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17.湖を臨む丘へ

少し描写を修正しました。

 私たちが偽装恋人になってから二ヶ月。そして、姫様が旅立たれるまで、あと一ヶ月。


 そんなある日、湖を臨む丘へ向かうことになった。

 それは城から少し離れた、木々が生い茂る先にある場所だ。

 

 今回の散策には嬉しいことに、ただの部屋付きである私も同行させていただけることになった。

 

 情報を仕入れて、レイモン様の助けになりたい。そう思って、行き先を姫様に尋ねたところ——。


「エルも、もちろん来てくれるわよね」


 白く細い指先が、私の服の袖を期待するように引っ張った。

 

 そのように仰ってくださったので、私も同行出来ることになった。

 この日に向けて、レイモン様とどうするか話し合いを重ねた。

 

 私も共に向かうことを伝えると、彼は安堵したように顔をほころばせた。

 

「君も同行するのか」


「ええ、姫様が是非にと」


 協力者として信頼を置いてくれている。そう思うと、胸が躍るような心地だった。


「どんな場所なのでしょうか」


「多分、城の裏手にある丘の上だろう」

 

 彼によれば、そこは王家の庭のようなところであり、小屋が建てられているのだという。


「お詳しいのですね」


 そう言うと、


「昔、姫様と何度も訪れたことがあるからな」


 と懐かしむように目を細めた。

 

 姫様を想うレイモン様の姿には慣れているはずなのに、なぜだかちりりと胸が疼いた。


 その痛みを無視するように、彼に作戦を提案した。


「勝手がわからないので、レイ様から教えていただくというのはどうでしょうか。」

 

 ナターシャ様の目は避けられないが、物の場所を確認するぐらいは許されるだろう。

 その時間であれば、もしかしたら一言だけでも言葉をかわせるかもしれない。


 場当たり的な作戦ではあるが、やってみる価値はありそうだった。

 

※※※


 姫様が湖を見たいと仰られた後。

 彼女の久々の願いということもあり、城では急ぎ支度が進められた。日取りは姫様の負担にならないよう、ナターシャ様が調整してくださった。


 行き先は、城の裏手にある小高い丘の上。

 姫様もよく見知った場所ということあり、大掛かりな護衛はつけず、選りすぐりの騎士のみ同行することになった。


 その中には、レイモン様のお姿もある。

 朝から、どこか姫様は落ち着かなげに、金色の髪をふわり揺らしていた。馬車に乗り込んでからは、それはもう楽しそうに笑みを咲かせていた。


 馬車が丘を進むにつれて、木々が生い茂る向こう側から、小さくなった城の先端が覗く。


 馬が通れるのはここまでのようだ。外を見れば、既に騎士たちが控えているようだった。

  

「……こんなに遠くに来たのは久しぶりだわ」

 

 馬車から降り立つと、姫様はうんと背伸びをした。

 丘の上から覗く湖は、今はいつもより小さく見える。



 離れへの道は、せり出した岩陰の裏に隠されるように続いていた。普段はこの岩壁に覆われ、麓からは見えないようになっていたみたいだ。


 小道の脇には花が咲き誇り、誰も知らない場所へと誘われているような気分になる。

 

「こんな場所があったなんて、初めて知りました」

 

 私が周りを見渡していると、彼女はどこか満足げに微笑んだ。


「……素敵な場所でしょ」


 ここからは、離れがある場所まで歩いていくことになる。

 

「皆、今日は私のためにありがとう。よろしくね」

 

 姫様が声を掛けると、騎士たちは一斉に背筋を正し、敬礼した。

 

 彼らのその堅苦しい姿に、小さな肩が窮屈そうに竦まる。

 

「今日はそんなに畏まらなくても、大丈夫よ」

 

「姫様の御身に何かあれば、良くないですから」

 

 ナターシャ様が馬車から降りられた。

 

「まあ、大丈夫だと思うけれど。念には念を入れろと言うのでしょ」


「ええ、そうでございます」

 

 そんなやり取りを経て、私達は小屋に向けて歩き出す。


 姫様はまだ湖へ近付くのが怖いらしく、やや離れた丘の上から景色を眺めることになった。とっておきの場所をご存知だそうで、そこへ案内してくださることになった。


 高原とはいえ、今は夏の盛り。緩やかな坂を登るうちにうっすら額に汗が浮かぶ。


 しばらく歩くと、木々が少なくなり、やがてなだらかな丘陵地帯へ出た。心地よい風が、さわさわと背の低い草木を撫でてゆく。


 その奥には、こじんまりとした——けれども立派な離れがあった。


「相変わらず見晴らしのいい丘ね!」


 小さい頃はよく御一家で出かけていたのだと、馬車の中で語られていた。

 

「懐かしいわ」

 

 姫様はふわりとドレスを翻しながら、辺りを眩しそうに見渡した。

 

※※※


 離れに入ると、床板がぎぎっと乾いた音を立てた。

 

「この音……帰ってきたって感じがするわね」

 

 目を閉じ、その音に耳を傾けられた。

 

「……なんだかここでお茶を飲みたい気分。エル、お願い出来るかしら」


 姫様がご所望されたので、私はお茶の用意をすることにした。

 

「調理場の方をお借りいたしますね」


 客間のすぐ隣に、白い石張りの調理場がある。

 

 部屋は小綺麗で、戸棚の中にはたくさんの茶器が揃えられていた。この国に馴染み深い陶器のものから、見たことの無い器まで収めてある。

 王家の皆様は、随分と集められていたようだ。


 周りを見るのをそこそこに、設備を確認する。 

 かまど周りは、すぐ火が起こせるよう整えられていた。

 日頃から手入れされていたのだろう。その気配りに感謝した。


 客間の方から、姫様とナターシャ様の会話が聞こえてくる。


「お母様が亡くなった頃から……もう何年経つかしら」


「ええ、それ以来お越しになっておりませんでしたから」


「それでも、こうしてずっと手入れされていたのね……」

 

 しみじみと姫様がおっしゃる。


「……少し、風に当たってきてもいいかしら」


「くれぐれも、おひとりで行かれませんように。よろしいですね?」


 彼女が去った後の客間は、静けさが増した。

 

 ナターシャ様は丘を登って少しお疲れなのか、休まれているようだった。


 お茶の香りならば、少しは姫様の気分も晴れるだろうか。お戻りになるまで、お茶の支度を進めよう。


 その時レイモン様をお呼びして、お二人を引き合わせるのだ。


 私は早速持ってきた包みを広げ、茶葉を取り出した。棚を眺め、どのティーカップが相応しいか見極める。 

 馴染み深いものから異国の器まで、姫様のお気に入りはどれなのだろう。


 レイモン様なら、姫様がいつも使われていた茶器をご存知だろうか。井戸の場所についても、お伺いしたい。

 それなら、中へお呼びしても不自然ではない。

 

 一旦、外へ控えている彼にお声がけしよう。そう思い調理場の裏口を開けた時、誰かに手を掴まれた。


「ひゃっ」


「エル、少し来てくれないかしら」


「ひ、姫様!?」

 

 外に出かけたはずの姫様が、いつの間にかそちらにいらっしゃった。

 

「こっちよ」


 姫様は私の手を引いて、どこかへ走り出す。


「あの……姫様」


 不安げな私へをよそに、美しい髪が楽しげに揺れた。


「本当に少しだけだから」


 そう答えると、口元に人差し指を当て、茶目っ気のある顔を私に向けた。


 困惑するままに、どんどん茂みの中へ進んでいく。

 

 せっかくここまで段取りを整えたのに。このままでは、作戦が——。


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