26.姫様に
調査隊が戻ってから次の日。
仕事を終えようとしていた時、姫様がいらっしゃった。
「……エル!久しいわね」
姫様は、お顔を輝かせてこちらに向かってきた。
「姫様はお変わりないですか?」
「もう毎日大変よ」
続いて、ナターシャ様が部屋にお入りになる。
「数日前、エルと会ったばかりではないですか」
「会ったといっても、ほんの少しだったじゃない。前みたいに、毎日顔を合わせたいのよ」
そう言うと、テーブルの椅子にお座りになった。疲れている時は、いつもよりぞんざいな動きだったが、今は仕草一つ一つが静かだ。
「お茶はご入用ですか?」
尋ねると、姫様は酷く残念そうに肩を落とした。
「そうしたいのはやまやまなのだけれど……。稽古の合間に戻っただけなの」
姫様の部屋は、以前よりも物寂しくなってしまった。けれど、主が戻ると部屋はいつもの明るさを取り戻す。
「持参品の整理はあなた達に任せたけれど……、私も確認しようと思ったの」
姫様はテーブルの上の花を弄びながら、ぐるりと部屋を見渡した。
「先月、みんなで別荘に行ったでしょう?——その時にこの国が惜しいと思って」
手のひらが、花弁の縁を愛おしそうに撫でる。
「未練なんて——残さないつもりだったけど、ここに来て離れがたくなってしまったわ」
そう、寂しげに仰った。
「……姫様」
「……でもね、そう思えたのもエル達のおかげなの。本当にありがとう」
そう言うと、姫様はまた明るく微笑まれた。もう間もなく、姫様は慣れ親しんだ国を離れて、見知らぬ国の土を踏まれる。
少しでも私は、その心細さに寄り添えているだろうか。
「それは何よりです」
「あ、そうだ。エルに取っておきの知らせがあるの」
姫様は早く知らせたいと、うずうずした様子だ。
「私の冠が数日後に届くの!」
以前姫様に命ぜられて、急遽レイ様とその冠の出来具合を確認しに行ったことがある。
その時の冠がついに仕上がったというのだ。
「それは楽しみですね」
頂に琥珀をあしらった、見事な冠。この城で働き始めてから、色々な装飾品を見たことがあるが、あんなに見事な銀細工はなかなかお目にかかれない。
「婚約の話が上がってから依頼していたのだけれど、突然期間が早まったでしょう?なのに、完成させてくれて……さすが国一番の金物屋ね。感謝してもしきれないわ」
婚約期間が短くなったというのに、この短期間でよく作り上げた。あの頼もしそうな職人の姿を思い出して、私まで誇らしい気持ちになる。
完成前でもあんなに美しかったのだ。完成品はさぞ素晴らしいものなのだろう。姫様の手に渡るのが待ち遠しかった。
姫様は、少し恥ずかしそうにはにかんだ。
「それでね……あなた達にも完成品を見てほしいなって思うの」
「……そんな大役」
私が務めても良いものか、と言いかけてやめた。姫様が、あまりにも切なそうに微笑まれるものだから。
そんな姫様は晴れ姿を見てとせがむ、年相応の少女に見えた。
「……是非、お願いいたします」
「ありがとう、エル」
ずっと健気に、国のため尽力されてきた姫様。それなのに、ただの使用人にもいつも誠実でいらっしゃる。
そんな姫様に嘘をつき続けたままでいいのだろうか。
姫様に嘘をつきたくない。
胸のわだかまりを解消したいと思うのは、私個人のわがままかもしれない。
だけど、今の状態は姫様に対して、とても失礼であるように思った。
それから、いくつかの持ち物を確認された後、姫様はまた書庫の方に戻られた。
※※※
夕刻、約束通りにいつもの波止場へ向かう。レイ様は私の姿を認めると、表情を明るくされた。
その笑顔を目にしただけで、途端に胸が高鳴ってしまう。
「遅くなって申し訳ございません」
「大丈夫だ」
私が近寄ると、彼は半歩横にずれた。
以前は恋人のふり、という建前があったから、隣同士でも、あまり気にならなかった。それが取り払われた今、面映ゆい気持ちになる。
気を取り直して、彼に今日のことを話した。
「先程姫様から、もうすぐで冠が届くとお伺いしました」
「二人で出かけたのが、随分前のことのように思えるな」
レイ様は感慨深そうに頷かれた。
あの時は、こうして彼と嘘偽りなく共にいられるとは思わなかった。
嬉しくなって顔を仰ぎ見れば、不思議そうな顔をされた。
「どうかしたか」
あの時泣いたからか、心配そうに見つめ返された。
申し訳なく思いつつも、深呼吸をして私の考えを話した。
「……姫様に本当のことをお伝えしようと思うんです」
「それは、どうして」
「あんなに素晴らしいお方に、嘘をつき続けているのは誠実でないような気がして」
彼はただ静かに、私の考えを聞いていてくれた。
「正直に話すのは、問題ないと思う」
「いいんですか?」
自分勝手な考えだと思っていたけれど、レイ様は異存がないようだった。
「今後どうなるかは分からない。……だが、もしかしたら出立が早まるかもしれない。お会いできなくなる前に、悔いがないようにするべきだ。俺は、以前の君にそう気付かされた」
「私はあの時、ただ必死で……」
「それでも、足踏みしていた俺には十分すぎる助言だった」
私の言葉が力になったんだ。
それが、私に勇気を与えてくれる。
「……そうですね。私が言い出したことですから、きちんとご説明してきます」
ふと、レイ様が優しげな瞳をこちらに向けていた。
「そんな君だからこそ、姫様もずっと君に懐いているのかもしれないな」
「……そうでしょうか」
「君のそんなところが、いいと思う」
さらりとレイ様が仰った。
突然そんなことを言われて、心臓が飛び上がった。
「あっ……あの、……ありがとうございます」
最後の方は、声が小さくなってしまったかもしれない。
「……姫様によろしく頼む」
大切な姫様に、これ以上嘘を重ねるわけにはいかない。
私は腹を括った。
「レイ様にお伝えしてよかったです」
「それなら良かった」
私が感謝を伝えると、彼は嬉しそうに笑うのだった。
「でも……案外姫様には見抜かれているかもしれないな」




