レイモン編②
あの事故の後、俺は騎士に志願した。
家は代々騎士の家柄で、家族に後押しされる形で見習い騎士となった。
ティア様、ただ一人除いて。
「レイにぃは、かじやさんになるんじゃなかったの?」
騎士になるから遊べなくなる、と伝えると彼女は酷くがっかりしたようだった。
「会えなくなる訳じゃないんですから」
王妃様が、拗ねている彼女をやんわりとなだめた。
昔お会いした時よりも、ほんの少し線が細い気がした。
それが少し気がかりだったが、こうして姫様のお顔を見られるぐらいにはお元気になったのだろうか。
「どうして騎士を目指すことにしたの?」
話を切り替えるよう、王妃様が俺に尋ねた。
「強くなりたいと思ったからです」
「今は平和な時代だもの、無理に騎士にならなくてもいいんじゃないかしら」
「守りたいものがあるんです」
そういうと、王妃様は俺に優しく微笑みかけた。
「私の父——貴方のおじい様も、立派な騎士としてこの国をお守りになったわ。強いだけじゃなくて、誰よりも人を思いやる人だったわ。力を振るうだけでなく、誰かの助けになる——そんな騎士になってくれたら嬉しいわね」
祖父は生まれる前に亡くなっており、その姿を見たことはない。だが、王妃様がここまで仰るのならとても素晴らしい騎士だったのだろう。
「……俺もそうなりたいと思います」
「応援してるわ」
この時のお言葉に、俺は感銘を受けた。
——姫を守るだけでなく、たくさんの人を助けられる騎士になる。
それが、新たな目標となった。
ところで、肝心の姫様は拗ねてしまい、その日以来口も利いてくれなくなった。
姫様に弁解する機会もないままに、入隊の日がやってきた。
入隊後、隊の上官となったのはあの時勇気付けてくれた騎士だった。
「あの時の坊ちゃんか。——覚悟はできてるんだろうな」
「はい」
そう力強く返事をすれば、彼は感心したように目を細めた。
「それは、とてもいい覚悟だ。騎士になるために、俺は容赦しないからな」
その宣言通り、一切の手加減などなかった。
はじめの数週間は、過酷な訓練内容に食事を何度も戻した。湖での遠泳や走り込み、そして騎士の作法をこれでもかと叩き込まれた。
何度も挫けそうになり、共に居た仲間は次々と脱落していく。
それでも早くティア様の隣に立ちたい、その一心でひたすら食らいついていた。
※※※
ある日、王妃様が見習い騎士たちの様子を伺いに、騎士舎にいらっしゃった。
早朝からの鍛錬がようやく終わり、気を緩めながらも剣の手入れをしている時だった。
「皆さん、精が出ますね」
そう言って、見習い騎士たちにお手を振りになる。むさ苦しい鍛錬所にいるとは思えないほどの優雅さだ。王妃様が現れて、皆の背筋がさっと伸びた。
その後ろから、姫様も顔を覗かせていた。
彼女は、一切こちらを見ようともしない。勝手に騎士になった俺に、よほど腹が立っているらしい。
「お前ら、絶対に失礼を働くんじゃないぞ」
建物の影から、上官が慌てた様子で俺たちに駆け寄る。俺たちにだけ聴こえる声量で忠告してきた。
興味深そうに、しげしげと訓練の様子を眺めていらっしゃった。
その足元を姫様が嬉しそうに駆け回る。ナターシャ殿はそんな彼女を追いかけるのに必死そうだった。
王妃様は、ここのところずっと寝室に臥せられていたと聞いていたから、安堵のため息を吐いた。
「そろそろ、お戻りにならないとお身体に悪いですよ」
王妃様が鍛錬所を一回り巡られると、ナターシャ殿が進言した。
「もう少しいいじゃない。天気もこんなに麗らかなのに……」
「そう仰られた前の外出の後、寝込まれたではありませんか」
「そうよ、お母様。ナターシャの言う通りだわ。……もっとお母様と歩きたいけれど、帰りましょう」
あんなにはしゃいでいた姫様も、ナターシャ殿を真似た口ぶりで王妃様に言い聞かせていた。
彼女の様子が愛しかったのか、王妃様はくすくすと歌うように笑われた。
「そうね、私の可愛い姫がそう言うのなら、帰りましょう。それに——なんだか私よりも、ナターシャの顔色の方が悪くないかしら」
王妃様は、まあと大袈裟に口に手を当てた。
「あら、お母様の言う通り。急いで戻らないと」
姫様もその真似をして繰り返された。
「もう……。私は心より王妃様を案じておりますのに……」
ナターシャ殿はそんな二人を見て、全くもうと言う風に溜め息を零した。
和やかな時間が過ぎていった。
二人で遊んでいた頃、度々姫様は王妃様の寝室の方角を眺めては、淋しそうなお顔をされる時があった。
姫様自身そう仰ることは一度も無かったが、やはり寂しかったのだろう。
今日は、いつもの背伸びした様子もなく、生き生きとしたお姿だった。
そんな様子を見て、心の底から安堵した。
この頃は王妃様の体調もよく、鍛錬時に親子仲睦まじい姿を拝見することもあった。
姫の幸せがずっと続くような気がしていた。
そう安心しきっていた矢先に、王妃様が呆気なく身罷られてしまった。
春先の少しばかり凍える日だった。




