タイトル未定2026/04/18 00:43
44 ○公園(昼)
健司はスマホで画面をスクロールしながら、通り過ぎていく女性たちをちらちらと見てい
る。
小さくため息をつく。
少し離れたところで、裕福そうな年配の女性が二人、立ち止まって大きな声でおしゃべり
を始める。
そのうち一人は、豪華なベビーカーを押している。
健司は何気なく、そのベビーカーの中をのぞき込む──
そこにいるのは赤ん坊ではなく、ふわふわに手入れされた白い犬だ。
フリルのついた服を着ている。
犬がまばたきをし、じっと健司を見つめ返す。
健司は首をかしげる。
健司(小声で)「…まさか。」
犬も同じように、首をかしげ返す。
健司は一瞬ためらい──耳に手をやり、隠されたボタンを押す。
フラッシュ。
45 ○ドッグビューティーサロン(昼・シミュレーション/ビジョン)
健司は豪華な待合用の椅子にぎこちなく腰掛けている。
スタッフの女の子が丁寧にお辞儀をしながら、グラスを差し出す。
スタッフ「どうぞ、お飲み物です。」
健司は高級カフェにいるかのように一口飲み、満足げに小さくため息をつく。
ガラスの向こうでは、サロンスタッフが二人、白い犬をまるで王族のように手入れしてい
る。
マニキュア、ブロー、ブラッシング…フルコースだ。
最後に、キラキラしたピンクのリボンを首元につける。
スタッフたちは互いに顔を見合わせ、満足そうに微笑む。
サロンの扉が開く。
「プリンセス・ピンク」が、スポットライトを浴びているかのように、
ツヤツヤとした毛並みを揺らしながら歩いて出てくる。
健司の目が見開かれる。
健司(立ち上がり、デート相手を迎えるみたいに両手を合わせて)「うわ…めちゃくちゃ可愛
い…!」
サロンスタッフたちは、くすくす笑いながらも、
健司の本気さに少し感動しているようだ。
健司は犬を、まるで花嫁を抱き上げるように大切に抱え、深く頭を下げる。
健司「ありがとうございます。完璧です。」
スタッフたちは、健司が去っていく背中を見送りながら、楽しそうにひそひそ笑い合う。
健司は胸を張ってサロンの扉を出ていく。
まるで「彼女」をメイクアップ後に迎えに来たかのように、犬を丁寧に抱えながら。
46 ○アパート(昼・シミュレーション/ビジョン)
部屋の中は、まるでピンク一色の“別世界”だ。
ふわふわのクッション、白い犬の写真立て、リボンやおもちゃで埋まった棚。
健司は小さめのピンクのソファに、窮屈そうに座っている。
その腹の上には、ピンクのリボンをつけた白い犬が寝そべっている。
二人(?)は、ごく当たり前のことのようにテレビを見ている。
チャイムが鳴る。ピンポーン。
健司は犬をそっと横に置く。
健司「ん? 誰だ?」
よろよろと立ち上がり、ドアを開ける。
明るい笑顔の郵便配達員が立っていて、荷物を差し出す。
配達員「石川健司さん宛のお届け物です!」
健司「小包?
でも…注文なんてしてないけど。」
健司は不思議そうに箱を受け取る。
配達員はふと、健司の肩越しに部屋の中をのぞく。
ピンク一色の部屋…
そして、こちらをじっと見つめる「プリンセス・ピンク」。
配達員の目がきらきらと輝く。
配達員(小声で、感動して)「か、かわいい……。」
そして突然、勢いよく姿勢を正す。
配達員「(前のめりで)あのっ!
失礼ですけど…写真、撮ってもいいですか!? 一枚だけ!」
健司は呆然とする。
健司「え? 彼女と!?」
犬はタイミングよく首をかしげ、完全に“撮られる気満々”だ。
健司(小声で)「…ついに配達員さんまでやられたか。」
健司は配達員のスマホを受け取り、カメラを構える。
配達員は小さな白い犬の横にしゃがみ、ピースサインをする。
健司「ハイ、チーズ…。」
カシャ。
健司がスマホを下ろすと、犬は完璧な角度で首をかしげ、舌をちょろり。
完全にアイドルだ。
配達員はスマホを奪うように受け取り、とびきりの笑顔になる。
配達員「すごい! まさにアイドル犬ですよ!」
彼は犬の横で、セルフィーを撮り続ける。
健司は呆れ果てて、その様子を見ているだけだ。
配達員「ありがとう! ありがとうございます!
また明日来ますね!!」
配達員はうれしそうに走り去っていく。
健司はそっとドアを閉め、犬を見る。
そしてピンクのソファにドサッと座り込み、大きくため息をつく。
健司「…信じられない。」
彼はクッションを顔に押し当て、そのまま深く沈み込む。
47 ○公園(昼・現在)
通りの向こうで、遼が健司を見つめている。
口を半開きにしたまま、完全に固まっている。
遼(小声で)「完全にイッてるな…。」
健司は何度も瞬きをし、切れ切れに息を吸う。
鳥のさえずりや公園の音が、
一気に耳に戻ってくる。
さっき豪華なベビーカー(中には白い犬)を押していた、
裕福そうな年配の女性たちは、まだ数メートル先にいる。
健司(パニック気味に)「え…? ソファは?
ピンクのソファが…どこ行った!?」
遼が駆け寄ってくる。
遼「健司!
さっきまでずっとあの犬に、
婚約者みたいな笑顔を向けてたんだぞ!」
健司はベビーカーの中の白い犬を見る。
犬はまた首をかしげて、じっと見返してくる。
健司(半ばささやきで)「遼…彼女、完璧だったんだよ。
一緒に暮らしててさ。
リボンまでつけてさ…。」
遼「正気に戻れ。
あれはプードルだ。ソウルメイトじゃない。」
健司は頭をかきむしる。
健司「わかってないな!
あの子は怒らないし、文句も言わないし、
俺が無職でも気にしないんだぞ!?
ただ純粋な愛だけ…!」
近くにいた年配の女性たちはこれを聞いて振り返り、
警戒するような視線を向ける。
一人はベビーカーをぐっと手前に引き寄せる。
遼(顔を覆いながら)「怖がらせてるぞ…。」
健司もようやく気づき、何度も頭を下げる。
健司「あっ、すみません! すみません!
いえ、あなたたちじゃなくて、その…
えっと…娘さん…?」
女性たちは鋭い目つきで睨み、早足で去っていく。
気まずい沈黙。
遼はため息をつき、健司の後頭部を軽くはたく。
遼「犬は却下。
相手は“人間”限定な。わかった?」
健司「はいはい…。
でも一応言っとくけど…
あの犬、俺のこと絶対ジャッジしなかったからな…。」
遼はうんざりした顔でうなり声を上げる。
遼(小声で)「卒業までに俺が死ぬわ、この実験…。」




