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森で見つけた呪われ少年を看病していただけなのに、王太子殿下に溺愛されています  作者: 葉月晴子
第一章 呪われ少年と、ちっちゃな看病係

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第1話 森で死にかけてた男の子を、看病することになりました

「ぎゃーーーっ……!」


――だ、誰か、倒れてる!?


その男の子を見つけたのは六歳の春のことだった。


エルダーフラワーを摘もうといつもより少しだけ森の奥へ入り込んだ、その時。


苔むした木の根元に若葉に埋もれるようにして、その子はぐったりと横たわっていた。


私と同じくらいの背丈の男の子。


閉じた瞼の睫毛が私のよりもずっと長くて。眠っているだけのはずなのにその横顔には子供らしさともう少し大人びた何か――儚さのようなものが混ざって見えた。


そして、息をしているようには見えなかった。


「大丈夫ーーー!?」


私は薬草籠を放り出して、駆け寄った。


蒼白い顔。汗で額に張りついた、黒い髪。かすかに震える唇。


童話の挿絵から抜け出してきたような、お人形みたいに整った子だった。仕立てのいい服。襟元の豪華な刺繍。細い指には光る指輪。


――村の子じゃない。


それくらいは私にもわかった。


うちの村から少し離れた森の奥に古い離宮がある。ローゼンタール離宮――通称、呪われた館。どこかの高貴なお家の方がひっそり療養しているとか、いないとか。本当のところは誰も知らない。


「ねえ、しっかりして!」


思わず、その子の頬を両手で挟んだ。


氷みたいに冷たかった。


「う……」


か細い声。息をしている。


睫毛が震えて、ゆっくりと目が開いた。


息を呑むほど、綺麗な青だった。夜空に星屑を散らしたような、不思議な蒼。


――けれど。


その瞳が私を捉えた瞬間、すうっと刺すように冷たくなった。


「……なんだ、お前」


掠れているのに刃みたいに尖った声。


「あっちへ行け」


頬を挟んでいた私の手をその子は払いのけた。冷たい指。なのにその指先は小刻みに震えていた。


「ぼくに近づくな」


ふい、と顔を背ける。


「ぼくの呪いがお前にも移る」


――ああ、そういうこと。


私にはなんとなく、わかってしまった。


この子は自分のせいで誰かが傷つくのをこわがっている。だからわざと冷たくして、追い払おうとしているんだ。


大人みたいな目をしている。でもその目の奥はひどく寂しそうだった。


「移ったって、いいよ」


私はにっこり笑った。


「……えっ」


その子の目が信じられない、というふうに見開かれた。


「だって、あなた、こんなに寒そうだもん」


「……」


「私の体温、ちょっとだけ、貸してあげる」


そう言って、冷たい手を両手で包んだ。


びくっ、とその子の体が震えた。


「……放せ」


「やだ」


「お前、頭、おかしいんじゃないか」


声が震え始めていた。


「ぼくに触れたら、移るんだぞ」


「うつってもいいって、言ってるじゃん」


「……本当に移ったら、どうする」


私は少しだけ考えた。それからにっこり笑って答えた。


「じゃあ、二人で頑張る!」


「……は?」


「二人で呪いを治す!」


青い瞳が大きく見開かれた。


「お前、本気で言ってるのか」


「本気だよ」


「聖女でもなんでもないくせに」


「うん。ただのリリィだよ」


その子はしばらく、私をじっと見つめていた。


そして、ふい、と顔を背けた。


「……勝手にしろ」


その声はさっきより少しだけ柔らかかった。


「うん、勝手にする!」


「本当に変わった奴だな」


「えへへ」


「笑い事じゃ、ない」


そう言いかけて、その子はけほっ、と咳き込んだ。胸を押さえ、苦しそうに息を吐く。


「だ、誰か呼んでくるね!」


私は慌てて立ち上がった。


「……来なくて、いい」


「来るもん!」


◇◇◇



森の入口まで全速力で駆け戻った。


ちょうどその日はお兄ちゃんが家にいた。隣町の学校に通っているお兄ちゃんは普段は家にいない。けれど今日はたまたま学校が休みで家にいてくれたのだ。お父さんは朝から薬草採集で隣の村まで出かけていた。


