表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
3/24

3.契約①

 姫様はあれから、寝る間も惜しんで勉学に励んでいる。


 夜になってもお部屋に戻らず、懸命に大国へ向かう準備をしている。


 側仕えであれば、今ごろ姫様の側に控えて、お茶会の支度や稽古の手伝いなどしているだろう。

 だが、私が姫様に直接できることは、何もない。

 部屋付きとして、せいぜいお部屋を整えるぐらいだろう。

 

 溜息をつきながら、ベッドの古いシーツを剥がし、新しいものをかける。気持ちとは裏腹に、新しいシーツはシワなくのびた。

 

 先日の姫様のお言葉は、何だったんだろう。

 まるで何かを諦めるような、そんな言い方……。

 姫様に何も聞けないまま、忙しい日々に身を委ねている。

 

 無意識のうちに握りしめていたのだろう、伸ばしたシーツにまたシワが寄った。

 雑念を振り払うように、また端をぴんと伸ばす。今度は綺麗に整った。 

  

 あの後も、姫様は慰めるまでもなく、変わらない笑顔を向けてくれる。主人が大変なのに、私がへこたれてどうするんだ。息を吸い込み、くるくると使用済みのシーツを丸めた。



 *** 



 古いシーツを抱え、部屋を出る。

 今日は天気がいい。湖畔から湿気を帯びた風が吹き、頬を撫でる。なんと気持ちがいいのだろう。


 城の屋上へ向かおうと、外階段へ通じる道を行くと、船着場にレイモン様がいた。

 

「レイモン様……?」


 姫様の授業が終わった頃合いなのだろうか。ちらと顔を覗くと、彼は魂が抜け落ちてしまったような顔をしていた。

 

 思わずぎょっとして、よろめいた。その時、大きな風が吹いた。手に持っていたシーツが、空高く舞い上がる。

 

「ちょっと、待って」

 

 つかもうと手を伸ばす。だが、シーツは風に揉まれ、階段下、そして湖へと、どんどん遠く離れていく。もう届かない――そう思った時。

 

「なんだ、これ」

 

 すっと長い手が伸びた。レイモン様がシーツを掴んでくれたようだ。

 

「レイモン様!」

 

「エル殿か……。これは、君のものか?」

 

「そうです。今取りに行くので、少しそちらでお待ちいただけますか?」

 

 そういうと、レイモン様は静かに頷いて下さった。

 

「わかった」

 

「すぐ向かいますね」

 

 慌てて階段をおり、レイモン様の側へ向かう。

 

「ありがとうございます」

 

 彼から、シーツを受け取る。

 

「レイモン様のおかげで、地面に落ちずにすみました」

 

「それは良かった」

 

 そう言って、彼はその場から立ち去ろうとする。いつもよりも素っ気ない。

 そんな荒んだ態度に思わず、声をかけていた。

 

「レイモン様……。どうなさったんですか?」

 

「何でもない」

 

 そして、彼は私の顔を見ないまま、再び歩き出してしまう。

 勇気を振り絞って出した一声も、無力に等しかった。

 

「何でもないように見えません。とても、お辛そうです」

 

 仕事中しか言葉を交わさないとしても、彼は必ず笑顔を返してくれた。どんな階級の者であっても、優しく対応してくれる。それが、レイモン様だ。

 

「……君からはそんな風に見えるんだな」

 

 レイモン様は自嘲するように笑った。

 そして、彼はしばらく考え込んでいたが、やがてゆるりと口を開いた。

 

「姫様の護衛騎士を辞めるようにと、王が仰った」

 

「……え?」

 

 思いがけない話だった。

 

「……私の態度が良くなかったのだろうな」

 

「そんな、どうして。レイモン様は、素晴らしい騎士なのに!」

 

「……結婚前に、無体があっては困るそうだ」

 

「無体なんて……」

 

 そんなはずはないと、言おうとした。だけれども、彼の顔を見たら何も言えなくなってしまった。

 

 いつもは、暖かな日差しのように微笑まれるお方なのに――今は悲痛の底へ沈みこんでいるようだった。


 そんな彼の顔なんて、初めて見た。


 ……とても見ていられない。

 かつて、胸の奥底にしまったはずの思いが、抉られたように痛んだ。


「……レイモン様は、それでよろしいのですか」

 

 絞り出すように、言葉を出した。

 

「姫様にとっても、きっとこれでよかったんだろう」

 

 まるで自分に言い聞かせるような、言葉だった。そんな風に無理に納得しようとしてるようにも聞こえた。

  

 私はそうは思わない。


 また突き動かされるように、言葉を発していた。

 

「そんな風に引き離されるなんて――姫様のことも、レイモン様のことも軽んじているのではありませんか」

 

