30.冬のある日
姫様が旅立って、数ヶ月が過ぎた。
季節は巡って、雪がちらつく季節となった。湖面にはうっすらと氷が張り、深い黒色を湛えていた。
こんな寒い日は、朝から温まりたいと紅茶をご所望されたものだ。
そんなことを思い出しつつ、リネン室へと足を運ぶ。
部屋の調度を整えたりと、仕事内容はさほど変わらないものの、——姫様だけがいない生活を続けている。
リネン室へ向かうと、侍女長から手紙を渡された。
差出人は、姫様だ。
便箋は白の可愛らしいもので、バイエルンの紋様が押されていた。
作業が一段落してから、中身を開いた。
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親愛なるエルへ
お元気かしら。手紙を出すのが遅くなってごめんなさい。
こちらに着いてからずっと忙しくて、なかなか筆を取れなかったの。許してね。
こちらでは大変なことも沢山あるけれど、貴方達との思い出があるから、頑張ろうって思えている。
いつまでも、あなたの幸せを願っているわ。
ただのティアより
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バイエルンに着いてからの姫様は、新しいお后様として温かく迎え入れられたと聞いていた。
けれど姫様ご本人からの近況が聞けて、気持ちが晴れた。
ご無理をされていないか不安になるけれども、きっとナターシャ様がいらっしゃるから大丈夫だろう。
手紙をたたみ、大事に服の内側へしまい込んだ。
その後、いつものように、洗濯物を抱えて外回廊へ向かった。
外へ出ると、冷たい外気が肌を刺す。
冬の外道は、冷えて冷えて仕方ない。
息を吐くと、白いもやもたちまち凍りそうだ。
本当は城の中の道を通るのが、最も近道ではあるのだが。結局、いつもの道を通ってしまう。
これは習慣だから、仕方なかった。
階段をのぼりきったところで、船着場のそばで佇む彼を見かけた。——また、ひとりで思い悩んでるんだろうか。
湖に向かう階段は、日陰になっているのか滑りやすそうだ。一段一段、慎重に階段を降りていく。
そろりと降りていると、彼と目がかち合った。
「……そこは滑るから、ゆっくり降りるんだ」
不意をつこうと思っていたのに、見つかってしまった。あんなにゆっくり降りていたら、さすがに気づかれる。
「ここは歩き慣れているので、大丈夫です。……ところでまた、湖を見てたんですか」
「少し思うことがあってな」
私を傷つけまいと、姫様のことを口にすることが減った。そもそも偽装恋人になった時に、レイ様が姫様を思っていたことは思い知っていたのだし。
気を遣われすぎるのも——それはそれで、腹立たしい。
「…姫様のことを考えてたんですか」
そう、言葉に込めれば。彼は申し訳なさそうに、微笑んだ。
「ここは冷えるな」
「誤魔化さないでください」
私が彼の笑みに弱いからって、こういう所で誤魔化さないで欲しい。
そう抗議すると、何故か彼の外套の中にやわやわと包まれた。
「…君と出会った時のことを考えていたんだ」
暖かな温度が伝わってくる。彼の外套は、高そうなお香の匂いがしてくらくらしそうだ。
「あの……寒いなら中に戻りませんか」
「…同僚にこうすると暖かいと聞いたんだ」
「…………そうなんですか」
レイ様に限ってそんなことはないだろうけど、妙に手馴れた仕草だ。——つい、嫉妬心が湧き上がる。
この外套の中に、何人入れ込んだのだろう。返事に、少し間が空いてしまった。
「よく訓練生時代に、仲間内でこうしてふざけ合っていた」
厳しい鍛錬が続くというのに、見習い騎士の間は外套が貰えない。
そんな時は、訓練生同士で密集して暖をとっていたという。
「それなら、別にいいです」
そう返せばさらに抱きしめる力が強くなった。
「こうして包んだのは……君が初めてだ」
彼は困ったように笑った。あやす様に抱え込まれて、なんだか恥ずかしかった。
「やめてくださいってば」
そう言ったものの、ちっとも外套は離してくれそうにない。
「こうしないと、また逃げられるから」
私が暴れるほど、彼は楽しそうだった。
それが癪で、でも笑顔はやっぱり素敵で。
「……もう、逃げも隠れもしませんから」
観念したように呟けば、彼はそれは嬉しそうに笑うのだった。
「君は……いつも暖かいな」
腕の中で大切な物を抱えるように、レイ様は私を抱きしめる。
冬が来ても、二人でいれば暖かい。
むしろ、暑いぐらいだ。
私が、到底レイ様に勝てそうな日は来そうになかった。
でもそれが、どうしても嬉しかった。
これにて本編はおしまいとなります。
この3人の物語にお付き合い下さり、誠にありがとうございました。この後番外編を何本か更新予定です。
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