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22/24

22.友達だもの

 

 どんなに逃げたくとも、明日はやってくる。

 

 今は姫様の輿入れの時期。私の個人的な理由で穴を開ける訳には行かない。

 髪留めは、朝焼けに照らされ机の上で鈍い光を放っていた。今日は、到底付けられそうになかった。

 

 ドアを開けると、はらりと白い紙が床に落ちた。手紙が差し込まれていたようだ。


 差出人はレイモン様だった。昨日の晩にはなかったから、出立する前に届けられたのだろう。

 

 昨日、ようやく止まったはずの涙が、またこぼれそうになる。


 ※※※ 


 城に出仕すると、普段より人の気配が少ない気がした。とびきりの晴れだと言うのに、大雨の余波がまだ漂っているようだ。

 

 昨日の雨の影響で、いくつか街道が通れなくなったらしい。騎士達は被害の状況とバイエルンの行程が安全か確かめる為、遠征に出ていた。

 レイモン様も、きっと朝はやくから向かわれたのだろう。


 彼と顔を合わせる自信がないから、かえってよかったのかもしれない。


「……失礼します」


 ノックをし、いつものように姫様のお部屋に入った。

 

 今日も姫様は朝早くからいらっしゃらない。

 主がいない部屋はがらんとして、寂しい。

 

 姫様が城を出たら、私はどうすればいいのだろう。部屋付きの任を解かれた後は、恐らく別の仕事が与えられるだろう。


 だが、レイモン様とああなってしまった以上、勤め続ける勇気を持てそうになかった。


 故郷に帰るとしても——、きっと邪魔になるだけだ。家業は弟が継ぐと決まっているし、しばらく家にいようものなら、見合いに出されるかもしれない。


 帰りたい場所もなく、——私はどうしたらいいんだろう。

 

 そろそろ交代の時間が近づいていた。今日の引き継ぎ当番はミーナである。

 昨日のことをどう説明しようか。考えただけでもため息が出そうだった。

 浮かない表情を見せないように、気合いを入れ直した。


 しばらくすると彼女がやってきた。


「……エル、あのさ」


「ミーナ、昨日はシーツありがとう」


 言いかけた言葉を遮るように、感謝を伝えた。


「全然、大丈夫よ」

 

 ミーナは気遣わしげにこちらを見ていた。


「聞いた?昨日の大雨で、街道が土砂崩れで埋まっちゃったみたいよ」


「……そうなんだ。姫様のお輿入れに影響がないといいけれど」


「幸いにもけが人はいなかったようだけど、これから大変そう」


 今回塞がったルートは主要な道の一つらしい。被害規模によっては、別の道も考えなければならなそうだ。


「騎士の皆様も大変ね」


 そう他人事のように言えば、ミーナが何か言いたげな様子で私を眺めていた。

 

「ちょっと、髪留めはどうしたの」


 さすがはミーナ。人一倍見た目に気を使っている彼女の目は、鋭い。 


「……少し、忘れちゃって」


「あんたが?」


 彼女の目がさらに疑い深くなる。

 いつも大事にしていたのに、昨日の今日でつけてこないなんて、何かあったと白状しているようなものだ。

 

「……本当に何があったの。まさか、レイモン様と喧嘩でもした?」


 ミーナはいつになく真剣だ。


「……喧嘩というか。気まずいだけ」


 あんな姿を見られているのだから、隠し通せるわけもない。契約恋人のことは伏せて、レイモン様と気まずいということを話した。

 

「うーん。それは、話し合いが足りてないわね」


「でも、私が招いたことだから」


「相手に何も言わないで配慮することが恋人ってわけ?」


「……でも、本心なんて明かしたら嫌われるに決まってる」


 レイモン様は温厚だから、情けをかけて下さっているだけだ。


「……そうかしら。」


 彼女は私の言い分に懐疑的だ。


「だって、この前レイモン様のお怒りは凄まじかったもの。それはそれは……」


 思い出して身震いする彼女を()めつけた。

 

「あれは……ミーナが悪いから」


「本当にごめんって。なんというか、大切にされてるんじゃないかしら!」


 ミーナは強引にまとめた。


「……そうかな」


「少なくとも、私にはそう見えたけど」


 確かにあの時のレイモン様は、頑として譲らなかった。


「エル……あんたはさ。いつも慎ましくて、それが長所だけど。もっと甘えてもいいんじゃない?」


「私は」


「十分わがままだって言うんでしょ?私と比べればまだまだだと思うけど」

 

 この前なんて、休みの日に髪型に似合うリボンが決まらなくて、日が暮れるまで全て試したのだという。


「それは、……確かにわがままだね」


 わがままと言うよりは、完璧主義に近いものだろうけれど。

思わず笑った私に、ミーナは少し目尻を和らげた。

 

「あんなに幸せそうなエル、はじめてみたのに。諦めちゃ絶対だめだよ」

 

ミーナはきちんと向き合えと、私の背中を押してくれた。


「でも……意外とレイモン様って、ああ見えて気が利かないタイプなのかしらね」


「レイ様は悪くないから」


 すかさず口を尖らせれば、ミーナは降参だという様に首を振った。


「はいはい……本当にレイモン様びいきね」


 少し呆れながらも、ほっとした様子だった。


「いつもの調子が戻ってきたじゃない」


「……あ」


「じゃ、私は仕事に戻るけど。あんたはそれぐらい素直なのがいいわ。頑張ってね」


 そういうと、ミーナは仕事の準備に取り掛かる。


「……ミーナ。何から何までありがとう。」


「いいのよ。友達でしょ」


 頭を下げると、らしくないとシーツをその上に乗せられた。


 ※※※


 シーツを手に、歩いていく。


 普段通り外回廊を通って、はたと気づく。今日からレイモン様は遠征なのだと。

 

 姫様の護衛騎士になる前は、よくここで訓練されていたから、また偶然が起きないかと期待していた。

 お忙しくされるようになって、そこにいらっしゃらなくとも——いつもこの道を通っていた。


思い返せば、私は初めから回りくどい人間だった。


 レイモン様が遠征から戻ってくるのは、早くて五日後。


 逃げ出した身でなにか言えるわけではないけれど、彼は私に何か伝えようとしていた。

 それがどんな思いだとしても、今度は向き合わなければならない。


 勤めが終わり、部屋に戻ってきた。朝は勇気がなくて開けなかった、彼からの手紙を手に取る。


 封を開けると、几帳面な彼にしてはやや崩れた筆跡が目に入る。急な遠征の前に、慌てて書かれたのかもしれない。


――――――――――――――――

 エルへ


 突然こんな文を出して申し訳ない。

 昨日のことについて、きちんと話したい。

 遠征から帰ったら、話せるだろうか。

 もしあなたが良ければ、いつもの場所で待っている。


 レイモン

――――――――――――――――


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