しかったからだ。
まずは時間の調整をしてもらおうと、同僚に話しかける。
「ちょっと相談があって……」
すると彼女は、私の頭に目線を向けるやいなや、瞳をぱっと輝かせた。視線の先には、レイモン様から頂いた髪留めがある。
「もしかして、恋の相談?」
いつの間に広まっているんだろう。嘘の関係であることも相まって、いたたまれない気持ちになる。
「……そうなるのかな。髪留めのこと、もう知ってるんだ」
「ミーナから、この前のこと聞いちゃってさ。あまりにも楽しそうだったから」
「 ……そうなの」
ミーナの口は羽よりも軽い。
「それで、何かしら」
お昼の時間を調節して欲しいというと、快く了解してくれた。
どうして、と尋ねる。すると同僚は内緒ね、と声を潜めるのだった。
「実はね——姫様に『二人の仲を応援して!』と頼まれたの。私の事で、あなた達が遠慮するのは嫌だって」
この前も同じような事を仰っていた。姫様が気を遣って下さることなど、何もないのに。
そのお気持ちが嬉しい反面、お忙しい時期にまで気を遣わせているのが申し訳なかった。
気は引けるが、こうして顔をあわせる機会を頂けたのはありがたかった。
——そうして、しばらくは昼休みにレイモン様と過ごす時間を作れそうだった。
レイモン様と待ち合わせ、湖のほとりへ向かう。
既に彼はいつもの場所に腰掛けていた。思えば、ここで契約を結んだ時も彼はここにいた。
レイモン様は、遥か遠くを見つめるように思いを馳せていた。その見つめる山々の向こう側に、姫様が嫁ぐ国がある。
「レイ様、こんにちは」
「来てくれたか」
私の姿を認めると、少しだけ柔和な笑みを浮かべられた。
「今日はいい天気だな」
「そうですね……こんな日は泳ぎたくなります」
「君は泳げるのか」
気が緩んで、つい本音をこぼしてしまう。泳げるなんて、はしたないと思われただろうか。
「……す、少しだけ。故郷に大きな川があったので……。それに、今は泳げるか分かりません」
「小さい頃から泳げたなんて、凄いな……。私は、泳げなかった」
レイモン様は特に気にする様子もなく、ただ感心されたようだった。
「レイ様は湖がお嫌いなんですか?」
そう尋ねると、彼は考え込むように動きを止めた。
「……レイ様?」
何か、良くないことを言っただろうか。心配して顔を見ると、彼は静かに口を開いた。
「……昔、姫様がこの湖で溺れかけたんだ」
「そんなことが恐ろしいことが……。姫様はご無事だったんでしょうか」
「……幸い、直ぐに飛び込んで助けてくれる人がいたんだ」
「それは……本当によかったです」
「君は……」
「もしかして、騎士になりたいと思った理由って……」
そういうと、レイモン様は驚いたように固まった。
「……よくわかったな」
「お伺いしてもいいですか?」
「ただの、つまらない夢だ」
「それでも知りたいです」
彼は分かった、と観念するように頷く。
胸の奥にしまい込んだ大切な記憶を、私に打ち明けてくださるのだった。
「姫とはいとこ同士で……俺の家は王家じゃないんだが、母同士が姉妹でな。姫とは昔から遊び相手だったんだ」
「幼い頃から……」
お二人が従兄弟だということは知っていたが、そんな昔からの幼なじみなんて知らなかった。
「いつものように、二人で湖のほとりで遊んでいたんだが……。ある時姫様が湖に落ちて」
一呼吸置くと、彼はそのまま続けた。
「姫が溺れかけた時、俺は動けなかった。落ちていく姿を、目の当たりにしていたのに」
「そんな状況、……誰でも固まってしまいますよ」
「……それでも、動いて助けた人がいたんだ。それ以来自分を恥じて、護衛騎士になろうと決心した」
そんなことがあったのか。
レイモン様は昔から、姫様を第一に考えていらっしゃる。その一途な想いに、胸がじんわりと温まった。
「つい、君相手だと語りすぎてしまうな。長々とすまない」
「私は……お話が聞けて、嬉しいです」
心を配って頂いているようで、くすぐったい心地だ。……私は、彼の安心になれているだろうか。
「……最近は、君のおかげで思い悩む時間が減った気がするんだ」
一か月前よりも、その笑みは柔らかだった。
彼の力になれていると、嬉しい。
どんなに思い悩んでも、姫様は2ヶ月も経たないうちにこの国を旅立つ。何もしないより、その中でできることを探していく方が、きっといい。
「そのお話を聞いてますます、お二人を会わせなくてはと思いました」
「いや……私は姫様が穏やかに過ごせるなら、それでいいと思っているのだが。……君がそう言うなら、足掻いてみたい」
返事を聞いて、気合いを入れ直した。ここからが正念場だ。
「何とか、私の方でもおふたりを会わせられるようやってみます」
出来ればこそこそ会うのではなく、公の場で出会っても怪しまれない状況がいいだろう。
姫様が開かれた場所で、かつ大勢の人が護衛するような機会——。そんな口実さえ作れれば、きっと私でも何とかできるのに。
「……なかなか難しいですね」
案が思い浮かばず、二人で頭を悩ませるのだった。
でも、私もレイモン様も、まだ諦めるつもりはなかった。
結局、その日は有効な策が見いだせなかったが……意外と、その機会は早くやってくるのだった。




