レイモン編⑥
店から出ると、日差しは真上近くに昇っていた。軒先から顔を出すと、明るさに目が眩んだ。
姫様は、あと二ヶ月で婚姻される。冠が見事であればあるほど、その事実を突きつけられているようだ。
「姫様の冠、綺麗でしたね。……その時が近いと思うと、思わず寂しくなってしまいました」
エルも堪えているらしく、普段よりも落ち込んでいる様子だった。
「少し、城下街へ付き合ってくれないか」
このまま城に戻るには、足が重い。少し寄り道をしたい気分だった。
職人街から少し足を伸ばすと、香ばしい匂いが鼻をくすぐる。
串焼きの香りだ。街角を抜けると視界が広がり、露店が立ち並ぶ様子が見えた。
ここにはまだ見習いになりたての頃に、仲間たちに連れられてこられた。
本格的な鍛練を始める前、心折れずについてこられたのは、そんな仲間達がいたからかもしれない。
そんな思い入れのある場所だ。騎士となった後も、度々懐かしむように足を運んでいる。
後ろを振り返ると、エルが小走りで俺の後をついてきていた。
しまった。——傷心のあまり、周りが見えなくなっていた。文句ひとつ漏らさず、同伴してくれる彼女へ申し訳ない気持ちになった。
広場の辺りにはベンチがあったはずだ。一旦そちらで休んで貰うことにした。
「ここで待っていてくれないか。少し買いたいものがあるんだ」
串焼きの店主に銅貨を払い、二人分の肉を購入する。
肉は小分けにしてあった方が食べやすいだろうか。
「すまないが、タレが零れないように小分けにしてくれないか。連れの分なんだ」
「わかったよ」
店主は快く応じてくれた。
「ありがとう」
肉を受け取り、エルの元へと向かう。
両手に持つ串焼きを見て、彼女は驚いたように目を見張った。
「ありがとうございます」
品物を手渡し、隣に腰掛ける。
串から肉を落とさないよう、素早く口に放り込む。
肉が柔らかく、手際よく食べなければ串から肉汁が落ちてしまうのだ。
初めの頃、熱くて上手く食べられなかったが、今では難なく食べられる。
やはり、この露店の肉は変わらずに上手い。
騎士団で提供される料理も美味しいが、露店で食べる食事もまた格別に美味しいものだ。
妙に視線を感じると思えば、エルがこちらを凝視していた。
「意外か?」
そう問うと、彼女は焦ったように返事をした。
公私すら分けられないというのに、世間からは一体どんな騎士に見えているのだろうか。
「……訓練が辛かった時、抜け出しては城下に遊びに出ていたんだ」
褒められた騎士ではなかったと、知って欲しかった。
「それでも、騎士を諦めなかったんですね」
今はもう遠くなってしまった日々を、彼女は無駄ではなかったと言ってくれる。
「今でも……姫様の隣を歩く方はレイモン様以外は考えられないんです」
彼女はどこまでも真っ直ぐに、俺への信頼を口にしてくれる。空回りしていた日々を、彼女の柔らかな言葉に解きほぐされるような気がした。
計画を共にするものとして、改めて感謝を伝えたいと思った。
「君がいたから、向き合う勇気が持てたんだ。一人なら、あの時のように逃げ出していたかもしれない」
「私はただ、姫様の使いで……」
彼女はいつものように身を縮めるが、決してそんなことはない。
エルが隣にいてくれたこそ、俺は私情に振り回されることなく、元臣下として見届けることができたのだ。
「だから、エル。本当にありがとう」
嘘偽りない感謝を伝えれば、彼女は戸惑いながらも微笑み返してくれた。
俺の力になりたい、そう思ってくれる彼女に、何とか報いたいと思った。
先程まで抱えていた寂寥感は、いつの間にか薄らいでいた。
まだ日は明るい。もう少し彼女と共に街を巡れるだろうか。
「さ、行こうか」
手を差し出したが、彼女は固まったままだった。
「……エル?」
「……あの、私の名前」
そういえば、先程から自然と名前だけで呼んでいた。
「……すまない。……まだ、慣れないか」
突然、馴れ馴れし過ぎただろうか。不安げに彼女の方を覗き見れば、真っ赤になりつつも、なにか覚悟を決めたようだ。
「いや……大丈夫です。私たちは——こ、恋人同士なのですし、おかしくないですから。あ、ありがとうございます」
おずおずと手を震わせながらも、手が重なった。いつもよりも、妙に落ち着かない心地だった。
それから二人で露店を散策した。護衛騎士に任命されてからは、あまり休暇を取らなかったから、こんなに穏やかな時間は久々だった。
どの露店の品も質のいい物だ。職務から解放され、気を張らずに見て回るのは楽しいものなのかもしれない。
そんな中、ひとつの金物屋が目を引いた。
ほかの店と比べ、簡素な作りだ。
大体、このようなアクセサリーは色付きのガラス細工など、目立つような飾りがつけられたものが多い。
だがこの店の金物は、光沢自体が装飾となっていた。
手に取ると、更にその凄さが分かる。
店主に話を聞けば、あの店の門下の出身らしい。道理で惹かれるものがあったわけだ。
エルはというと興味深そうに、ひとつの髪留めを手に取っていた。
彼女に似合いそうな一品だ。
今日のお礼として渡しても、迷惑でないだろうか。
「それが欲しいのか?」
「はい、使おうと——」
「それ、ください」
きっと買ってあげようと申し出ても、彼女は断るだろう。半ば強引に購入し、押し付けるように手渡した。
「今日は楽しかった。そのお礼だ」
「あの……!本当にありがとうございます」
彼女は嬉しげに顔を輝かせ、両手で大事そうに包みを抱えた。
今日見た笑顔の中で一番眩しかった。それが何よりも嬉しかった。




