↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
37/37

レイモン編⑦

 

あの日から、自然と彼女のことを目で追うようになっていた。

 二人で姫様の冠を見届け、俺のかつての夢を話した。計画を共にする同士として、親しくなれたように思っていた。


 これからは飾らずに言葉を交わせる——そう思っていたのだが、彼女との距離が逆に離れてしまったように思える。


 挨拶を交わすと、そそくさと会釈して立ち去るのだ。

 それに加え、不自然なほど城の中で会う頻度が減っていた。


 以前ならば、朝リネン室の前ですれ違うことも珍しくなかった。しかしここ数日は姿をみかけることがない。

  

 まるで、偽装恋人の契約を交わした初日のようなぎこちなさだ。知らず知らずのうちに、エルの気に障ることをしただろうか。 


 これまでも恋人同士に見せかけるよう、互いに挨拶を交わすようにしていた。ただ、こちらの身勝手な事情に巻き込んでいる以上、後ろめたい気持ちから、深く立ち入ることはなかった。


 だが先日の外出を経て、もっと互いの事を知るべきではないかと感じていた。


 ナターシャ殿から釘を刺されたこともあるが、それよりも純粋に彼女と親しくなれたらという思いがあった。

 

 ※※※

 

 そうして、一週間が過ぎた頃。

 

 次の見回り場所へ向かう途中、通路の向こう饆から楽しげな声が聞こえてきた。

 エルと、その友人が話し込んでいるようだった。


 声をかけようと歩み寄ったところ、彼女の同僚がなにか思いついたように目を輝かせた。

 

「頑張って、エル!」

「えっ」

 

 彼女は不意に小突かれ、そのまま体勢を崩したようだった。


「え、エルー!」

 

 押した友人側は思いも寄らなかったのか、悲鳴をあげた。

 

 慌ててエルの元へ駆け寄った。

 

「きゃ!」

 

 彼女の重みが身体にのしかかる。そのまま抱き寄せ、自分がクッションとなるよう倒れ込んだ。

 背中に衝撃が走ったが、大したものではない。

 彼女は無事だろうか。己の腕の中で、固く目を閉じていた。

 

 間一髪、間に合ったようだ。ほっと胸を撫で下ろす。

 

「大丈夫か?」


 声をかけると、彼女はおそるおそる顔を上げた。俺の顔を見た瞬間、彼女は青ざめた。

 

「エル!大丈夫?」

 

 後ろから、先ほどの友人が申し訳そうにこちらを伺っていた。


 話を伺えば、ふざけている途中でこうなったとの事らしい。

 

 危ない目にあいかけたにも関わらず、エルは許して欲しいとまで懇願する。


 偽装恋人として日々を重ねる中で、わかったことがある。

 彼女は、驚くほど他人の痛みに寄り添うのに、自分自身のことは蔑ろにしてしまう。それが、腹立たしい。

 

「まあ、大事がないから良かった――。もう一度本当に怪我がないか、確認させてくれ」

「いえ、大丈夫ですから」


 エルはもう大丈夫だと口にするが、本当だろうか。どうしてか、引き下がりたくなかった。


「君は自分を大事にしないところがあるみたいだからな。……念の為だ」


 再度怪我は無いか確認する。多少髪の毛は乱れていたが、どこか強く打ち付けた様子はないようだった。

 

 もう十分だと頭の方を見れば、先日彼女に送った髪留めがきらりと光っていた。彼女の髪色とよく似合っていた。

 

「……髪留め、使ってくれてるんだな」

「――ええ。……とっても使いやすくて。本当にありがとうございます」

 

 あの時贈った髪留めは、迷惑ではなかったのだ。

 

「それなら良かった。気に入ってもらえて、嬉しい」

 

 日々のお礼として贈った品だが——使ってくれているのがこうも嬉しいとは、思いもしなかった。

 少しでも彼女の力になれているのであれば、何よりだ。


 もう少しその様子を眺めていたいが、そろそろ戻らねばならない。廊下の先で、いつまでも見回りから戻らないからか、部下が俺を待ちわびていた。

 持ち場に帰らなければ、部下を困らせてしまう。


 彼女の手を支えながら、立ち上がる。

 

「じゃあ、お互い頑張ろうな」

 

 早足で部下の元へ向かう。


「すまない——ちょっとした事故があって遅れた」


「大丈夫です。途中から見てましたから」


 そして少し考え込んだあと、後輩は呟いた。

 

「城の中で付き合うなんて面倒と思ってましたけど——羨ましいばかりです」

 

 この後輩は、よく『城内で愛しい人を作るべきではない』と論じていた。昔、城に勤める者と、好き同士付き合ったが、別れた後も顔を合わせる機会が多く、かなり気まずかったのだと繰り返していた。


 彼なりに、思うところがあるのだろう。

 

「そうだな」

  

 護衛騎士を解任された当初と比べ、今の日々はなんと穏やかであるのだろう。これも——彼女が共に過ごしてくれたからだ。


 もし、この契約の日々が終わってしまったら、俺たちはどうなるだろうか。互いに言葉も交わさず、他人としてすれ違うようになるのだろうか——。

 

 冷たい予感が頭をよぎり、考えを振り払った。

 今上手く回っているのだから、わざわざ先の別れを悲観しすぎることはないだろう。


 それに、元々姫様が国を発つまでの関係だ。これ以上、彼女を付き合わせるのは、耐えがたかった。

 それが互いのためになる。そう結論付け、その先について考えることを先延ばしにした。

 

 それが間違いだったと気づくのは、彼女の涙を見た後だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。