「お兄ちゃん! 森に男の子が倒れてるの!」


「リリィ、どうした!」


「すっごく冷たい男の子で……でももう、私のお友達なの!」


「……お友達?」


お兄ちゃんはひとまず私の薬草籠を肩に担ぐと私の手を引いて、森へ駆け込んでくれた。


◇◇◇



倒れている男の子をひと目見て、お兄ちゃんはその服と指輪からすぐに察したらしかった。


「これは……館の坊ちゃまでは」


「館の?」


「ローゼンタール離宮のな」


そう言って、お兄ちゃんは慎重に男の子を抱き上げた。


「リリィ、館の門まで運ぶぞ。ついておいで」


抱きかかえられた男の子が私を横目で睨んだ。


「……勝手なことをするな」


「だって、お兄ちゃんに任せれば、安心だもん」


「頼んでない」


「こういう時はね、『ありがとう』って言うんだよ」


「……誰が礼なんか」


◇◇◇



ローゼンタール離宮の門の前。


白髪のおじいさんが転がるように駆け寄ってきた。


「ノエル様ぁぁぁ!」


お兄ちゃんに抱かれた男の子を見て、ぼろぼろと涙をこぼしている。


――ノエル。


それがこの子の名前らしかった。


◇◇◇



ノエル様は館の奥の彼の寝室へ運び込まれた。


豪華な天蓋付きのベッド。レースのカーテン。燭台のやわらかな灯り。


すぐに医師が呼ばれ、お兄ちゃんは「手伝ってきます」と部屋を出ていった。


私はベッドの脇にぽつんと立っていた。


ノエル様は目を閉じたまま、こちらを見ようとしない。


「……まだ、いたのか」


掠れた声でぽつりと言った。


「うん、いるよ」


「もう、帰れ」


「やだ」


「お前みたいな奴、初めて見た」


「えへへ」


「何がえへへだ」


――その時、見てしまった。


固く閉じたノエル様の目尻にほんの少しだけ、滲んでいるもの。


――もしかして、嬉しいの?


私はノエル様の両手をもう一度、両手で握った。


「ノエル様」


「……誰がその呼び方を許した」


「明日もまた来るね」


「知るか」


「明日また会えるの楽しみだなあ」


「お前、本当におかしな奴だな」


それきり、ノエル様は何も言わなくなった。ただ、青い瞳をぎゅっと閉じて、こちらを見ようとしなかった。


その時、扉がそっと開いて、セバスチャンと医師が入ってきた。


セバスチャンは私を見つめ、深く頭を下げた。


「リリィ様」


「あ、はい」


「明日も……本当にいらしてくださいますか」


「うん。約束したから」


セバスチャンの目に涙がにじんだ。


「坊ちゃまがこんなにも人とお話しになったのは……私がお仕えして、初めてのことでございます」


――ああ。


私はぎゅっと目を閉じているノエル様の顔を見つめた。


素直じゃない男の子。でも本当は寂しい男の子。


「ノエル様、また明日!」


「……ふん」


その声はもう、私を追い払うほどには尖っていなかった。


◇◇◇



その日の夜。


家に帰った私はお母さんとお父さんに森であったことを全部、話した。呪われた館の男の子のこと。氷みたいに冷たい指のこと。「二人で呪いを治す」って約束したこと。


お母さんはしばらく黙って聞いていた。それから私の頭をそっと撫でた。


「リリィがそう決めたのなら」


そう言って、棚からいろんな薬草を並べはじめる。


「明日のお薬、一緒に作りましょう。いちばんよく効くやつを」


「いいの!? あの呪われた館なのに」


「ふふ。お母さんは薬師だもの。苦しんでいる子がいるなら、手を貸すのが当たり前でしょう」


隣でエリック兄もうん、と頷いていた。


――こうして、私がローゼンタール離宮へ薬草を運ぶ毎日が始まった。


こっそり、なんかじゃない。家族みんなに堂々と送り出されて。


ーーリリィ・ホーニング、六歳の春。


呪われた男の子のもとへ薬草を運ぶ日々の始まりだった。

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