 そういうと、レイモン様はこちらを伺うようにじっと私を見た。今日初めて、視線が合わさる。

 

「何故そう思ったんだ?」

 

「普段のお二人からは、縁遠いものだと思いましたから」

 

「本当に、そうだと言えるのか?」

 

 レイモン様は、静かに呟かれた。

 ――脳裏に、お二人のかつての日々が思い出される。


 お転婆な姫様を、一歩後ろから穏やかに見守っていらしたレイモン様。言葉を交わさずとも、互いを気遣っているのが目に見えるようだった。


 名画のような、理想のお二人。

 

 レイモン様は、いつも騎士として、姫様に誠実だった。

 だから、信じたかった。


「はい。レイモン様は、姫様をお守りする護衛騎士様ですから。だから、姫様を傷つけるなぞ、決してなさらないでしょう?」

 

「だが、任を解くには十分な理由じゃないか?」

 

 レイモン様は、諦めたように仰った。

それなら、怪しまれない口実を作ってしまえばいい。


――例えば、姫様に近づいても、怪しまれないような。

 

「レイモン様。私の仮の恋人になって頂けませんか?」


「それは……どういうことなんだ」

 

 突然の交際の申し込みに、彼は困惑しているようだった。


 当たり前だ。今までお二人の話をしていたのに、私という第三者が出てきたのだから。

 

「私なら、お二人のお力になれるかもしれません」

 

「……というと」

 

「たまたま、私とレイモン様がいたところに、姫様が居合わせればいいんです」

 

 もしも、逢瀬を疑われることがあっても、恋人の私に会いに来た――そういう事にしておけばいい。

 

「だが、それでは君が……」

 

 私の提案に、レイモン様は考え込むように口を噤んだ。

 

 自分で提案しておいて何だが、なんと馬鹿馬鹿しい計画だろう。


 過ちがあってはならない、と引き離されたのに、再び合わせようとするなんて。――レイモン様の決意まで、こけにしたような申し出だ。

 

 このとき、私は気持ちを拗らせすぎて、おかしくなっていたのかもしれない。

 

「それに、私は姫様の部屋付きにして、姫様のお気に入りです」

 

――エル、いつも本当にありがとう。姫様の安心しきったお顔を思い出す。

 ちくりと胸が痛んだ。

 

 私はなんて浅ましいんだろう。

 痛む気持ちに蓋をして、彼の言葉を待つ。

 

「それは、君が損するだけじゃないか?」

 

「一般的にはそうでしょう。だけど、私は結婚相手を探しに城へ来た訳では無いのです。私はこの城で働き続けたいんです。」

 

 働き続けたいという思いは、嘘ではない。

 

「結婚して家に入るよりも、自分の力で生活したいんです。それに、兄が家督を継いでいて、私は急いで嫁ぐ立場でもありません。」

 

 しかし、それでもレイモン様は揺らがなかった。

 

「それなら――なおさら、思いあった人と付き合った方がいい」

 

 これ以上の揺さぶりは、無意味かもしれない。

 だけど――走り出した気持ちは、もう止めようがなかった。

 私はさらに畳み掛ける。


「……実をいうと、最近両親の目線が痛いんです。そろそろ言い訳が欲しくて……。姫様をお見送りした後、お別れしたとて、好都合なのです」


「……君の評判に関わるだろう」

 

「もし噂になっても……失恋といえば、しばらく婚姻の話も避けられるでしょうし。――私にとってもいい話なんです」

 

 あまりにも見苦しい言い訳だ。

 でも、このまま引き下がるわけにもいかない。

 

「レイモン様は、姫様に会いたくないんですか」

 

 人のいい彼を騙すなんて、良心が痛んだ。

 だけど――このままでは、もう彼との繋がりがなくなってしまうかもしれない。

 それは、嫌だ。

  

 いつもの落ち着いた彼なら、一蹴されただろう。

 だが、先程のショックで憔悴しているのか、彼も迷っているようだった。


 こちらへ傾いてくれるよう祈って、さらに畳み掛けた。

 

「私は、本当に……お二人のお力になりたいだけなんです。きっと姫様がバイエルンに嫁がれては――、一生お会いすることは叶わないやもしれません」


 彼ははっとして顔を上げた。

 あと、もうひと押し。

 

「あのままお別れで、本当にいいんですか?」

 

「……俺は……」


「どうか、レイモン様、私の願いに付き合って下さいませんか」

 

 私はもう1度、交際を申し込んだ。


 再び、私たちの間に沈黙が落ちる。

 彼はしばらく逡巡したのち、ゆっくり私に手を差し出した。

 

「よろしく頼む」

 

私は、その手を握り返した。 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